見出し画像

ヒトリエ 個人的アルバムランキングPart1

おはこんばんにちは これ考えた人めっちゃ横着しいな人なんでしょうね

ひとりアトリエからの変貌

2011年
現実逃避Pとしてボーカロイド曲をニコニコ動画に
投稿し、ローリンガールやワールズエンドダンスホール、裏表ラバーズなど
その後のボーカロイドに多大なる影響を与えたwowakaをフロントマンに
Ba イガラシ Dr.ゆーまおの三人で組まれた前身バンド
「ひとりアトリエ」結成

2012年 Gt.シノダが加入 「ヒトリエ」結成

12月コミックマーケットにて頒布された
自主製作アルバム ルームシックガールズエスケープ
これがヒトリエとしての最初のアートワークとなる。

2013年~2019年 
2013年
インディーズ時代は自主製作EP一万枚セールス、ワンマンライブ完売を経て
「非日常レコーズ」を立ち上げメジャーデビュー。キラーチューンでもある
センスレスワンダーをリリース。FM802ヘヴィーローテーションに選出
そこで1stミニアルバム イマジナリーモノフィクション リリース
各地のフェスにも出演しよりその知名度をインターネットにとどまらず
リアルにも広めていった。

2014年
そして初のフルアルバム 
WONDER and  WONDER
を11月リリース

2015年
2nd ミニアルバム モノクロエントランス
インディーズ時代にリリースした2作品(自主製作アルバム・EP)
をまとめたアルバム
「ルームシック・ガールエスケープ/non-fiction four e.p.」リリース

2016年
初アニメタイアップ、
2nd 3rd フルアルバム と一年内の活動にしては
異常なほどの製作スピードと快進撃を見せる。

2017年

数年ぶりとなるボカロ曲
「アンノウンマザーグース」をwowakaがリリース
その三か月後 ヒトリエのカバーシングルが続いて
リリースされる

12月セルフカバーを収録した「ai/SOlate」をリリース

2018年
海外ツアーも実現、対バンツアー、アニメタイアップ
という17年に負けず勢いが止まることを知らなかった。

2019年
2月 4thフルアルバム「HOWLS」をリリース
wowakaが手掛けた曲が収録されたアルバムはこれが最後となる。

4月5日 wowakaが急性心不全により死去。 
アルバムリリースツアーは中止。
リスナーのみならず数多のバンドマンが
そのあまりに早く、衝撃的なそのニュースに
悲しみを嘆いた。

その後、wowaka追悼イベントが行われ、
そこでヒトリエの新体制 シノダがギターボーカル
となるスリーピース体制となった。

2020年 Best Album 「4」リリース
全国ツアーはコロナにより中止。代わりにオンライン有料配信を行う。

12月 3人体制初の新曲「curved edge」リリース

2021年 2月
3人体制初5thフルアルバム 「REAMP」リリース
作詞シノダ 作曲シノダイガラシゆーまおの3人で
の政策となっている。コロナも収束した。
感染予防やキャパ制限などの制約を受けながらも
全国ツアーを決行。

2022年 6thフルアルバム 「PHARMACY」リリース

2023年には シングル ジャガーノートをリリース
コロナから完全に解き放たれたフルキャパで
全国ツアーを行う。

2024年 メジャーデビュー10周年を記念して
様々なイベント、RE:rec センスレスワンダー
日比谷野音 全国ツアー ファーストテイク
シノダさんの全都道府県ツアー(これ一番ヤバイ)

そして2025年 1月22日リリース 新アルバム……

と、Wikipediaに載ってた情報をまとめた。
ひとりアトリエはヒトリエへとなっていった。

僕とヒトリエとの出会い

覚えてないです。気づいたら聞いてました。
というのは投げやりすぎるので記憶を掘り起こす。
Xを遡ると 去年の6月くらいは馴れ馴れしいツイート
をしていたのでその時くらいだろう。 初ライブは
今年の3月のSANUKIROCK フェス オリーブホール
で最前列で目撃した。それはもう衝撃的で圧巻で
言葉が出なかった。その前の前と前のバンドで嫌な思いをしていたがそれがぶっ飛んだ。
(詳しくは言及しない)

