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小説『ガメラⅣ 白』

 ※後編となります。お先にガメラⅣ 黒をご覧下さい。


 大迫力おおさこつとむは臨時政府が置かれた名古屋市から、瓦礫の散乱する郊外へと調査に行くという長峰真弓に同行していた。
 「やっぱ、すごかとですなぁ、ガメラはぁ」
 「ええ……ここも完全に破壊されてます」
 瓦礫と化したビルディングにはギャオス・ハイパーの巣があったのだが、ガメラに叩き潰され、雛鳥は全滅していた。死骸は悪臭を放ち、腐乱している。
 だが虫の類いは余り寄り付かない。ギャオスには毒性がある為である。水溶性が高いので、直接の被害は出にくいが、自然界の分解者である昆虫がたかにくい。死骸はなかなか片付かなかった。
 ガメラがギャオスの大群を葬って既に一月。
 京都で大迫と再会した長峰は、臨時政府が発足した名古屋市へとやって来ていた。日本海側は比較的、被害が少なく、太平洋側、特に関東は甚大であった。
 そろそろ冬が近づいている。
 今は一向に進まないギャオスの死骸の始末、その巣があった場所の調査報告を委託されている長峰と大迫であった。環境省の巨大生物被害対策審議会審議官である斉藤雅昭は命からがら難を逃れており、名古屋で再会した長峰らにギャオスの研究の継続を依頼した。
 もしかしたら、
 生き残りがいるかもしれない。
 卵があるかもしれない。
 或いは、変態した新種の可能性も否定出来ない。
 ガメラ擁護派である斉藤は「今度、新たな怪獣が現れたら人類はお仕舞いだ」と語った。
 ガメラはもういないのだ。
 「くぁぁあ!臭かあ!」
 瓦礫の中で潰れたギャオスの死骸は、マスクをしても耐え難い異臭を放っていた。単純に感染症のリスクも否定出来ない。
 「ここも焼却してもらいましょう」
 頷き、長峰は自衛隊の防疫班に連絡する為に、地図へと記入した。大野一等陸佐が暫定的に指揮する調査班であったが、無理はさせられなかった。奈良で大野はイリスと交戦し負傷するも生存、幸か不幸か、負傷して前線にいなかった為にギャオスの襲撃からも生存したのだが、人手の足りない現在、働くと言って聞かない。折角、この災厄から生き延びたのだから、なるべく安静にさせたかった。
 比良坂綾奈と守部龍成は、奈良の南明日香村に臨時バスを乗り継いで帰って行った。これも不幸中の幸いかもしれないが、イリスに村人の半数を殺戮された南明日香村は、ギャオスの被害は皆無だった。もとより過疎地であるのが幸いした。龍成の祖母、妹もイリスの襲撃から生存し、連絡が取れている。身寄りを亡くした綾奈は龍成が面倒を見ると言って、大迫にニヤニヤと小突かれていた。
 彼女を咎める事は出来ない。
 イリスの虜にならずにいられる人間が居ようか?
 ガメラも彼女を助けている。

 ガメラ

 名古屋で息絶えたガメラは、灰となった。
 その亡骸は、徐々に風化し、今や骨と甲羅の一部しか残っていない。
 今度の大災害のモニュメントでもあり、ガメラという愛すべき神のいた記憶、犠牲者たちの記憶でもある。連日、たくさんの人が訪れ、献花し、合掌した。
 邪神との決戦でも終始冷静で気丈だった草薙浅黄くさなぎあさぎは、ガメラの頭骨へ取りすがって涙した。
 魂の半分を失ったように、人目もはばからず、子どものように泣いた。
 貧相な仮設住宅で三人は身を寄せ合って暮らしている。多くの人が、誰かしらを失い、それでも助け合う人々もいて、たくさんの疑似家族があちこちでがんばっていた。無事だった地域からは大勢のボランティアや支援物資が集まり、海外からも惜しみ無い援助が送られた。地球の裏側から言葉は通じなくともボランティアに来た人たちもいた。
 甦る、
 立ち上がる人々。
 必ずや人類は再生する。
 知的生命も自然の一部とするのならば、
 ガメラが信じた、彼が守ろうとした自然の生態系の力そのものだった。



 「…………」
 ゾーイは不気味な邪神の姿に、内心では嫌悪感をいっぱいにしながらも、その儀式を見つめていた。
 隣に並んだ先輩巫女のアーナの顔にも嫌悪感が滲んでいる。テレパシーを使うまでもない。考えは同じだった。それに彼女にとってメリアは親類でもある。
 「……アーナさん」
 「分かってるわよ」
 ぎりっ、と歯を食い縛る音がした。
 神殿ナオスには、巨大な緋色の軟体動物が鎮座していた。甲冑を思わせる甲殻が東部や胴体を覆ってはいるが、この巨人の本質は触手だ。その太い四本の触手をうねらせ、整列したムーの捕虜・奴隷スクラヴォスたちを値踏みするように撫ですさっていた。
 巨人に抱きつくようにしているのは巫女メディウムのメリア。彼女はアーナの親族である。
 どこか巨人にはべらせられているような巫女の姿は、卑猥だった。
 「愚かな連中」
 そのメリアがよく通る声で、ふふんと捕虜たちを嘲笑あざわらった。
 数百年前、この地球という極寒の星に入植した移民船・浮遊都市の一つ、レムリアをムーが征服したのが一月前。そこから、魔獣ジャイガーの圧倒的な力でもって、ここアトランティスにまでムーは侵攻してきたのだった。
 が、
 その第一波をこの邪神イリスはたった一体で蹴散らしてのけた。
 ムーの軍勢は総崩れとなり、潰走かいそうした。
 そうして僅かな生き残りを捕虜として生け捕ったのである。
 その処遇というのが、、、、、

 【生け贄】

 とメリアは言った。
 今や、邪神の巫女としてアトランティスの軍事はおろか、政治すら掌中にしているメリアだった。まだ二十歳そこらの娘が、邪神をいいように使って、全て自分の匙加減で采配している。意見する、というていを装ってはいるものの、実際には脅迫だった。
 捕虜についても、唐突に生け贄などと言い出し、議会や神官は仰天したが、誰も逆らえなかった。
 どのように生け贄にするかも分からない。
 ただ、斬首や銃殺より残酷な事になるであろう事は明白だった。

 「薄汚いムーのゴミどもめ」

 神殿に巫女の言葉が響く。
 同時に、にゅるりと邪神の触手の一本が蠢いた。
 一人の捕虜に狙いを定めている。
 「ひっ……お、お許しください、何でもします、アトランティスに忠誠をちか……」

 ぐじゅっ

 捕虜のどてっ腹に触手の先端が突き刺さった。
 「っ……はっ??」
 強烈に振動する鋭利な先端により、彼の内臓はシェイクされ、血液を初め、あらゆる体液もろとも邪神の触手に吸いとられていく、、、、、、
 十秒程で彼は干からびた皮膚と骨だけになった。
 どよめきが起こる。悲鳴も上がった。
 邪神がこのようや形で養分を摂取するなど、知っているのはごく僅かでしかなかったのだ。知っていた者でも、衝撃と動揺は隠せなかっただろう。これまでは、家畜を与えてきたのだが……人間を食わせたのは初めてだった。
 「イリス、よろしいですか?」

