旅情の泉

東京駅八重洲口のバスターミナルほど、旅情感に満ちた空間はそうそうない。

たとえば新宿のバスタは、あの建物に入らなければバスや待っている乗客が見えない。だが、ここ八重洲口は東京駅に向かって傍を歩くだけで、旅情感に包まれる。

それは、バス待ちの乗客が抱く、旅へのワクワク感や緊張感のおこぼれなのだ。疲弊した仕事終わりでも、ここを歩くだけでなんとも豊かな気持ちになる。そして、八重洲口を歩く度に「ここからバスに乗って、どこかへ行きたい」と思うようになった。

だから高速バスのチケットを買うときは東京駅発を狙うのだが、鍛冶橋だったり中央通り付近だったり丸の内口だったりと、なかなか機会がなかった。青森から帰ってきたら北口で、惜しいときもあったなあ。

静岡行きの高速バスで、ようやく八重洲口からの発車と相成った。夜行だから車窓は楽しめず、すぐに消灯そして睡眠だが、早くも満足だ。

旅ってのは、目的地で自撮りして SNS にアップすればいいというもんじゃあない。過程や手法や乗り物を楽しんでこそ、旅なのだ。

金も時間も有り余っている富裕層が、わざわざ速度の低い、しかし快適さのかなり高い旅客船や列車に乗るのは、すなわちそういうことだ。

高速バスは速度も快適さも低い。
それでもバスターミナルは、旅情感に満ち溢れている。

それは、バスを待つ人々が旅を楽しんでおり、通行人におすそ分けしてくれているからなのだ。

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