『私の物語』〜心が震えた、異文化からのおくりもの 〜 1986 その録(#6)
前回までのあらすじ
1986年。バブルに浮かれていた世間を横目に、生きていた『私』。
高校生の『私』は、親に置き去りにされ、ひとりバイトで生計を立てていた。深夜の音楽番組は、そんな『私』にとっての心の拠り所。そして、ある日、『私』は、ボン・ジョヴィの楽曲と出会い、英語を学びたいと思うようになる。
夏の終わりのある日、バイトの休みに、近所の商店街の夜店に出かけると、いつも気になっていた星条旗のバーの店主と知合い、店に招き入れられ、注文した特製ハンバーグができるまでに、新しい世界とその住人たちと出会い優しさに触れていく。
∞ 松田優作のバーボン
カウンターの中には、まつださん。
テーブル席には、やっちゃんと、しょうちゃん。
私はひとり、カウンター席に座り、ちょうど三人の間にいた。
やっちゃんとしょうちゃんは、冗談ばっかり言い合って、楽しそうに飲んでいる。
私は、ハンバーグも食べ終わり、奢ってもらったバーボンを何口か飲んで、少し緊張がほぐれてきたようだった。
グラスを両手で持ちながら、カウンターの足の長いイスを、くるっとつま先で回転させて、テーブル席の方の二人を見たり、カウンターの中の方へ向いて、壁に並んだお酒を眺めたりしていたら、音楽のテープが一周したらしい。
まつださんが、カセットテープを入れ替えた。
そして、そんな興味津々な私に、まつださんが聞いた。
どう?オールドクロウの感想は? これぞ、男のバーボンやで。
と言って笑った。
とてもいい匂いで、美味しいよ。でも、何で男のバーボンなん?
と、聞いたら、しょうちゃんが、代わりに答えた。
そりゃ、にいちゃんが、こよなく愛する、松田優作が愛している
バーボンやもんなっ!にいちゃん!
私は、その時まで、松田優作の名前は知っていたけど、松田優作の映画もドラマも、ちゃんと見たことがなかった。
唯一知っていたのは、薬師丸ひろ子と一緒に出ていた映画くらいなものだったけど、、、
その映画は、『セーラー服と機関銃』の次の作品だった。
薬師丸ひろ子がボブカットの大学生になっていて、前作との違いになんだかがっかりしてしまった。だから、内容があんまり入ってこなかったのだと思う。
それで、その相手役の松田優作のカッコよさについても、全くわからなかったのだ。
だから、しょうちゃんが、まつださんを見てニヤニヤ笑っていても、
へぇ〜
としか言えなかった。
なんや、感動うっすいな〜。へぇ〜、って。
だから男のバーボンやねん。女の子には、ちょっと難しいねん。
と、しょうちゃんが、口をとがらせながら、私に言った。
しょうちゃんが、おごってくれた『オールドクロウ』
そうか、しょうちゃんも、松田優作ファンなんやん。
まぁ。まぁ。。。
と、まつださんが、なだめるように、しょうちゃんに声をかけた時、バーの扉が開いた。
∞ マドンナ登場
にいちゃん、こんばんは〜。あ、しょうちゃん居ったん。夜店どうやった?片付け終わったん?
その人は、そう、しょうちゃんに話しながら、慣れた様子で、脱いだジャケットをハンガーにかけて、ポールに吊るした。
いらっしゃい。みきちゃん。今日は早めやね。
そう言って、まつださんは、バーボンのソーダ割を作っていた。
でもそれは、『オールドクロウ』では無く、『ジャックダニエル』だった。
そのお酒は、私でも知っていた。ロックの世界では、『ジャックダニエル』がバーボンの代名詞みたいなもんだったから。
(ボン・ジョヴィの影響で見た、ミュージックライフに載っていたのだ!)