 ぐ
 ぐ
 ぐ

 邪神に口も声もない。それだのに、わらったような気がした。嗤ったと分かった。
 触手が次の捕虜へと向けられる。

 ぶん

 「ぎゃっ…………」
 「ごめんなさいごめんなさい許して下さいお願いです許して許して許して…………」
 「おのれ、アトランティスの野蛮人どもめっ…………」
 「愛してるからな◯◯…………」
 「やだぁ!いやぁ◯✕△□□✕△□…………」
 「たすけで…………」

 幾人も、
 次から次へと、
 邪神は餌にした。

 それはアトランティスが一番、冷たく、凍てついた日だったろう。
 「ひ、ひどいよ、なんなのよ……」
 憤りと戦慄にゾーイの体がガクガクと震える。
 我知らず、アーナに寄りかかり、彼女も身を寄せてくる。巫女故に、神事に同席が促されたが、もう二度と、こんなものに付き合う気はなかった。
 敵国人とはいえ、こんな行いは許されない。口出しする権限も、止める勇気もなかったが、心の中には罵詈雑言が次々に湧いてくる。心の中を読まれないように、無心になるよう努めるのに必死だった。
 「さあイリス、これで最後です」
 メリアは赤い唇を歪めて微笑む。

 ぐ
 ぐ
 ぐ

 と邪神は最後の餌食に取り掛かった。
 「………………」
 それはまだ少年と言っていい、子どもだった。
 強いテレパシーを持つ神官見習いといったところだろう。
 彼は青褪め、尻餅を着いて、ガタガタと震えていた。
目の焦点が合っていない。
 「…………」
 邪神の触手が少年の顎を撫でる、、、、、、

 じょろろろ、と少年は失禁した。

 それを目にしたゾーイは、
 「やめてよメリアっ………」

 瞬間──────────

 ぞぐっ

 「い……」
 少年の脳天に突き刺さった触手は、瞬く間に少年の脳を粉砕し、吸い上げていく。

 「ああああああああああああああああああ」

 彼の最後のテレパシーがゾーイの心をめちゃくちゃに掻きむしった。
 恐怖、苦痛、絶望、あらゆる負の感情がそれぞれ最大級の破壊力でゾーイに流れこんだ。
 ぐるんと視界が回転する。
 「ゾーイっ!?」
 倒れゆく彼女を辛うじてアーナが抱き留めた。
 「…………」
 薄れゆく意識の中、遠くで、ぐぷっ、という邪神の嗤い声を聞いた。



 「坊主、どげんしたと?」
 配給の列に並んだ帰り、大迫は、道端に座り込んでいる少年に気が付いた。
 小学校高学年だろうか。
 「んん?」
 近付き、腰を屈めて覗き込む。なかなか気の強そうな少年だ。
 今日きょうび、珍しくもない、被災者だろう。
 誰かしら肉親を亡くしたり、ギャオスの恐怖に人生を奪われた子どもの一人だと思われる。日本中にそんな子は溢れかえっており、五体満足なだけでも幸運とも言えるが、大迫力は、人類で最初にギャオスと遭遇した者として、その恐怖をこれでもかと味わっていた。こんな少年を放ってはおけなかった。
 「草臥くたびれてしもうたと?」
 よっこらしょと、少年の隣に腰を下ろす。
 「おっちゃんも草臥れてしもうたとよ」
 炊き出しの食事の入った袋を傍らに置き、あーあ、と嘆息し顔をごしごしと己の顔を撫でる。
 「このたった五年で世の中変わってしもうたばい。まさかあんなバケモンがおるとはなぁ……」
 大迫は勝手に話し続ける。
 「人生うったまぐることばっかりたい。あのまま警察官ばやっとれば……」
 「おじさんお巡りさんなの?」
 「んん?うんにゃ、元警察ばい。五年前、一番最初にギャオスば出た時になぁ、警察ばやめてしもうたとよ」
 はは、と笑う。
 「おいは何も知らなかったとよ。人類みんなが何にも知らなかったとよ。己の小ささをちいっとも知らなかったばい」
 遠く、建物の合間から僅かに見える、焼けて白骨化したガメラの甲羅へと目をやる。
 「……がんばらんば」
 少年も亡骸を見つめた。
 命の焔を燃やし尽くしたガメラの姿を見つめた。
 「坊主も色々あったじゃろ」
 そう言って炊き出しのおむすびを取り出し、
 「おー、今日のおむすびばおかかたい」
 頬張った。
 「んん」
 一つを少年に押し付ける。
 「えらか男たい」
 改めてガメラを見つめ、呟いた。



 深刻な事態であった。
 大宮の陸上自衛隊化学学校に配属されている渡良瀬佑介二等陸佐は、渋面で部下たちの算出したデータを睨んでいた。
 ギャオスの大量の死骸と、そこから流れ出た毒素の問題である。それらは黒潮暖流にのって北海道へと日本の半分を汚染し、朝鮮半島、中国、ロシアまで到達、太平洋側へも徐々に侵出していき、数ヶ月で生物が棲めない死の海になるだろうとの予測に、渡良瀬は拳を握りしめていた。
 これでは、何の為にガメラが命をしたのか、報われない。
 ギャオスとはどこまで最悪な生き物なのか…………
 渡良瀬は思う。
 かつて彼が遭遇したレギオンも、ギャオスの軍勢には敵わない。
 ソルジャーレギオンにガメラが為す術がなかったように、巨大レギオンはギャオスに切り裂かれ、ついばまれ、やられてしまうだろう。電磁波で誘導できるなどの動物的な弱みも在った。それがギャオスにはない。
 群れる事の怖さ、大群で、どんどん増える圧倒的な数の暴力。そしてその生態。とことん最悪の化身がギャオスだった。
 化学技官として、一体、どんな人々がギャオスを生み出したのか?と渡良瀬はいきどおらずにはいられない。あんな悪意の塊を創造するとは何なのか。
 同時にこうも思う。
 ガメラを生んだ人々は…………と。
 あんなオーバーテクノロジーを有していながら、ギャオスを生む、その理由は、人間の愚かさに他ならない。
 過ちを繰り返してはならない。
 人類は変わるのだ。
 その為にもこれ以上の環境汚染は赦されない。
 早急にギャオスの死骸の対策を立てねば、、、、、



 草薙浅黄は独自にガメラたちの調査、研究を続けていた。
 京都駅で回収された十握剣とつかのつるぎがきっかけとなった。かつて柳星張と呼ばれた邪神イリスを封じるのに使用され、京都では守部龍成が成長した邪神に投げ付けたものである。
 その材質はオーパーツと言ってよいものだった。
 金属のような、石のような……一番近いのは、化石だろうか?材質の不思議さもさる事ながら、質量や密度も異様だった。これは何かの牙や爪ではないのか。
 封印すべき邪神が倒された今、役目を終えたと思われるが、草薙はこれがどうしても気になる、引っ掛かるのだ。
 こんなものが在るという事は、
 ガメラ、ギャオス、イリスだけではないのではないか?
 他にもアトランティスの生んだ巨人たちがいるのでは?
 調査は、ガメラの亡骸から始まった。
 環境省の研究者たちとガメラの頭骨や甲羅を調べた。
 それに触れるのは苦痛だった。
 巨大な喪失だった。
 ガメラはもういない。
 草体レギオンの爆発で炭化した時ですら、子供たちの願いが届き、マナを吸収してガメラは甦ったが、今回は不可能と分かる。
 ガメラの逞しい牙に触れた時、久々に共振が起きた。
 彼の、何か、約束を守らねばという思いを感じ、草薙は震え、慟哭した。
 今度こそガメラは死んでしまった事を理解した。
 彼の瞳があった眼窩、地球生命の敵に立ち向かう時のあの獰猛な眼光と、個々の人間に向けられる眼差し、あんなにも違うのにその瞳は同じ持ち主だった。
 どうしてこのような生き物が生まれた、創られたのか。
 微かにだが、草薙は分かるような気がする。
 巫女の役目を終えた今でも。
 分かる気がする。



