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『私の物語』〜心が震えた、異文化からのおくりもの 〜 1986 その伍(#5)
前回までのあらすじ
1986年。バブルに浮かれていた世間を横目に、生きていた『私』。
高校生の『私』は、親に置き去りにされ、ひとりバイトで生計を立てていた。深夜の音楽番組は、そんな『私』にとっての心の拠り所。そして、ある日、『私』は、ボン・ジョヴィの楽曲と出会い、英語を学びたいと思うようになる。
夏の終わりのある日、バイトの休みに、近所の商店街の夜店に出かけると、いつも気になっていた星条旗のバーが、夜店を開いていた。そのバーの店主と知合い、店に招き入れられた…
∞ 憧れのバー
店の中に、恐る恐る入った。
薄暗い暖色の照明が、点いていた。
あまりはっきり見えないが、物が多くてごちゃごちゃしている。
思っていたより、ものすごく狭かった。5〜6坪くらいだろうか、、、
入って左に、3人くらい座ったらいっぱいになりそうな、小さな木製のカウンターがあった。
カウンターの端の方には、いろいろと荷物が山積みになっている。
向かって右側には、喫茶店にあるような低い四角い4人掛けのテーブル席。
その真後ろにも、椅子が密着するように、4人掛けのテーブル席があったが、奥の2つの椅子は、荷物に埋もれて座れそうにない。
カウンター側の奥の方には、扉があって、扉を全開すると、奥のテーブルに扉が引っかかるのでは、と思うくらい、狭い。
私は、どこに座っていいかわからず、入り口付近で立ったまま、キョロキョロしていた。
まぁ、どこでもいいから座りぃや。
カウンターの中から、店主が言った。
はい。。。
と、返事をしながら、カウンターの中を見てみると、
カウンターの中の壁には、たくさんのお酒が並んでいた。
ウイスキーかな?見たことがないラベル、それから、小さい焼酎のボトルもあった。
あのう、ここにしますっ…
カウンターの端っこに座った。
あっ、そうや。おんがく、音楽…
店主か独り言を言いながら、カウンターの端っこにある、ちょっと良さげなカセットデッキに、カセットテープを差し込んだ。
ジャズだった。ピアノとドラム、トランペットの音がする。
なんか、おとな〜。場違いやったかなぁ…そんな事を思いながら、壁のお酒を見ていた。
∞ ジンジャーエール
それで〜、名前、何ていうのん? はい、これ。
そう言って、おしぼりをくれた。
あ、すいません…トミーです。
受け取ったおしぼりを両手でもったまま、答えた。
そんな、緊張せんでええで。僕は、ユウサク。『まつだゆうさく』
っと、言って笑っていた。
カウンターの中で、グラスを片付けている音がした。
え、ほんま?『まつだゆうさく』とおんなじ名前?
私も、いっしょに笑っていた。
はは、うそ、うそ。
でも、『まつだ』は、ホンマ。平凡な名前やろ。
ほんで、何飲む? ハンバーグ、ちょっと時間かかるから。待ってて。
ソフトドリンクは、ジンジャーエールとコーラやったらあるで。
どうしよう。お酒も飲んでみたいけど。おなか空いてるしなぁ…
じゃあ、ジンジャーエールでお願いします!
大きな氷が入ったグラスに、ジンジャーエールが注がれてきた。
さすが、バーやなぁ。氷が違う〜。
なんだか、感動していた。
∞ 常連さん
すると、入口のドアが空いて、男の人が入ってきた。
に〜ちゃん、もう開いてんのぉ?
ちょっと背が高くて、口ひげのある三十代くらいの人だった。ちょっと、チェッカーズの『タカモク』に似ていた。
慣れたように4人掛けのテーブル席に座って、抱えていたクラッチバックをテーブルに置いた。
私は、ちょっと緊張した。
当時、クラッチバックは、遊び人や、ちょっとイカツイ人が、好んで持っているイメージだったからだ。
ヒゲの人は、カウンターにおしぼりを取りに来た。
まつださんが、カウンターから手渡す。
うちは、お客さんが何でも手伝ってくれんねん。
と、私に言ったので、ヒゲの人に会釈した。
どうも…
ヒゲの人は、ニヤニヤしながら私を見て、言った。
なんや、にーちゃんにナンパされたんかぁ?気ぃつけなあかんでぇ。
そう言いながら、テーブルのクラッチバックから、タバコを出した。
パーラメントだ!
やっぱり。ヤバい人かも!
心臓がドキドキしてきた。
まつださんは、笑いながら私をヒゲの人に紹介した。
そんなんちゃうよ。この子、トミちゃんいうねん。
トミちゃん、この人は、矢沢さん言うねん。矢沢のやっちゃん!
えーっ!やっちゃん、てー!!やっぱりそうなんか〜?
にいちゃん、もう、やめてや〜。勘違いしたら困るやん。俺はカタギやで!ちゃんとした会社員!