みきちゃん、この子、とみちゃん言うねん。。。
とみちゃん、この姉さんは、みきちゃんゆうて、商店街の履物屋さんあるやろ、そこの娘さんやねん。
スゴイで、有名ブランドの店長やで、かっこええやろ〜。
ほんまに、カッコよかった。背もスラっと高くて、髪の毛ビシッと束ねて。こんな夏の終わりに秋物のジャケット来て、モデルさんみたいや。
最近、出戻ってんな〜
と、しょうちゃんが、からかう。
もう、うるさいなー。しょうちゃんは、いっつも、ひと言多いねん、ほんまにぃ。
そう言いながら、みきさんは楽しそうに笑った。
∞
おつかれっさん。ほいよっ。
まつださんが、バーボンのソーダ割とおしぼりをカウンターに置くと、みきさんがそれを取りに来て、私を見てにこりと微笑んだ。
どうも〜、とみちゃん。仕事上がりにたまに来るねん。よろしくね〜。
いつもは、もうちょっと、おそおそに来んねんけどね。
そう、挨拶されても、返事できないくらい。私は、みきさんに見とれていた。
大人の女性。素敵やなぁ。そこに居てるだけで、ぱぁ〜っと、周りが明るくなる。
みきさんは、テーブル席に戻って、しょうちゃん達とトランプを始めた。
なんでも、みきさんとしょうちゃんは幼馴染みで、小学校から一緒らしい。兄妹みたいに仲がいい。そして、二人とも口が達者で頭の回転が速い。
そういえば、私は、みきさんのとこの履物屋さんに、行ったことがあった。
小学校の低学年の頃、お母さんと一緒によく運動靴を買いに行ったっけ。きれいなサンダルとかも並んでいたけど、いっつも、買いに行くのは運動靴やった。
かわいい花かざりの付いたサンダルを履いてみたくて、じっと眺めていたことを思い出した。
みきさんとこの、履物屋さん、小さい時に行ったことがあります!
とっさに、そんな言葉が出てきて自分でもびっくりした。
みきさんは、トランプを切りながら、こっちを見て言った。
小さい頃とか言わんと、いつでも寄ったって。昔と全然変わってないから。靴も売るほどあるし、、ははは。
そんなおやじギャグみたいな冗談が出てくるなんて、私は面食らってしまった。
そこに、しょうちゃんが割って入って、言った。
いっぱい、ええ靴あるけど、シンデレラのガラスの靴は見つからへんな。
また、みきさんが、軽く言い返すのかと思ったら、
そやな〜、、、でも、シンデレラも若さを失ったわ、、、
とちょっと、しんみりと言った。
∞ 次の約束
もうすぐ、11時になろうとしていた。
グラスの氷もすっかり溶けていた。
まつださん、そろそろ帰ります。
私は、お勘定をお願いして、カウンター席を立った。
ドリンクは、しょうちゃんのおごりで、ハンバーグは、今日はええよ。
まつださんが、ニコニコしてそう言った。
え〜、そんなんあきませんよ〜。ちゃんと払います。ジンジャーエールだって飲んだし。
ビックリしてそう言うと、テーブル席の三人が、口々に笑いながら言った。
にいちゃんが、そう言ってるんやから、今日は甘えときぃ。
皆に圧倒されて、それ以上食い下がれなくなった。
ほんまにいいんですか、、、?
まつださんは、頷いてこう言った。
ええけど、次来た時は、まつださんは、やめてや。『にぃちゃん』でええで。
なんか、仲間に入れてもらったような気がした。
そしたら、次は、バイト代が入ったら来ます!なんか、ありがとうございます!
私は、お礼を言って、バーの扉を開けた。
じゃぁ、気を付けて帰りや、自転車やろ。またね〜
皆に手を振って、店を出ようとしたその時、ずんぐりむっくりの小柄なおじさんが、入れ替わりで入ってきた。
あれ、帰るん?
ずんぐりむっくりなおじさんは、私にそう言うと、カウンターに座った。
私は、バーを出て、自転車のカギを開けて、路肩から自転車を出す。
このお店に来る人は、みんな気さくな人ばっかりやなぁ、、と思いながら、自転車のペダルをこぎ始めた。
∞
にいちゃん、今の子だれ? ちょっと若いように見えたけど。
バーのカウンターに座った男の人が、にいちゃんに尋ねた。テーブル席の三人が、割って入って答えた。
比嘉さん、また、にいちゃんが、子猫ちゃん拾ってきたみたい。
きっと、また来ると思うよ。
比嘉さんと呼ばれた人は、なるほど、というように、にいちゃんに目配せをして、タバコに火をつけた。
『私の物語』〜心が震えた、異文化からのおくりもの 〜 1986 その漆(#7)につづく
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