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塩谷のひと(947字)

私ね、汽車で帰ってくるのきらいなの。
ほら、坂を登ったり下がったりしてるでしょ。
今はいいよ、雪がないから。
雪がある時に来てごらんよ。
小樽から帰ってきた時はまだいいけど、行く時は坂がキツくて大変なんよ。
凍ってるし狭いし。
景色がいいわけでもないし、ほんとつまらない坂だよ。
私はね、塩谷街道から街に入るときの道の方が好きだよ。
桃内の方から来ると特にいいんだな。
崖の上の道を見上げるとさ、突き出した岩山が見えるの。
まあ積丹にはありふれた風景だけど、北風から守られているような気がして好きなんだな。
砂利道をじゃりじゃり歩いていくといちばん奥に港があってね。ここがひだまりになるんだ。
冬の天気がいい昼下がりはここでぼーっとしたりしてたな。

「塩谷の子は丸山に登るもんだ!」って言うおじさんがいてうざかったなー。
ほれ、あれが丸山だよ。
そのおっさんさ、顔が真っ黒に焼けてて目がギョロリとしてて、中学生くらいの頃に「ちょびっと飲んでみるか、んん?」って酒を舐めさせられたな。その場にオヤジもいたけど、ニタニタ笑ってたわ。あそこから私の酒飲み人生は始まったんだな。
名前なんて言ったっけな、もう忘れたな。
思い出そうとしても忘れられない...なんで真面目な顔してんだよ、笑うとこだよ。

あ、そこのカフェて休憩しよか。
こんな場違いなカフェができてるなんて知らんかったな。
あ、ビール2本ください。
え、ハイネケンあると?
あははは、小樽ビールかクラシックでお願い。

高校出てすぐに札幌行ったけど、何しに行ったんだろうね。
楽しいこともあったけど、辛いことも多かった。
たくさんの人と接するのが性格的に合わないんだと、今は気がついたけど、わからんかったさ。
札幌から塩谷なんてすぐに帰れるけど、自分で遠くに押しやって頑張ってきた。
でももう力がないな。
もう若くないし、親も歳だし♪

ここから見える風景いいねー。
砂浜がきれいだわー。
50過ぎてからだよ、小樽とすこし違う空気を感じ始めたな。
余裕ができたのかな、歳をとって心に隙間ができたのかな。
隙間があるならそれを埋めなくちゃ。
わたしね、塩谷に戻ることにしたよ。
もう札幌はいいや。

とりあえず今夜は実家に泊まる。
あんたどうする?
札幌に帰るかい?
実家に泊まっていってもいいよ。
きっと両親も喜んでくれるよ。

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