9月 夏休みを利用し東京に行った。
その滞在しているタイミングでチケットを奇跡的に
ゲット出来たのがヒトリエだった。
人生初野音 ヒトリエ もう感無量だった 案の定
席は離れていたが 誰の目にも映るその姿は
誰にとってもヒトリエという存在を焼き付ける
絶好のライブだった。その後余韻が抜けず 
狂ったようにアルバムを網羅した………
という感じ。

ランキング といえど……

だいたい個人的ランキング となると
「あくまで個人の………」
「どれも素晴らしいもので…」
と枕詞を使う羽目になる。 僕はそんな言葉を……

使います。使わせてください。
無理です。全部好きです。

ただ今回の判断基準として 

できるだけwowakaの死を背景にしない。
フラットな目線での評価
アルバムの完成度など加味し、ランキング付けいたします。

強いて言うならREAMPは 3人体制後 ということも
あるので多少そこは加味されます。すみません。
たまにこんな意見がある
「死んだアーティストを崇拝するのはどうかと」
「遺された作品を異常に評価するのはなんかな…」

現にある程度ヒトリエのMVのコメントが音楽と言うよりは追悼、御冥福、天国で…… だったり
そんなコメントはやめろ 音楽の感想を言えと
言うふうに冷たい戦争が起きています。
僕はどちらが正しいだとか討論も弁じたくもない。
果たしてそれを本人がどう思っているのか。
知る由もないし、知りたくもない。 
死んだことを加味して もしかしたらこの曲には
こんな意味合いが……などと詮索してしまうのは
本末転倒。 アルバムの評価もクソもありません。
だからできるだけそこには言及せず ランキング
付けしていこうと思います。不快に思われたら
すみません。

ランキングに入れるアルバム
6曲以上収録されているアルバム
ルームシックガールエスケープ
イマジナリーモノフィクション
WONDER and WONDER
DEEPER
IKI
HOWLS
REAMP
PHARMACY
そして
4 
も入れさせていただきます。

第9位 WONDER and WONDER


THE BACK HORN 4th フルアルバム「ヘッドフォンチルドレン」の
ジャケットを手掛けた永戸鉄也氏が制作している。

ヒトリエを味わいたいならばズバリこれ

ヘビーローテーションを強く含んだ曲がずらりと並んだアルバムだと思う。
メジャーファーストなので多くの人に聞いてもらうキャッチーさとヒトリエの根底にある「ボカロ」を忘れない、その両立がよくできたアルバム。
個人的に好きな曲が勢ぞろいで、単に好きなアルバムなら上位。
1曲目「終着点」 スタートから 終着といういかにもwowakaがすきそうなコントラスト。歌詞の視点は 君と僕 あたしともう一人
アルバムの中で 少年と少女の対話が変わりばんこに披露される。
アルバム収録曲では四つ打ちがサビに置かれる曲が多い。
最初はアルバムがリリースされたその当時
今のバンドシーンに例えると「恋愛or失恋バンド」と同じくらい
四つ打ちバンドが大流行していた。言われてみればドラマチックアラスカや
Bentham、KANA‐BOONなどがあげられる。これは氷山の一角に過ぎず、
溢れるほどいたらしい。
その流行に関してヒトリエメンバーは
「今の邦ロックのシーンでフォーカスされてる部分に
皮肉だったり意地悪をぶつける気持ち」ーイガラシ
「今はただ単に『今自分がやるならこれだ』ってことを
ぶつけてるつもりです」ーwowaka
「惰性で速くしても、薄っぺらなものになっていくんですよ。
そういうものにはしたくないし、
そうならないようにしなきゃダメだと思ってます」ーゆーまお