 相沢透は、お喋りなおじさんと別れ、名古屋中央総合病院へと向かった。隣家に住む幼馴染み西尾麻衣のお見舞いに父と名古屋へ訪れた際に、今回のギャオスによる災厄に見舞われた。名古屋の被害は比較的少なかったが、三重の実家は全壊だという。むを得ず、こちらで麻衣の両親と一緒に、避難所生活をしている。復旧した電話で友人らは無事と聞いて安心したが。
 まだ瓦礫の散乱する市街をペタペタと歩く。
 透は不安だった。
 麻衣が心臓病で死んでしまうのではないかと、おそれていた。
 一年前、交通事故で母を亡くしている。
 透は泣いた。死ぬほど泣いた。そのまま死んでしまいたかった。
 ショックでその前後の記憶が曖昧なくらいだった。
 親しい人が死ぬのはもうごめんだった。
 麻衣が死んだらどうしたらいいのか。
 悶々としながら、通称“お墓”まで来た。
 大地に突っ伏したガメラの骨の事である。
 周辺は、広場として自然とそのままにされ、ガメラの遺骨が鎮座している。
 透の父は、以前、95年のギャオス出現時に、ガメラに助けられた事があるという。当時、サラリーマンだった父は東京に出張していた折に、ギャオスの災厄、パニックにっていた。ガメラは人間を庇うようにギャオスの真ん前に立ち、市街地では上手く戦えないようだった、と父は語る。その後脱サラして実家のお店を継いだが、ニュースでガメラが渋谷に被害をもたらしたのを見て、信じられないと述べた。形振なりふり構っていられない事情があるのだろう、とも言った。
 そんな風にガメラ贔屓ひいきの父だったが、透には正直、ピンとこない。
 そこまでの思い入れはない。
 ギャオスの大群を倒してくれた事はありがたく思うが、もっと、自衛隊とか何か出来なかったのか?とも思う。人間が悪いからギャオスが現れたような気もしているのだった。
 「ありがとうございます」
 ガメラにひざまずいて手を合わせているおばあさんがいた。ぼそぼそと何事か呟いている。
 何やらお孫さんがガメラに助けられたらしい。
 日本海の血戦から帰還したガメラは、残された巣の雛鳥たちを叩き潰していった。幼鳥として新たに巣立ったものもいて、それらでさえ自衛隊や米軍の手に余った。
 その被害を受けた人なのだろう。
 おばあさんは合掌し「仏様」とガメラを呼んでお題目を唱えていた。
 透は少し胡散臭く感じる。
 ガメラは好きでガメラになったわけじゃない。
 そういう風に生まれてしまったから、ギャオスと戦わねばならなかったのだと感じる。
 勝手にありがとうはエゴだ。
 実際、ガメラを神として祭り上げ、終末論だのとこじつけてあーだこーだ言っている新興宗教やらもいる。
 勝手な事を抜かすな、と苛立つ。
 敵視していたくせに、ガメラに全てを押し付けて、その身勝手さには激しく嫌悪感を催す。
 なんだかいやな気分になり立ち去ろうとした。さっさと病院に行こう…………
 その時、

 「ん?」

 瓦礫の中に光るものがある。

 橙色に燃えるような石だった。

 どこか貝殻を思わせる。

 マグマの破片??

 不思議に思い、指先でつつくと、それは温かく、優しかった。



 ギャオスの猛威は全てを滅ぼした。
 生み出してはならない魔物だった。
 アトランティスとムーの戦争で造り出された邪神イリスの戦闘能力は凄まじく、ムーの生物兵器ジャイガーたちを蹂躙した。そうして今度はムー本土に攻め込み、更には南方の浮遊大陸メガラニアまで侵略すべく、新たに生み出された完全自律生物兵器がギャオスだった。
 イリスの細胞を元に、量産化したギャオスは、雌雄同体で単位生殖し、食料さえあれば瞬く間に増える。しかもその食料は肉なら何でも食らい、中でも人間をターゲットにしていた。
 ギャオスはあっと言う間に増えた。
 空を覆い尽くした。
 その数は最早、数え切れない。
 浮遊大陸のみならず、地上の地球土着の生き物まで片っ端から餌として成長、営巣、産卵した。
 地球はギャオスの星となり果てた。
 レムリアは壊滅だろう。
 新型の生物兵器ギロンなど、幾つかの巨人により辛うじて防戦しているメガラニアも滅亡は時間の問題だ。
 争いにのめり込み、力に酔い、他者を踏みにじったその結果が、破滅だった。
 ギャオスを生み出した此処ここアトランティスと言えども、例外ではない。
 ギャオス以外の生物兵器は、テレパシーで大まかな指示を与える巫女が必要となる。それを完全にオミットしたのがギャオスだった。それ故に、増殖という大量生産が可能なのであるが。
 遺伝子に刷り込まれた敵味方識別信号も、彼らの凶暴性と貪欲な食欲に破壊されてしまった。飢える→飢えたら死ぬ→死ぬと継戦できない→戦えないのは命令違反である→食べねばならない→殺害するのでなく食べるだけなら命令にならない→殺意はなくとも結果的に殺してしまうのは仕方ない→敵味方見境なく襲うというロジックにより、暴走するまで大して時間は掛からなかった。安全装置として高速で代謝し、すぐに寿命のくる生き物として創造されたのが裏目に出た。彼らの世代交代は猛烈なスピードで、代替わりする度に自己進化し、インプットされたいましめから逃れていった。
 水中に適応したものすらいるらしい。
 アトランティスは、ギャオスのオリジナルとも言うべきイリスの圧倒的な強さによりどうにか持ちこたえていたが、それでも幾つかのセクションへの侵入を許し、それらを切り捨てるパージ事となった。犠牲者は数百万に達する。また、それらは再開発の難しい重要なユニットも含まれた為に、今やアトランティスの高度は徐々に下がりつつある。挙げ句の果てに、イリスは大量の生け贄を要求し、それはとうとう、アトランティスの市民から選出される運びとなった。ギャオスにも、味方である筈のイリスにも、人々は死の絶望にさらされている。
 地球へ入植した移民船団の人類は、滅亡の危機に瀕していた。
 「いいかね、ゾーイ」
 神官が問うた。
 「はい」
 差し出された勾玉プシュケーを受け取り、それを胸元に抱くゾーイ。