今度は、まつださんがニヤニヤしてた。
ヒゲのやっちゃんが、何も言ってないのに、まつださんは、焼酎のボトルを棚からおろして、ロックをつくった。
それから、細長いスプーンで氷をくるくる回して、カウンターに置いた。
ホイよっ。
まつださんが、声をかけた。
にーちゃん、あんがっとっ。
そう言って、グラスを受け取り、目と鼻の先のテーブル席に座った。
なんか、面白い二人やな〜。
そう思いながら、ジンジャーエールをひと口飲んだ。
∞ ハンバーグができる間に…
何飲んでんの? ここ来んの、はじめて?
ヒゲのやっちゃんが、聞いてきた。
ジンジャーエールやで〜。
まつださんが、助け船をだしてくれた。
あんまりイジメたら、あかんで。今日はハンバーグ食べに来てんから。
今から焼くで〜。ごはんはもう炊けてるから。
そういって、鉄のフライパンを見せた。
え、ご飯ついてるの? バーやのに〜?なんかビックリ。
と私が言うと、
ご飯はいつも炊いてんねん。夜中に小腹すいたら、おにぎりにすんねん。けっこう、評判いいねんで〜。
へぇ〜、面白いバーやな。おにぎりやって。
そう思っていたら、ヒゲのやっちゃんがこういった。
昔よく、にーちゃんのおにぎりご馳走になったな〜。
なんか、やっちゃんが、遠くを見つめているような気がした。
よくって、もんじゃないやん、あの時のツケまだ残ってるで〜。
まつださんが、優しい笑顔で応える。
ハンバーグの焼ける音が、ジュウジュウ聞こえてきて、いい匂いがしてきた。
バーは、あんまり料理したら、匂いが付くからあかんねんけどな、、、
そういいながら、まつださんは、フライパンをゆすって、ひっくり返した。
ここからが大事やねん。ハンバーグのソースも手作りやで〜
ハンバーグが完成に近づいてきた時、またドアが開いた。
こんばんわ〜、やっと終わったなぁ、夜店。
そういいながら、背の低い男の人が入ってきた。
しょうちゃん、お疲れさ〜ん。
まつださんが、声をかける。
そして、しょうちゃんと言われた人は、やっちゃんの向かい側に座った。
しょうちゃん、ちょっと待ってな〜。
といって、私のハンバーグを出してくれた。
ご飯、どれくらい? 中ぐらいでいいか。
中なのに、結構多めのご飯が出てきた。
熱いうちに食べや〜
といって、しょうちゃんの水割りを作り始めた。
私は、ハンバーグをひと口頰張って、歓声を上げた。
おいしー!
手作りソースをご飯に絡ませて、混ぜながら食べた。
中ご飯も、ペロッとなくなりそうだった。
∞ 常連さんの過去
おっ疲れさん!
といって、まつださんがカウンターに水割りとおしぼりを置いた。
しょうちゃんが、それを取りに来る。
にーちゃんのハンバーグ最高やろ〜、俺も学生時代によう食わせてもろたわ〜
はじめて会ったのに、しょうちゃんが知り合いみたいに声をかけてきた。
はい、美味しいですっ!
と私が答えると、まつださんが、洗い物をしながら、ニコニコしながら言った。
しょうちゃんは、商店街の金物屋さんの息子やねん。長い付き合いやなぁ〜、もう十年以上になるなぁ。
しょうちゃんも、懐かしそうに言った。
そうそう、夜中ふらふらしてるとこ、にいちゃんに捕まってなぁ。不良やってん、いきがってたわ〜。今から思い出したら、あー恥ずかし。その時に、やっちゃんとか、他にもいろいろ居ったな。なぁ、やっちゃん。
そんな俺が言うのもなんやけど、こんな時間まで、女の子がこんなとこ居ったらあかんで。はよ帰りや〜。
そういわれて、ぽろっと、口が滑った。
そうやんね、もう10時過ぎてるもんね。でも、家に帰っても誰もおらんねん。だから、もうちょっと居ってもいい?
ヒゲのやっちゃんと、しょうちゃんが、目を合わせて、なるほど、という顔をした。そして、二人ともが、まつださんを見た。
それから、しょうちゃんが私に言った。
しゃーないなぁ、じゃあ、俺が一杯おごったるわ。お酒飲めるんか?
私は、びっくりしたけど、
はい、飲めます!不良じゃないけど。
といって、笑った。
∞ オールドクロウ
しょうちゃんが飲んでいたのは、ウィスキーじゃなくてバーボンだった。初めて見るラベル。OLD CROW と書いてあった。
これ飲んだことある?バーボンやで。
と、まつださんが私に聞いた。
無いです、初めて見ました〜。バーボンってはじめてと思います。
私がそう言うと、まつださんは水割りを作ってくれた。
はい、おまち〜。ちょっと薄めにしといたで、自転車で帰るんやろ。
そういって、オールドクロウの水割りのグラスを私の目の前に置いた。
い、いただきま〜す。
そういって、しょうちゃんと乾杯して、それから、やっちゃんとも乾杯して、笑った。
はじめて飲む、バーボン。
ほろ苦くて、いい香りがして、優しい味がした。
『私の物語』〜心が震えた、異文化からのおくりもの 〜 1986 その録(#6)につづく
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