バンドを続けていくうえでシーンの流行と
バンドのアイデンティティの両立はとてつもなく難しい。
生半可に「このリズムとBPMでぶっとばせばいい」と
続けてもいつかはそれも終わる。かといって独りよがり
我が道を征きすぎても誰も見ず泣く泣く解散だ。
その両立が完璧ゆえに聞きやすさを持ちつつ、wowakaの描く
塞ぎ切った少女の世界とその世界との対話 衝突をやめない少年の
二人のぶつかり合いがアルバム全体を通して体感できる。
そしてシーンに対する若干のアンチテーゼを持っている。
逆張りかアンチテーゼの境界線は非常に曖昧で大怪我しやすい。
「四つ打ちはクソだぜwooo」だとか「踊るなんてダサいyeah」
なんて歌ってもまあそうですね程度のミニサイズのインパクトで
終わる。そんなんだったら流れに乗ったほうがいい。
いかに今のシーンに対して一石を投じるか。
ちっこく単純な丸い石ならば防弾ガラスを前にして跳ね返されるだけ。
豪速で、鋭利で衝動的な石をぶつけないと対抗にならない。
それをやってのけたのがこのWONDER and WONDERだと思う。

僕はボートマンが一番好きです、でも最後を飾るセンスレスワンダーが
「どちらのあたしをえらんだんだ?」が対話をしていた少年は
僕だったのかなんて思わせてくれる、シックスセンス的な
どんでん返しが用意されてるようで面白かった。

第8位 イマジナリー・モノフィクション


ヒトリエ史上最も難解で奇怪な作品

wowakaの作る歌詞は基本想像だ。実体験、誰かをモチーフ
wowaka自身の経験。そんなものはない。WONDER(略します)
では対話がされている感が増したがそれでも
ヒトリエにおいて一方的に言葉をぶつけている感覚がとにかく多い。
それを「八つ当たり」という衝動に近いと述べている。
現にこのアルバムは歌詞が一段に多い気がする。単に数としての
言葉が多いのではなく、ぶつけたい言葉をまき散らすように
圧倒的なスピードで叫び、羅列されている。
ルームシックガールエスケープから約一年後の少女の変貌が
余計に複雑になっている。
アイマイ アンドミー イントロが基本置かれているヒトリエにとって
いきなりドラムのスタートダッシュの準備とともにヒトリエ節を吐き出す。
サビはパズルピースのごとくギターやドラムとハマっていく言葉たちが
埋まっていき、そこが不思議で癖になる。
それとは対比するように絞り出すようなノイズからスタートするイントロ
前作のモンタージュガールとつながるように
「当たり前だった 輪郭をなぞって」
ボカロ時代の自分に訴えるように
「裏表どちらにだって答えも価値はないんだ」
wowakaが意識的か無意識的かは分からないが 
ある行動や感情を重きに置いている
「踊る」「唄う」「嫌う」「笑う」「泣く」「転がる」などなど
楽しいポジティブな行動と悲しみを露出させるネガティブな感情や行為
それらのバランスがアルバムを通して歌われている。
このアルバムはとにかくその緩急が激しい。躁鬱みたく
「踊るマネキン、唄う阿呆」というライブでも常連の人気曲。
踊れ!唄え!を強く命令している。

踊る。唄う という行動を強いる曲は僕は嫌いだ。
「いや普通に嫌だが…」となる。だってその行動は何の解決にもならない。
躍らせて楽しい気分になりゃいいってもんじゃねえよとツッコみたくなる。
じゃあなんでヒトリエは気に入っているの?と言われると弱い。
でも答えは単純でもうそれしか道がないという後戻りのできなさと
鬱憤や憤怒をなにか破壊的衝動にぶつけるわけでもない、
誰にも迷惑をかけない愚直な行為の吐き出しが至極歌詞の文脈的に
合っているから。理詰めのダンス理論ではなく もうバカになればいいさ
とシニカっている。単純にそういう行為はもうヒトリエがしてるから
焼き直しはあんまりハマらないという節もある。私情がありすぎるけれど。