 今、新たな神が誕生しようとしていた。

 赤のαイリス血のΒギャオスに続く黒のΓ(ガンマ)と呼ばれるその巨人は、今までのものとはまるで異なる。
 触手の化け物イリスでも、翼ある悪魔ギャオスでもない。
 強靭な甲殻に天文学的なエネルギーを搭載し、そのエネルギー炉から各種強烈な兵装を使用可能で、高度な知性を有し、人間と共闘するわば『最後の砦』だった。
 イリスやギャオスのような攻撃的な兵器ではない。
 アトランティスを守る為に生み出されたものだった。
 先日、その開発に拍車を掛ける事態が起こった。
 巫女の一人が生け贄にされたのだ。
 ゾーイの親しい先輩、アーナだった。
 イリスの巫女メリアの親類でもある。
 それを手に掛けた。

 巫女も、

 邪神も、

 狂っている。

 高いテレパシーの共振力をもつのが分かったゾーイは、新たな生物兵器の巫女に志願した。
 あの邪神を倒さねば人類に未来はないと確信した。
 秘密裏に創られた新兵器は、ギャオスは勿論、対イリスも想定して生み出された。
 邪神を倒す為の巨人が今、
 生まれる。

 パキッ

 神官たちが祈り続けていた橙色の玉にヒビが入る。
 「降臨される」
 玉に亀裂が走り、破片をよいしょよいしょと押し退けて、悪戦苦闘しながら新たなる神がその姿を現す。焔の如く輝いていた玉は、一瞬で光を失くし、単なる殻となって散らばった。

 「くー?」

 小さな、小さな巨人。
 絶滅したこの星の生き物を元にデザインされたという、その瞳は、邪神や魔鳥と似ても似つかない、人間的なものであった。
 「はじめまして」
 ひざまずいたゾーイが両手を差し伸べた。
 「くー」
 不思議そうに、興味深げに、巨人は四本のあしで、とてとてと辿々しく歩き、ゾーイの指先に頭を押し付け、ふんふんとまさぐった。
 前肢にゾーイが触れる。
 拒絶はない。
 無垢で、純粋で、愛おしかった。
 「こんにちわ」
 ゾーイが抱き上げると巨人は、ふーんと辺りを見回した。神官たちは破顔し、うやうやしくこうべを垂れる。
 「私はゾーイ。あなたは……」

 黒のΓガーマメラーエと開発計画の名前で呼ぶのはヘンテコだとゾーイは感じた。
 何か名前をつけたい。

 「そうだなあ……」

 神の名をつける。

 緋色の蛭子イリス強靭な刃ギャオスなどではない名前を。。。。。。。

 神には神の名を─────────

 「あなたは……ヘルメス神トート
 「くー?」
 救済の神の名で彼を呼ぶ。
 「私の友だちになってね、トート」
 「くー」
 ゾーイは何故だか涙が溢れるのを堪えきれなかった。




 「減った?」
 渡良瀬は部下からの報告に素っ頓狂な声を上げた。
 「は、はい」
 報告した当の自衛官も、首を傾げている。
 日本海に溢れたギャオスの死骸が減っているというのだ。確かに一部は沈んだり、流されたりするだろうが、大半が元の海域に浮かんでいる。多すぎて詰まっているようなものなのに、それが目に見えて減少しているらしい。あれは有毒なので、海鳥や魚も食べたりはしない。プランクトンなどが分解したとするにしても、早すぎる。全く原因が分からなかった。
 「陸左、それと竜巻が何度か目撃されています」
 「竜巻?海上竜巻?」
 さっぱり因果関係が分からない。
 竜巻に吹き飛ばされて死骸は飛散したのだろうか。
 「くそ……」
 何かは分からない。
 分からないが、何か良くない事が起こっている。


 「いやぁ~降ってきよったとです!」
 大迫は仮設住宅の入り口で濡れた肩から水飛沫をはたき、靴を脱ぎ散らすと腰を下ろした。
 「びしょびしょになっちゃいましたね」
 隣に長峰が膝を着く。
 「ご苦労様です」
 部屋にいた草薙がタオルを差し出す。
 「ゆきちゃんが来てたから、遅くなっちゃったわ。大迫さんが、ずーっと撫で撫でしてるんだもの」
 と苦笑する。
 西山動物園のホワイトライガーゆきちゃんは、被災地をあちこち訪問して、被災者の慰めになっていた。今日は久しぶりだったので、大きな人集ひとだかりが出来て、市の職員がナデナデ待ちの順番を整理していたくらいだ。大迫はでれでれだった。
 「あれはまっこといじらしかぁ……」
 うんうんと大迫は頬を緩めた。
 「いいなぁ。私も会いたかったです」
 「浅黄ちゃん、会ったことないのよね。タイミング悪いなー」
 髪を拭きつつそんな話をしていると、強風で窓ガラスがガタガタ揺れた。 
 「なんか台風らしいわよ」
 「季節外れですなぁ。ばってん、あれほどガメラが戦ったら天気も狂っても不思議じゃなかとですわ」
 大迫が笑う。
 台風が来ていた。
 気象庁は台風9号との発表をしている。
 それは唐突に日本海に現れ、変化球のような進路を辿り、停滞しているという。非常に稀な台風だったが、先の戦いの影響で、何があっても不思議ではないとの学者たちの見解であった。
 「いやな雨」
 草薙は呟いた。
 激しい雨の中、ガメラの骨は濡れている。



 「……でさあ、これが生まれたんだよ」
 透はリュックの中身を麻衣に見せた。
 「ちょっと……なに連れてきてんのよ」
 ぎょっとして彼女は透を咎める。
 名古屋中央総合病院の一室。
 透は心臓の手術を終えた快方に向かっている麻衣のお見舞いに来ていた。両親がいない隙を見て、リュックに忍ばせていた不思議な生き物を麻衣に見てもらったのである。
 「なにこれ……何なのよ……」
 リュックから出された小さな四足の生き物は、人懐っこい顔で、不思議そうに麻衣を見つめた。
 「くー?」
 「しーっ」
 慌てて生き物の口を塞ぐ。
 「大体、病院に動物連れてこないでよ」
 「あっ、やば」
 カーテンを閉めているので大丈夫とは思うが、透は急いで生き物をリュックに仕舞った。
 「……それさあ、もしかしてガメラの子供じゃないの?」
 「…………」
 透もそれは考えていた。
 何せガメラのお墓に卵?があったのだ。
 今は絶滅してしまったカメという爬虫類に似た姿をしているのも、それを裏付けている。ガメラ以外にこんな生き物は現存しない。
 「ガメラなのかな……」
 「ガメラの仲間だとしても、良かったじゃない?生き残りがいてさ」
 「そうだよね。そう思う」
 このちびっこ怪獣を育てたい、と透は願った。
 悲劇的な末路を辿ったガメラが少し報われるような気がしたのだ。
 「それ避難所で飼うの?」
 「うちに連れて帰りたいけど、めちゃくちゃらしいし……分かんない」
 「どこかに隠したら?」
 「うーん……」
 「名前は?」
 「んー……」
 名前。
 ある意味、それは支配でもあり、ガメラという名前にこの生き物は縛られているようにも感じた。別の名前を与える事で呪縛から解き放ちたかった。
 「じゃあ」
 そこには間違いなく、母への、家庭への思慕があったろう。母は幼い透をそう呼んだ。我が子への、親愛なるニックネームであったのだ。

