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てみゃ〜んとの心理戦

最晩秋の小樽の秋。
10kmのウォーキングのあと、やど目指して手宮線跡を歩いていた。
久しぶりの歩きであったし、アップダウンが多かったこともあり若干足が痛い。
そんな時はストップ&ゴーが堪えるのだ。
なるべくフラットに歩ける手宮線はさしづめ高速道路だ。
手宮線は小樽市の中心部を通っていたので、左右に建物がぎっしりと建っているのだが区画の間の路地が多い。
これがなかなか魅力的で、痛い足を引き摺り気味にしながら路地を眺めていた。
ふと、ある路地で「犬のフンは片付けましょう」の看板が目についた。
赤字が目を引いたのだろう。
その背後には、「わたしのことじゃないよ、それ」と言いたげに、猫がちょこんと座ってこっちを見ている。
双方そのままの体制で5分ほどにらめっこ。
猫は逃げることもなく、目のサイズを変えながらもこっちを見ている。
(この文章の中では主役なので「猫」と呼ぶのはやめて、てみゃ〜んとニックネームで呼ぶことにする)
背景をぼかして撮ってやろうと2mほど近づくと1mほど下がった。
たぶんあと2m近づいたら50cmではなく、逃げていくだろう。
これは長期戦に持ち込もう。
そっと座り込んだ。
てみゃ〜んは動かない。
じっと座り込んで目を瞑っている。
いろりばたで酒を飲んで1日を振り返っているじいさんのようだ。
動かざること山の如し。

約5分、足を伸ばしてマッサージしたり、お茶を飲んだりしながらてみゃ〜んの様子をうかがっていた。
20cmくらいそーーーっとにじり寄ってみた。
動かない。
さらに20cm寄った。
動かない。
この手だ!
時間をかけてゆっくり近づいていけば、「あんた、いつの間にそんなに近くまで!
」とてみゃーんが驚くだろう。
猫が驚く顔ってどんなんだ?
飛び上がるんだろうか、それともキャッ!とか叫ぶのか?
あり得ないことを考えながら、たまに「にゃあー」と小さく声をかけてみる。
人にはみられたくない決してみられたくはない姿だけど、実はとっても楽しい。
猫との心理戦。

時間をおいて、またにじり寄った。
さらに少しにじり寄って、カメラを構えた。
なにしろ持っているレンズが17-40なので、よほど寄らないと背景はボケてくれない。
「カシャ」
てみゃ〜んは目を薄く開けた。
「あんた、私を撮りたいの?」と言ってるように見えた。
いや、言わないけれどもそう思ったに違いない。
さらに20cm寄ると、てみゃ〜んはこちらへ歩いてきた。
しかも大胆に1mほど。
カメラを構えた瞬間だった。
背後でがさっと音がした。てみゃ〜んはすぐ下がった。2mは下がっただろう。
音の発生源を見ると変な中年オヤジ。
小さな紙袋を抱えて中からパンか何かを取り出しながら歩いている。
なぜにこんなに至近距離を歩いてるのか。
手宮線の軌道内を歩けよ。
その後にもガサガサしと音を立てながらこっちを見てゆっくり歩く。
睨みつけてやると、スピードを上げて去って行った。
今までの時間は徒労に終わった。
さらに隣家の住民がガラガラと戸口を開けた音で、一気に走り去っていった。
もう撮ることは叶わない、行方知れずのてみゃ〜ん。

小樽はすでに雪。
彼女はまだあそこに常駐しているんだろうか。

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