(W)HEREという6分にも渡る自問自答

踊るマネキンからのこの重苦しく心の中の大気が疑問と苦痛で構成されているかってくらい悲痛なリリックに乗せられて歌われるW(HERE)は
ヒトリエちゃん(ヒトリエの歌詞に出てくる少女の名前だそう)の
赤裸々をぶつけた曲だと思っている。
「ここ」「そこ」「そうやって」「それ」wowakaは指示語が多い。
その曖昧さがリスナーに想像を掻き立てることもあれば
なにか体感的にわかるものを通じさせてくれる時もある。
この曲はそれを感じさせてくれる。この曲は登場人物が二人以上いる
(W)における意味はWE なのかWithなのか。そこもリスナーにお任せなのだろうか。でも揺るがないのは「ここ」という場所。その確実性が
6分という一曲において長い時間をかけて居場所の証明を行っている。
気がする。ever ever everは先ほどの雰囲気とはガラッと変わって民族音楽のような独特のリズムで展開される。「理想は、理論武装に破れた」
夢や目標を頭ごなしに否定されて終わる 
という何とも救われない歌だった。

イマジナリーモノフィクションはとにかく否定的 マイナス描写が強い。
ネガティブだ。でも聞いてるうちはそんなにこっちも
ネガに不思議と引き込まれない。だけどこれは終盤につれて引き込まれるように薄暗いところへ行くように突き落とされる。
だけど最後の最後まで奈落に行かせない。
かといって救ってあげるわけでもない。
この状態は浮遊してるのに沈没しているような感覚。
それこそが「浮遊と沈没と」だった。

先ほどのWONDERandWONDERとは違いこれはおすすめしづらい
プログレ味が強く、個人的にヒトリエで一番難解な作品だと思う。

第7位 4


おい、ベストアルバムを入れるバカがいるかよ!ってツッコミは受け止めます。ベストアルバムというのは嫌われることも多々あります。
それもそのはず、本人らの意思ではなく事務所が出すことがあるから。
ましてや勝手に出されたなんてことも。
クリープハイプやスピッツがその被害者だったりします。
でもこのベストアルバムは今まで耳にしたもので最も
バンドのアイデンティティを誇示し、その紆余曲折をディスク2枚で
うまくまとめたものだと思います。歌詞がwowakaの描く世界の転換期
を顕著に表している、いわば「ターニングポイント」となるような曲を
うまくまとめたものだった。インディーズ時代からHOWLSまでたどってきた道を綺麗に我々リスナーも歩むことのできるベストアルバムだった。
最初から最後までがあまりに起承転結がそこに在るレベルでまとまっているにもかかわらず、キラーチューン、タイアップ、現実逃避Pの曲 そしてアルバムで意味を持つ比較的スロウ(それでやっとノーマルスピードだが)で
歌詞にwowakaの衝動がぶち込まれる曲。非常に聞きやすい。

ローリンガールはずるいよ…

これはずるい。正直これに関しては気持ちが二極化してしまう
「ヒトリエのベストだが、ボカロ曲も入れるのか」
「ライブという そこにある何の化粧もされていない瞬間を聞ける」
震えるwowakaと叫ぶシノダの歌声とギター
低く耳に届きにくいはずでも、傷跡遺すように聞こえるイガラシのベース
そのすべての感情を叩きつけるゆーまおのドラムが混ざったラスサビは
あまりにそのフィナーレを飾るのに似合いすぎている。
前者の気持ちは杞憂のようなもので、ヒトリエ とwowakaのボカロは
切り離すべきなのかそうでないのか。それについて話す気はない。
それらの勝手な葛藤も含めて、このアルバムは「ずるい」作品