 「トト」

 「くー?」
 小さな巨人は己が何者であるか思い出していた。



 台風9号は猛烈な勢力へと発達するかに思われた。
 しかし、東海から関東へ掛けた位置に停滞し続け、一切動かないまま巨大化していった。雨はさほど強まらないままに、風台風として膨らみ続けたその途方もない大きさは、三千キロメートルを超え、日本列島をすっぽり覆い尽くした。
 無尽蔵に台風9号は大きくなり続け、朝鮮半島まで到達した。
 人々は漸く、これが尋常な自然現象ではないと悟った。
 幾人かはその目で知った。
 細長い、蛇のようなものが海から竜巻のように舞い上がる瞬間を。
 無数の蛇が空で渦を巻いているおぞましい様を。 
 度重なる調査の結果、台風は蛇のような生物が無数に集まり群れを成したものであると発覚した。
 生きた台風。
 流体の生命体。
 その出所はギャオスの死骸。
 日本海血戦のギャオスの死骸を養分に、それらは増殖し、猛烈な速度で次から次へと海面から上昇、台風の一部となっていった。
 一匹一匹は数mでしかない。自衛隊が数匹を捕獲した結果、目も口もない、線虫などが巨大化したような生き物であると解った。しかしそれは本能なのか、統一する意志が存在するのか、一様に天へと昇り、巨大台風の一部となっていく。
 ギャオスの細胞からの突然変異なのか、或いは、ギャオスに寄生していた生き物なのか、何れにせよ、地球規模の災害に他ならない。各国首脳陣は、巨大台風対策の協議を繰り返したが、有効と思われる案は出ず、議会は責任の押し付け合いという泥沼化した。
 台風は太陽光を遮り、大気を撹拌し、かつてない寒波を地上にもたらした。誰も経験したことのない、氷の嵐、地球規模のブリザードが数年で訪れると推測された。生き物の大量絶滅が起こり、人類は滅亡する。
 核攻撃などという乱暴な手段も候補に上がったが、巨大台風を霧散させられる範囲の核兵器となると、どのみち世界は滅んでしまう。燃料気化爆弾では威力が足りず、そもそも蛇たちは後から後から、ひっきりなしに出現している。
 氷河期が再びくる─────────
 文明は滅亡する─────────



 「くー」
 「寒いな、トト」
 昼間、父は避難所で炊き出しの調理をしており、西尾夫妻も麻衣のところで仮設住宅には誰もいない。
 数日前に連れて帰ったトトは、近所にあった物置小屋の中で育てていた。氷雨の降る中、餌を与える為に仮設住宅をこっそり抜け出した透は、薄暗い小屋の中で、トトの甲羅を撫でていた。
 「お前、何を食べるんだ?」
 分からないので、パンとおむすび、缶詰めを持ってきた。だが、差し出したそれの匂いを嗅いだりはするものの、トトは食べなかった。このままではまずい事になると、透は弱り果てた。
 「お前ってホントにガメラなの?」
 「くー」
 トトは要領を得ない。
 暫く、そんなやり取りをしていると、流石に寒くて堪らなくなった。
 「寒いなー……」
 何かないかな?と思って小屋の中を見回すと、廃材とペンキの空き缶があった。そうだ、自衛官の人たちが言ってたロケットストーブを作ろう、そう思い立った。
 缶詰めを開ける為に持ってきた缶切りで、錆びた缶にごりごり引っ掛け、穴を穿うがつ。古びた缶は容易く穴が開いた。そこに廃材をへし折って放り込み、ポケットティッシュをき付けにして、避難所で貰ったライターで火を着けた。99年当時、百円ライターは何処にでも腐るほどあったのである。
 「よっしゃ!」
 上手いこと、炎は廃材に着火してくれた。
 橙色の炎が小屋を照らした。
 少しカビ臭いが、パチパチとちゃんと燃えている。
 暖かい。
 「あったかいだろ、トト」
 抱え上げたトトをロケットストーブの側に座らせる。
 「くー」

 「えっ?」

 炎が、

 火の粉が、

 トトの体に吸われていく。

 「くー」

 「トト……お前……」
 透の目の前で、トトの体が煌めき、大きくなっていく。
 守護神は、力を求めていた。




 「……あれも怪獣だというんですか」
 渡良瀬は電話で意見を求めた科学アドバイザー、穂波碧の言葉に呻いた。以前、レギオンとの戦いで、様々な重要な知見を彼女から得ている渡良瀬は、今回も穂波にあの生物台風への見解を伺った。
 「そうです。群れをなす生き物ですが、レギオンとは違って、あれで一匹なんじゃないかと思うんです」
 電話口で彼女はそう述べる。
 「レギオンはアリとかハチです。色んなタイプがいて社会を形成しています。あの生物台風は、なんていうかたくさんの個体が一つの細胞として合体して、大きな生き物になってるように見えます」
 「…………」
 「クダクラゲって御存じですか?たくさんのクラゲがくっついて、一つのクラゲになる生き物です。内臓なら内臓、触手なら触手、合体して一つの生き物になるんです。ですから、あの台風は……きっと最終的には一匹の巨大な怪獣になる。だから、、、、」
 「そうなる前に退治しないと……大変な事になる」
 「……はい」
 渡良瀬は、むうと唸った。
 ガメラはもう、いない。



 生物台風が脅威と認識されてから一週間。未曾有の存在である為、推測の域を出ないが、中心気圧はスーパー台風よりも低く、潮位は数mも上がり、最大風速60m/sを超える。存在しているだけで大災害である為、残存する自衛隊の人員をかき集め、日本海側から避難が始まった。そうすることしか出来なかった。
 例の蛇は、日本海以外でも観測されるようになり、世界中にいた事が判明した。それらは猛烈な速さで海を泳ぎ、日本海へと集っていった。
 地上10kmに渦を巻いて旋回する生物台風は、とぐろを巻いた大蛇にも龍にも見えた。
 台風は次第に密度を高め、地上からそのシルエットが見えるようにまで成長した。
 それは欧州でレヴィアタン、或いはシーサーペントと呼ばれ、アジアではナーガ、中国でロンと呼ばれた。
 龍、蛇は世界中の神話や伝承の創世に記されている。
 中国では伏義ふっき女媧じょか、ヒンドゥーのナーガラージャ、アイヌにはホヤウカムイと、至る所に伝承が残る。
 一方、日本海へ集まり続ける淡い緑色の蛇たちは、一本の木のように、天へと昇り続けた。
 それは大樹だった。
 何万、何億という蛇たちの形作った天へとそびえる大樹であった。

 世界樹─────────

 世界中に伝承されるそれが現実となった。
 神話は今、存在すると立証されてしまった。

 ぐるぐると己の尾を追い掛けるように旋回し、世界樹から枝という幼体を吸収し続け、蛇、或いは龍は巨大化し続けた。
 冷気と氷を撒き散らしながら。
 誰からともなく、
 その【とぐろ巻くもの】を、
 ウロヴォロスと呼んだ。


 それは唐突に始まった。
 パラパラと降りだしたそれを、人々は最初、雨だと思っていた。
 雨だと思ったそれが頭皮や皮膚に張り付き、一瞬で凍り付かせ、バキバキと体組織を崩壊させて初めてそれが普通の雨でないと悟った。

