消えない跡

「ちょっと、お父さん、聞きたいことがあるんだけどいいかな」
父親に声をかける女子高生、珍しいでしょ。
たいていは「オヤジのパンツとわたしのパンツ一緒に洗わないで!」とか、「クソオヤジキモっ!」とか言われるもんだ。
まあ見えないところでは、言われてるんだろうけどな。
「なんだよ」
「お母さんの腕に傷があるの知ってるでしょ」
「よく知ってるよ、愛する妻だからな」
「キモっ!」
あっ!やっぱり....
「なんの傷なんだろう。子供の頃からずっと気になってた」
「本人に聞けばいいじゃないか。なぜオレに聞く」
「ひょっとしたら娘が触れたらいかん過去があるかもしれんじゃんか。やっぱり鈍いね、オヤジってのは。キモいわー」
「そうキモいキモいというな。お前の半分はオレの遺伝子なんだから」
「もーーーいいっ!気分悪くなってきたわ!」

あの傷は、あいつを歯医者に連れて行った時の傷。
歯医者が好きな子供などいないだろうが(大人でもいない)、あいつは暴れるもんだから体を押さえてないと治療できなかった。仕方なしに抱きかかえると、腕に噛み付くんだよなあ。そこまでするかって思ったけど。
子供のことだ、遠慮はない。犬と変わらん。今もあんまり変わらんが。

数日後。
「聞いたよ、傷のこと」
「そうか、それがいちばんだ」
それにしても自分で覚えてないものかな。
この記憶の悪さは母親譲りに違いないぞ。
「お父さんも噛んだのか、わたし」
「血が滲むくらい噛んだらしいからな。可哀想だから次からオレが歯医者に連れて行くようになったんだよ」
「わたしは、その腕を噛んだのか」
「おお、何回もな。
さすがに3〜4回目には噛まなくなったけれど、傷は残ったな。
男の傷なんて、勲章みたいなものだ。
10箇所以上全部で40針は縫ったからな」
「怪我自慢いらん。入院患者か!」
それでも久しぶりに見る子供の顔だ。
女子高生ではなく、娘の顔。
こういう見方をするからキモいと言われるんだろうか。
「わたしも本当に子供だったんだな、その腕を噛むとは。その腕を噛むくらいなら歯医者に黙って行くけどな」

父親とはこんなにかわいそうなものか。
どうせ妻には、ごめんね、そんなこといいのよみたいな会話があったろうに。
「傷の跡、見せてよ」
二の腕にふたつ、手にも噛まれた跡がある。
もっといっぱい噛まれたけど、大半は消えた。残っているのは2〜3つだ。

「そっか。私もそんな親になれるかな」
「なるんじゃねーか、オレらの娘だしな。まあ子育てなんてそんなことを考える余地もなくなるわ。そんなことより好きな男の腕は噛むなよ。嫌われるぞ」
「一言余計なんだよ、やっぱりキモいわ!」

あと何年そばにいてくれるのかねえ。
まあいつまでもすねをかじられたらたまらんけどな。

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