第6位 PHARMACY

自由度MAX!それぞれがそれぞれにしか出せないものを

とにかくこの作品は自由。いろいろなロックからはみ出たジャンルをかっさらっていくように詰め込まれたアルバム
ゆーまお制作「風、花」 聞いたときはこれヒトリエか?と
疑ってしまった。シンセサイザーのフレーズがポップだけど切ない軽いし楽しいのに、足取りはどこか悲しみを履きながらすすむ感じ。そして
ソロのキャッチーさがくどく安っぽくなる境界までいかない、
耳に残る楽しいサウンドでタイアップ先のバレエのような浮遊と着地を
繰り返すステップをまさに体現している。しかしちゃんとシノダの
武器である尖りに尖ったギターソロ、とにかくこの曲はバランスが完璧
詞の美しさとシンセのふわっとする感覚。ベースとギターの鋭い音
天秤に一ミリの高低差もない曲。100点
「悪戯めいた風が 気まぐれに 咲かせた花は美しすぎた」
タイトルの「風、花」のがどんな存在か明言している。
「ダンスダンスダンスール」はバレエに魅了されながら
それを隠してきた少年が 中学であることをきっかけに
男子バレエに挑む話(雑ですみません)
「男がするなんて…」のような偏見や嘲笑を受けることを、
自分でもそう思ってしまうことを理解しても
バレエに魅了されてしまった主人公の状態ををシノダは
「悪戯めいた風が気まぐれに 咲かせた花は美しすぎた」
と詠った。シノダの作詞能力はwowakaに負けないくらいの
表現力と個性がふんだんに組み込まれている。

wowakaとシノダ

wowakaの歌詞とシノダの歌詞で思ったことは

wowakaがまるで哲学や倫理の書のような重みを持つ歌詞だとしたら
シノダの描く世界は 日常の最中で様々な感情を明確に 
そして心をえぐる描写も混ぜる漫画のような歌詞だと思っている。

同じギター 同じボーカルとして どちらもフロントマンとして
とてつもない技術と発想とポテンシャルを持っていると思う。

キャッチ&リリース

PHARMACYのインタビューを見ると
やはりそれぞれが吸収してきた音楽をいかにヒトリエという
形に落とし込むか、力を入れている。
シノダ制作の曲は電気グルーヴとプライマルスクリームのような
テクノとダンス、ポップ全部をうまく混ぜ、
中途半端になることなく作り上げられたものだ。
高音コーラス、ざらつきのあるビート、ピポパポといったエレクトリックを彷彿させるサウンド、ラップのような韻とグルーヴを重視した歌い方。
果たしてそこにどうギターサウンドを入れるか。シノダの実験的な曲は
いつも最初は?となるも徐々に背筋を伸ばし !に変えてくれる。

ゆーまおの作る曲は比較的明るい。ステレオジュブナイルもそう。
そこにシノダのリリックで起こす化学反応が本当に最高。
ステレオジュブナイルはヒトリエで結構まっすぐなサウンドで
wowakaやシノダのようなにゃりぐにゃりと坂のような曲と比べて
まっすぐに奥まで見えるきれいな舗装された道路のような曲だ。
そんな風に、各々が取り込んだり好きなものが違ったりするからこそ
全く違う曲らが集結し、飽きがこず、満足感にあふれるアルバムだ。
個人的にstrawberryはハヌマーンとバズマザーズをブレンドした曲だなと思った。 そりゃ出所した記念にリボルバーフェスで弾くくらいだからね…

このアルバムは前期ヒトリエにある「静と動」の緩急が
受け継がれ、35分があっという間にでも頭に残り
何度でも聞きたくなるアルバムだった。
ランキング内のアルバムで今後順位が跳ね上がりそう
ランキングNo.1です(笑)