 マイナス290℃の液体ヘリウムの雨だった。

 ポトポトとウロヴォロスから滴り落ちる凍てついた雫は、あらゆる物を凍らせ、崩壊させた。
 人々は逃げ惑い、頑丈な建物へと必死に駆け込んだ。
 それはギャオスの悪夢の再来だった。
 神々の最終戦争は終わっていない。
 脆弱な人類にとって、阿鼻叫喚の地獄が再び始まるのだ……………
 ショッピングモール、学校、病院などに人々は駆け込んだ。民家の屋根はバキバキと凍り付き、忽ち崩壊した。液体ヘリウムの雨を浴びた人々は、凍傷を負い、その部分が砕け、壊死して、激痛と恐怖に泣き叫んだ。
 小学校の体育館へ避難した数百名の人々も、大勢が負傷し、無惨な傷をさらして苦痛に呻いていた。
 人々が駆け込んだ体育館は混乱の坩堝るつぼと化して、助けを求める声、はぐれた家族を探す声、絶望の嗚咽に満ちていた。この建物もいつまでもつか分からない。窓ガラスは片っ端からヒビが入り、隙間から冷気が吹き付けた。どんどん気温が下がっていく。
 時間の問題だ────────
 全滅する─────────
 絶望が人々を支配した。
 その時、

 「ガああああっ!!」

 小さな獣が咆哮を上げた。

 ゆきちゃん?

 ゆきちゃんだ。

 ゆきちゃん怒ってる?

 それは偶々たまたまの偶然なのか。

 必然という運命なのか。

 体育館に避難した中に、動物園の飼育員たちとホワイトライガーの子どもがいた。

 そして此処に、

 「おおっ?ゆきちゃんが怒ってるとです!珍しかぁ!」
 「どうしたのかしら?」
 大迫、長峰、そして。
 「……あの子がゆきちゃん」
 草薙浅黄がいた。

 「あの子は虎なんかじゃない」

 「え?」

 「ガァウウっ!!」
 「ゆきっ?!」
 飼育員の腕を飛び出したホワイトライガーは、
 数歩駆けると、信じられない跳躍で天井の照明へと飛び付き、噛みついた。

 バチイッとスパークが走る。

 「ゆきちゃん!!」

 みんなのアイドルだった幼い虎の突然の行動に、居合わせた人々は絶句した。

 バチッバチバチッ、と子トラの体が放電する。

 体育館の照明が落ちた。

 「ォォォォオン!!」

 暗闇に虎の咆哮が響く。

 「ゆ、ゆき……」

 着地、轟音。

 体育館の床がめり込む。

 「ォォォォオン!!」

 薄暗い中にも鮮やかに浮き上がる白い巨体。

 「あの子も古代の神々……」

 草薙浅黄が呟いた。

 彼を愛する人々の前には、10mにまで巨大化した白虎が雄々しく立っていた。

 「ゆ、ゆき、あなた……」

 「ぷー!」

 飼育員たちを一瞥し、ドアを破って、極寒の吹雪へと、白い虎キオンは飛び出した。



 邪神イリスが産卵、増殖した。
 不安は的中した。
 アトランティスは今や、死の都だった。
 全人口の2/3を失った。
 飛び交うギャオス、幼体のイリスは、餌となる人間を求め、浮遊都市の隔壁を破り、人々を捕食している。
 防戦していたムー、メガラニアは撤退を決めたようだ。レムリアは滅んでしまった。
 大陸と呼ばれた岩盤を切り離し、方舟だけで大気圏を離脱、テラと呼ばれる太陽系外縁天体へと避難していった。ムーは置き土産に、テュポンという氷河期を加速させ、全てを凍り付かせる戦略兵器を解き放っていった。
 逆にガメラの量産は失敗した。巫女が足りない事と、完全なる自我を持った存在として御魂マナを宿らせるのは、困難を極めた。
 滅亡はすぐそこまで来ていた。
 「トート……」
 ゾーイは祈っていた。
 たった一人、
 ギャオスの大群と何体もの邪神に挑む最後の希望、かけがえのない人類の友へと、、、、、

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 プラズマ火球が機関砲のように連射され、飛び交うギャオスたちを爆砕していく。
 イリスが放ったテンタクランサーをひっ掴み、巨人ガメラは触手に噛み付いて食い千切った。
 下肢のジェット噴射で急加速しつつ、肘の骨が鎌のようにせり出した邪斬刃エルボーサイスで逆袈裟にイリスを斬りつける──────

 『□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□』

 鮮血が吹き出し、イリスは仰向けに倒れ………

 『ギャァァァオォォォォ!!』

 殺到するギャオスたちへプラズマ火球を放ち、接近を許した個体を殴り倒し、斬り裂く。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 倒れたイリスの頭部を踏み潰すと、新たなイリスの超音波メスをかわして上昇する。

 「殺せっ!全部殺せっ!」

 取り憑かれたように叫ぶ邪神の巫女メリア。

 『…………………………………』

 彼女の胸に、

 「え?」

 邪神の触手が突き刺さった。

 「どうして………」

 『□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□』

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 邪神は全てを滅ぼそうとしていた。




 『ガアアアアっっ!!』
 白虎が咆哮すると、残されていた瓦礫が磁力で彼の体に纒いつき、甲冑と化していく。
 白に灰色の虎縞の毛並みは分厚く、即席の鎧と相俟って液体ヘリウムを意にも介さない。
 『ォォォォオン!!』
 めきめきと彼の肩から翼が生えていく。
 
 ジジジジジジジジジジジジジジ

 耳を覆いたくなるような音が響き、

 翼の間に何かが形成されていく。

 「ォォォォォォォォォォォォン!!

 空中放電がほとばしる。

 電磁加速砲レールガン“ドゥルガーの戟”

 バチバチと青白い火花が飛び散り、翼と翼の間に黒いものが回転している。

 瓦礫や地面から分解・吸収した砂鉄が白熱化して、、、、、

 「ォォォォォォォォォォォォン!!」

 目映い閃光が全てを白にした。

 天へと咆哮した白虎の翼から放たれた超高速の砲弾は、時速2万2千km/hで飛翔し、一瞬でウロヴォロスの胴体を貫通した。
 ぶわっ、と弾道に青空が広がる。
 円運動の最中に胴体が切断されたウロヴォロスは、遠心力により千切れ飛び、分解されていく……………
 龍神は消え去り、雲が晴れる………………
 世界樹が遠目にも、ぐぐうん、と傾き、崩壊が始まった。

 “やっつけた”

 「ゆきーっ」
 避難していた人々がそこら中から飛び出し、白虎ゆきの大きな体に触れた。
 「か、怪獣だったの、あなた?」
 「お前……」
 白い毛並みを撫でられ、しかし、白虎は、
 「ぷーっ!!」
 人々を振り払い、【それ】の眼前に踊り出た。

 大樹の先端がこちらに向かっている。

 白虎目掛けて迫っている。

 無数の頭部を持つその姿は、

 ヒュドラ、或いはオロチ。

 ムーが生んだ戦略兵器の本体、テュポンであった。



 「透っ!何してんだ!」
 相沢孝介は頑なに避難しようとしない息子を力ずくで引っ張ろうとしていた。
 「トトがいなくなっちゃったんだ!」
 「トト?」
 「多分、ガメラの子ども」
 「なんだって…………」
 透はガメラの亡骸から赤く光る卵を見つけた事、それが孵化してトトと名付け育てていた事、トトは炎を吸収して成長する事を父へ掻い摘まんで説明した。父は驚き、同時にガメラの再生を納得もした。かつてガメラに助けられた孝介は彼への理解ある大人でもあった。
 「あの台風が消えて、今度は別の怪獣が暴れてるらしい。ガメラはきっと、、、、」
 「トトはまだ子どもなんだよ!」
 「……きっとガメラはそういう生き物なんだと思う。子どもでも戦わなきゃいけない時もあって、今がその時なんだ」
 「トトがやられちゃう!」
 「………………」
 孝介とてガメラを助けてやりたい。
 何か手はないのか、、、、、、



 「ギャンっ」
 白虎キオンがテュポンの縦横無尽に伸びる無数の頭部の一つに打ち据えられ、ゴロゴロと地面を転がった。
 青龍を倒すもの白虎。
 戦禍に滅びゆくレムリアが生んだ生物兵器、キオン。雪を意味するその名は、仔犬座のプロキオンでもある。
 「ガァァァァ!!」
 バリバリと放電するキオンの周辺に瓦礫が円形に集まる。
 それらが高速回転していき─────────

 ひゅばっ

 『うぉぉおおん』

 回転ノコギリ、或いはフリスビーのように放たれ、テュポンの頭部の数本を切断した。
 円盤は弧を描いてキオンへと帰還する。
 電磁加速刃“チャクラム”である。
 電力と磁気を操り、周囲の岩石、鉱物を弾丸や刃に変えるキオンは、本来、超長距離移動砲台として創られた。普段、海底の熱水口で静かに眠っているテュポンが目覚め、増殖・合体した際にいち早く攻撃できるように設計されている……ハズなのだが、彼は未完成だった。哺乳類の遺伝子へと組み込まれた白虎へのリインカネーションは上手く作動せず、成長も未熟で、不完全だった。
 「ォォォォオン!!」
 跳躍し、キオンは数kmものテュポンの巨体とその無数の頭部からの攻撃を躱すが、あまりの体格差に防戦一方だった。チャクラムで切り裂いても、数秒で再生してしまう。巨大なナメクジから竹ボウキの先端が生えたようなテュポンは、落とされた首も次から次へと再生し、じりじりとキオンを追い詰めた。
 それぞれの口から放たれる冷凍ガスは大したダメージではないが、捌ききれない打撃でじわじわとキオンの体力は削られていった。
 「グルルルル!!」
 おとなしいゆき、
 愛らしいゆき、
 そしてこの獰猛なキオンの姿もゆきだった。
 彼の心にあるのはただ一つ。
 “仲間を傷付けるものは許さない”
 滅亡したレムリアの哀しみが何処か、遠い微かな記憶に遺っている。
 最後の一匹、ひとりぼっちであるが故に。
 白虎は何度叩きのめされても、青龍に立ち向かっていく。
 護るべき人々のために。



 「お願いします!」
 孝介は、自衛官たちに深々と頭を下げていた。
 凍てつくヘリウムの雨が止み、キオンがテュポンと交戦している内に、自衛隊は人々の避難をはかった。
 「ガメラは生きてるらしいんです!だから助けてやって下さい!」
 避難誘導していた自衛官たちはその懇願に困惑した。ガメラが生きている?何を言っているのか?ガメラなら骨になってお墓に…………
 「ガメラには子どもがいたんです!生まれ変わりかもしれない!でもまだ小さいから、あんな化け物には敵わない!だから助けて下さい!」
 「……………」
 自衛官たちの心が揺らいだ。
 自衛隊の誰もがガメラに敬意と感謝を抱いている。それが生まれ変わったという。助けられるものなら助けてやりたいが、ギャオスにより今や、ろくな戦力はない。あったとして、テュポンに通用するのか。
 「お願いします!」
 父の姿を見て透も頭を下げた。
 「トトはまだ小さいんです!助けて下さい!」
 「トト?」
 「こいつがガメラの子どもにつけた名前です」
 と息子の背中を叩く。
 「95年に初めてギャオスが現れた時、私はガメラに助けられました。いや、みんなそうじゃないですか」
 「そうだが……」
 「きっとガメラは、幼くても使命を全うしようとする」
 孝介は自衛官の肩を掴んでそう訴えた。
 「ガメラは炎を吸収してエネルギーにするそうです。だから…………」
 「…………」
 暫し黙考していた自衛官たちは頷いた。



 「ガウっ!!」
 とうとうキオンの鎧が砕けて四散した。
 白い毛並みは汚れ、血に染まっている。
 この辺りの電力は吸収し尽くしてしまった。
 ドゥルガーの戟レールガンを放つにはエネルギーが足りない。
 勝ち目は限りなく低い。
 キオンは悔しかった。
 動物園の職員かぞく被災者ともだちを護れない己の非力を嘆いた。
 母を失ったように。
 自分も、彼らも、やられてしまうのか。


 ぼぉぉぉおおん、と遠くで爆発が起きた。


 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』


 “ガメラ”

 目撃した全ての人がそう呟いた。

 それは玄武ガメラと呼ぶにはまだあまりにも小さな巨人だった。

 それでも、どっしりと大地を踏みしめるその雄々しい姿は、生命の守護神そのものであった。

 「ガメラっ」
 草薙浅黄が叫ぶ。

 「トトっ」
 相沢透が叫ぶ。

 玄武ガメラ青龍テュポンの前に踊り出る。白虎キオンを背中に庇うように。

 生命を踏みにじる者へと立ちはだかる。



 「ガメラ発見っ!!」
 残存する数少ないヘリの中、パイロットがそう叫ぶ。
 「ガソリンスタンドを爆破して熱エネルギーを吸収したようです!」
 「それでもまだ小さい……」
 眼下に見えるガメラはせいぜい、10数mといったところか。かつて80mもの体格を誇った頃からすれば、本当に、子どものような体だった。対してテュポンはあまりにも大きい。
 「これでは勝負にならん……」
 白い怪獣も、テュポンにす術がないと見える。戦友たちの劣勢と予想される負け戦に自衛官たちは歯噛みした。
 「ちくしょうめ」
 上空をホバリングしつつ状況を分析する。
 彼らは独断行動に他ならない。
 それでも勝ち目のない戦いにのぞむガメラの為に何かしたかったし、行動すべき時と判断した。生きていたら罰でもなんでも受けよう。
 炎を吸収するとの父子おやこの報告から、このヘリにはありったけの燃料を積んできている。ヘリコプターそのものが、とんでもなく大飯食らいな乗り物でもある。これを爆破すれば、その炎はかなりのものになる。幾らかはガメラの足しになるだろう。
 「よし……」
 隊員たちは一か八か、作戦を決めた。
 「ガメラの目前で機体を捨て脱出する!」



 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 立ち上がり、二足歩行となったガメラは咆哮を上げると、テュポンへプラズマ火球を放った。
 テュポンはそれを首の一本で受け止める。
 己の頭の一つを犠牲にして胴体への直撃を防ぐ、狂気の防御だった。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 効果が薄いと見るや、ガメラはジェット噴射で飛翔し、空中から接近して胴体への攻撃を試みる。

 『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ』

 テュポンの無数の首がうねうねと蠢き、ガメラへと食いつこうとしてくる。それをギリギリで躱していくが、冷凍ガスまで浴びせられ、凍り付いて失速したガメラは、ついに首の一つに叩き落とされてしまう。