第5位 DEEPER



初っ端からぶっ飛んでる「GO BACK TO VENUSFORT」
念仏のように唱えられる複合語と複合語と造語のパレード

ヒトリエの良いところはそんな歌詞の羅列を聞いても
なぜか「歌詞何言ってんかわかんね。適当だろ。」感がない
ちゃんと伝えたい意味を抽出しつつ、感覚的か、あるいは計算済みなのか
語呂がいい単語を選んでる。そしてこのアルバムはとにかく
「コントラスト」が多い。
「声の無彩色と僕の極彩色」 (GO BACK)
「裏も表も、どちらもそう。」(シャッタードール)
「狂いだすコンパスボーイ 笑い出すブレーメンボーイ」(GO BACK)
「私の裏側の私」「世界はくるり回る」(ワンミーツハー)
など、その他収録曲ほとんどになんらかの二面性やコントラスト
裏表にしろ、対比にしろ、誰かと私。
DEEPERはそれらが一段と表現されている。
そしてその2つは何を意味するか
その答え合わせかつアルバムのラストを飾る「MIRROR」
WONDER and WONDERのラストで聞かれた
「どちらのあたしをえらんだんだ?」と問を残されたままの
男の子視点なのだろうか と思っている。 
基本は「僕」視点だが女の子の放った言葉も登場する。
「『贅沢に重ねてきたのは有り体の私の声で、
取り換えの効かぬ言葉で不思議な色を見せる。
ぼんやりと佇む姿は鏡の中で移ろいで、
その枠を飛び越えるその、まさにその時を。』」
センスレスワンダーでは
「あたしはイレギュラー 内側に咲いた自尊心
泣きたく成るから後ろ向きで行こう?
さあ 無邪気な言葉は臆病に世界を彩って
向かい側に飛び込む理由を描いていった」
表現は違えど
「言葉が色を見せる」
「ここではない別のところへ飛ぶ」ということから
同じ時系列?だとうかがえる

MIRRORは一段と対比が多い
「教えてくれたね⇔教えてほしいの」
「聞かせてくれたね⇔聞かせてほしいの」
「泣いてるのに⇔此処にいないな」
「ウツラナイ ウツラナイ」
「キコエナイ キコエナイ」
wowakaの書く歌詞では急にカタカナやひらがなになる。
それが何を意味するのか未だつかめない。しかし
センスレスでは
最後当たり前に漢字を使い話していたはずが
すべてひらがなになる。
そしてMIRRORではカタカナ。
もしこの変貌の視点が女の子だとしたら、合点がいく
「そちらの世界へ行きたい」と意思表示をした後、
それに飲まれたかのようにひらがなになる。
MIRRORではそっちの世界に飲み込まれたから
カタカナでしかしゃべれないのかなと思った。

「泣いてるのに 君はいない」ということを何度も反復し
強調していることからやはり生きているとは言い難い。
ごり押し考察に聞こえるかもだが割と自分では納得いく。

やはり散りばめられた少女の状態がアルバムを経て映し出されており
ルームシック~DEEPER まで統一されている。まさにプログレ

DEEPERはその最後を切なく締める最高のアルバムだと思う。
ヒトリエにおいてフェーズがあるとしたらここがターニングポイントだ。
赤が印象的な「WONDER and WONDER」とは対比するような
「モノクロノエントランス」「DEEPER」という白黒のアルバム
このコントラストも好きだ。

DEEPERはトーキーダンス、シャッタードールというキラーチューンと
ワンミーツハーというタイアップをいかにこれまでのアルバムに落とし込み、自然な形を取るべきなのか。その選択を間違えず完璧な流れを作り上げた作品だった。

第4位 IKI



ヒトリエがヒトリエじゃなくなっていった

「IKI」ヒトリエの歌詞の雰囲気が一気に変わった。
単純に言うことが薄っぺらくなったとか
大衆受け狙いすぎてるだとかそういうのは一切なく
いつもの言葉と言葉を掛け合わせ引き起こされる
独特のリズムは抱えているはずなのに...
分かりやすいのが リトルクライベイビー
小さな泣き虫。だがそのベイビーは赤子のような真新しく
生まれた生命の意味も孕んでいる(のだろうか)

「夢が産声を上げる!」←ヒトリエはそんなこと言わないッ!