 バオオオオッ

 地面に突っ込む寸前でジェット噴射し、体勢を立て直すが、間髪入れずに別の首が食らいつこうとしてくる。それを殴りつけ、錐揉み回転して本体へとプラズマ火球を放つが、またもや首の一つが受け止めた。爆散する首の噴煙に紛れて四肢を引っ込め回転ジェットに切り替える。アクロバティックに高速回転し首を掻い潜ろうとするが、無数の首に阻まれ、後退を余儀なくされる。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 空中でジェットを止め、急降下しつつプラズマ火球を連射する。それも全て首に防がれ、焼け落ちた端から首たちは再生していく。
 難攻不落──────
 若いガメラの火力が乏しい事もあり、一切の接近を許さない。

 「ォォォォォォォォォォォォォォォォン!!」

 キオンが咆哮した。
 小型のチャクラムを同時に四つ放つ。
 それらが目まぐるしく飛び回り、首を斬り裂く。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 チャンスをガメラは逃さない。
 肉体は生まれ変わったが、これまでの記憶や戦闘経験はテレパシーでメモリされている。百戦錬磨のガメラは隙の出来たテュポンの首の空白地帯へ突撃する。

 が、

 『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!』

 ぐりん、とテュポンの体が翻った。
 頭が背を向け、長い尾っぽがガメラへと──────

 ガゴォン!!

 物凄い音がした。
 地震のように大地が震えた。

 ガメラは叩き落とされ、建物を薙ぎ倒し、ぶっ飛んだ。瓦礫にうずもれ、吐血する。

 たった一発で勝負が決まりかねない。圧倒的な体格差とパワーだった。

 ダウンしたガメラへとテュポンの首が一斉に向けられる。

 全てのあぎとが発光する。

 冷凍レーザー砲“ゴルゴンの瞳”が放たれる───────

 「ぁおォォォォォォぉオン!!!!!」

 キオンは咄嗟に瓦礫の盾を形成し、ガメラの前に飛び出していた。

 「ォォォォォォォォォォォォぉぉぉ…………」

 凄まじい冷気と痛み。
 細胞が死んでいくのが分かる。
 それでもキオンはガメラを助けなければならないと思った。
 彼はともだちなのだと感じていた。
 キオンには理由は分からないが、そうせねばならないと、ただそれだけだった。


 “トトっっっ!!”

 刹那、
 ガメラの側にヘリが墜落した。
 パラシュート展開出来るような高度ではないが、それでも脱出した隊員たちが、地面に転がる。あちこち負傷しながらも立ち上がり、必死に退避を試みる。
 炎が立ち上る。

 “トトっっ!!今だっ!!”

 テレパシーで透の言葉を受け取り、ガメラは、トトは、

  『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 雄叫びを上げて深々と息を吸い込んだ。

 ヘリの爆炎が、全身に吸収される。

 “トトっっ!!”

 目撃した全ての人々が祈った。
 祈らずにはいられなかった。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 ガメラはそのエネルギーを成長ではなく、別の手段へと使った。

 ヴオン

 ガメラはプラズマの炎を放った。
 ハイ・プラズマ火球ではない。
 エネルギーが足りないと悟ったガメラは【面】の攻撃を【点】に変えた。
 超高圧に圧縮された高温のプラズマガスは数万℃に達して超高温のレーザーを発生させた。

 それは一瞬だった。

 テュポンの冷凍レーザーと交差するようにプラズマジェットレーザーが一線した。

 プラズマの刃。

 全てを斬り裂き貫く剣。
 それは神代の時代、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎと呼ばれた神の剣なのかもしれない。高天原たかまがはらより降臨した建御雷神たけみかづちのふるう宝剣は、龍神の胴体を貫き、連鎖的に爆散、炎上させていった。
 水蒸気爆発と熱疲労に全身が破壊されていく……………
 数分でテュポンの全身は燃え上がり、ぐずぐずと首が次々に落ちていった。
 「うぅうう」
 ぐったりと地べたに倒れたキオンが、じっとガメラを見上げる。
 
 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 古の約束を果たし、守護神は咆哮した。



 「トート、よく聞いてね」
 浮遊都市アトランティスは着水し、沈没しつつあった。そこら中に、死骸が散乱し、炎上している。
 倒れ伏したガメラに巫女は語り掛けてた。
 ギャオスの大群とイリスたちを叩きのめし、自らも深手を負ったガメラの甲羅にゾーイは触れる。
 「アトランティスは海に沈み、バラバラになるわ」
 「…………」
 じろりとガメラの瞳がゾーイに向けられる。その目には“ごめんなさい”という色が宿っていた。
 「あなたはよく戦ってくれたわ。でも全部手遅れだったのよ」
 テュポンは地球の気温を極限に低下させ、自らも凍てついて自重により崩壊し、幾つかの大陸を壊滅させた。
 地表に住む脊椎動物の大半が近い内に滅びるだろう。この星の生命の進化と繁栄を『なかったこと』にしようとする行いだった。それが今、回避不可能な規模と速度で行われている。
 「私には分かるの。いつの日か、この星の生命は蘇る。再び繁栄する。だからその時、もしもあいつらの生き残りがいたら、やっつけて。この星の生命を、環境を護って」
 「くー……」
 大きく瞬きをして、ガメラは巨大な指先で巫女の体に触れた。
 ギャオスは、まだ何処かにいるかもしれない。
 イリスだって。
 このテュポンがもたらした寒さにより休眠しているとは思うが、いつか、生命が活性化した時、あいつらも蘇るかもしれない。
 「私たちも頑張るから。この星の地に足を着けて、この星の生き物となって、再生させる為の知恵を絞るわ」
 「くー」
 「ありがとう、トート。愚かな人類の友だちになってくれて、ありがとう」
 悲しげに巨人は小さな友だちを見つめた。
 涙を流す小さな友だちを愛しく思った。
 別れを惜しみ、約束を護る事を心に誓った。


 ふわぁん
 ふわぁん
 ふわぁん
 ふわぁん

 驚くほど優しい飛行でガメラが舞う。

 「ゆきっ」
 ボロボロのキオンことゆきは、飼育員や人々に抱き付かれ、誇らしげにぺろりと舌で口をなめた。
 ガメラが舞っている。

 回転ジェットに切り替わると、ガメラは少年の上空を旋回した。

 「トトー!元気でなー!」

 ガメラは一頻ひとしきり旋回すると、太平洋へと飛び去った。



 ゾーイは巫女として最後の役割を終えた。
 傷付いたガメラを封印し、眠りにつかせた。
 後世のひとがいるとするなら、
 これを発見する事となるだろう。
 危機が迫る時、
 必ず彼は蘇る。
 ゾーイは碑石にまだ見ぬ人々へのメッセージを刻む。
 
 最後の希望 ガメラ
 時の揺りかごに託す
 災いの影 ギャオスと共に目覚めん


 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』


 プロメテウスの火は人類に届けられた。
 その火を護っていかねばならない。
 その火を届けてくれた巨人を、忘れてはならない。
 我々の友を。


(完)



ガメラを生んでくれた監督さん脚本さんスタッフの皆さんへ感謝をこめて。
ガメラを愛する全てのひとに愛をこめて。


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