このフレーズ死ぬほど好きなんです。
感嘆符の使い方が最高だ。しかもこの歌ではこの一回のみしか使われない。

そしてこの曲 完全に切り離されていたと思っていた
少女と少年につながっている。
「両の手を握ってしまった今」
「君の泣き顔の果てを我武者羅に追いかけるよ」

MIRRORで過ごした悲しみに暮れた時間を経て
「行ける 飛べる」
「その煌めきの色へ 行けるよ」
ヒトリエであまり出てこなかった可能動詞が
IKIで一気に使われ明るい印象と勇気をくれる。
でもそれは決して方向転換ではなく今までの繋がりを引っ張って
出てきた形なのだ。君がいなくなったとしても また会えると信じ
僕は君が泣いた世界を生きて、君の色を追いかけるという決意

これこそ史上最高の「エモ」だと思います。感動

ただ。現実的にみるとこれって相当な覚悟と決心で出来上がったもの
と思ったけどDEEPERからIKIって同年リリースなんですね。ビビる。
彼の作る曲のBPMは早く、それは享楽のような幸せというより
焦燥という心の苦しさから生まれた騒ぎを形にしたものだった。
だから作るペースも削るように生まれたものなんだろう。

でも面白いのは サビで落ち着かせる サビがスロウになってく
という工夫がこなされるようになったところ。

イヴステッパーなんか独特過ぎる。
民族の儀式のようなおどろおどろしい感覚だった。
それでもやはりヒトリエ特有の焦燥のようなスピード感は
しっかり根付いてて…今思えばアンノウンマザーグースの片鱗
何だろうなあと思った。

何度も「行こう」とするその姿


現在地から違う場所へと進ませようとする表現が何度も強調し
各々の曲に置かれる。
「届け 届け、まだ見ぬ人へ」
「ひとり、ひとり、抉じ開けに向かえ」(KOTONOHA)
「君の泣き顔の果ても我武者羅に追いかけるの」(リトルクライベイビー)
「まわりまわる時間の果てでまた 次は僕が君の元へ行くよ」
「今はもう迷わず行けるよ、行けるよ」(さいはて)

そして最後 目眩
「変わらぬまま行こう 未だ知らない場所へと向かおう」

これ以外にも たくさんある。
doppelでは「生き写しの二人」が互いにさまよいお互いを
見つけられない切ない歌。それでも
さいはてはリトルクライベイビーで目指した
「煌めきの色」を知りたくてずっと道を行く少年の歌
目眩では 消えたと思っていたものは消えてなんかない
と言い聞かせ、眩しさを追い求め、行くんだという前回前々回のアルバムと
比べるとやはり明るくなっている。でもそれは生半可な励ましではなく
かといって独りよがりでもなく 二人の形を維持しつつ、ヒトリエが
我々リスナーに示してきた「これから」でもある。

インディーズ時代やメジャー初期から表現してきたヒトリエかという形を
壊すのではなく、形を変えていくように生まれたIKIは、新たな試みと
今までの形を譲り合ったり妥協したりはせず、お互いがお互いの鋭利な気持ちや技巧を分かち、互いに磨き上げてきた作品なのだ。
それら全部を詰め込んで、これからまだ見ぬ地へ「行く」アルバムだった。


正直記事を書くために インタビューや気になる曲の歌詞2つ並べて
相違や共通を見つけてるうちに2,3回アルバム順位が変動しました。
それくらいどのアルバムも完成度が高く
ちゃんとテーマや向き合う姿勢とかが曲で明言されてて
このバンドは本当にすごいと何度も気づかされます。

ルームシックガールエスケープ
HOWLS
REAMP
が残りとなりました。 さあどうなるか…
ぜひ長らくお待ちください… 
こんな長い文章をよんでくれてありがとうございました!
続きも出たら読んでね

いいなと思ったら応援しよう!