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小説『ガメラⅣ 黒』

 炎、
 爆音、
 閃光。
 それは殺戮だった。
 神々が巨人たちをほふっていく。
 大きく、恐ろしげな巨人たちは、しかし、穏やかで、戦う術とてろくに無く、神々の苛烈な暴力に、ある者は殺され、ある者は降伏し服従を選んだ。
 神とは気紛れな力そのものだった。
 矮小なる小人たちにも神々の咎は及んだ。


 “護らねば”

 “護らねば”

 
 脆弱なる同胞はらからどもを。
 我が分身、愚かで愛しい眷属たちを。
 始祖たる巨人は、
 炎を掴む。
 小人たちの暗黒を砕き、照らし出す為に────────


 「ガメラっ」
 猛烈な血の臭い、炎の焦がした肉の臭いが吹き付けてくる。
 邪神イリスに貫かれた胴体、そして自ら爆砕した右腕の傷口から緑色の鮮血がじくじくと滴り、ガメラが歩く度に飛沫しぶきとなって、崩落寸前の京都駅を染め上げた。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 耳をつんざく咆哮。
 駅の歪んだ鉄骨がビリビリと震え、外壁や天井が破片となってばらばらと落下する。何時いつ全壊するとも知れず、危険極まりない。早く退避した方がいい。だが、
 ガメラの咆哮それ自体には、危険や恐怖など微塵も感じなかった。
 目の前で、80mもの巨大生物が雄叫びを上げているというのに、誰もそれを恐ろしいとは感じなかった。
 かつてガメラと交信した女性、草薙浅黄くさなぎあさぎは別としても、長峰真弓や比良坂綾奈、そのボーイフレンドの守部龍成ですら、ガメラの威容に何ら、恐れを感じない。
 “護られている”と、本能的に感じていた。
 渋谷でギャオス・ハイパーとガメラが交戦した事による被害で、世論はガメラを危険視する意見に傾いた。確かにあの戦闘で何万もの人命が犠牲となった。負傷者はその数倍に及び、建物やインフラ等の被害も甚大であった。怪我はなくとも、家や財産を失くした人、仕事を失くした人は数え切れないだろう。途方もない怒りや悲しみがガメラに向けられるのも無理はない。
 だが、あのままギャオスを放置するなどあり得ない。
 人類どころかあらゆる生き物の天敵、ギャオス。
 あれの存在を赦してはならない。
 犠牲者を顧みてはならない。
 倉田真也が草薙浅黄に「ガメラが人を踏み潰す理由は?」と質問とも嫌味ともとれる発言をしている。彼は自分自身に訊ねねばならない。「どうして人は昆虫を踏み潰すのか?」と。彼に答えられるのだろうか。
 ギャオスは無害な虫などとは比較にならない。
 ガメラは犠牲者に“構っていられない”のだ。
 それでも彼は護れる限りは護ろうとしている。
 一番、犠牲となった人々を悼み、嘆き、憤っている一人が、ガメラなのかもしれない。
 それでも、
 それでも、
 天敵ギャオスは倒さねばならなかったし、今、また、倒さねばならない。どんな犠牲をはらってでも。
 鼓膜が破けそうなその叫び声は、嘆きと憤り、哀しみすら感じられた。
 あの咆哮には、鎮魂の響きも在る。
 無念、と。 
 「……ガメラは何かあなたに?」
 「いえ……でも分かっています。ガメラは戦うつもりです。最期まで。一人になっても」
 「ガメラは一人じゃないわ」
 ガメラの悲壮な決意を述べる浅黄に、長峰は応える。
 「………ガメラ………」
 呆然と綾奈は呟いた。
 ガメラのマナが流れ込んだ事で、心停止した彼女は蘇生している。それにより何かしらの繋がりが生まれたのかもしれない。彼女は現代最期のアトランティスの巫女、その一人だった。
 「世界中の……ギャオスと……」
 それは果たして、何千?何万?の敵を相手にするというのか。単位生殖するギャオスの繁殖スピードは爆発的だ。仮に一体から四体が生まれるとすれば、四体から十六体、そこから六十四体、二百五十六体…………まさに鼠算。しかも進化している。95年に出現したものより、更に危険極まりない。プラズマ火球への耐性すら獲得していた。一体でも厄介であるというのに、その上、天文学的な大群………満身創痍のガメラには、あまりにも分が悪い。
 仮に、大半をガメラがたおせたとしも、一頭でも逃げられて産卵されたら元の木阿弥だ。
 ガメラやイリスを神とするなら、ギャオスは魔物だった。
 人間を喰らい、動物を喰らい、仲間すら喰らう。
 共喰いをし尽くしたその果ては、、、、滅亡。
 そうして地球を、原始の姿へと回帰させていくのだろう。
 奴らは生命を滅ぼす為の生命に相違ない。
 どんな犠牲を払ってでも、
 ギャオスを根絶やしにせねば、未来などない。
 だから戦うのだ。
 何万年もの昔、交わした約束を守る為に。
 生命の星を守る為に、
 ガメラは戦う。
 例え、その身が滅びようとも。
 
 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 再びの咆哮。
 同時にガメラの後肢から青白いジェット噴射が放たれる。
 離陸する…………

 ブアアアアアア!!という、熱風が吹き付ける。
 「危ないっ!」
 「避難しないと!」
 脚を負傷した長峰の体を綾奈と龍成が支える。
 「浅黄ちゃん!」
 長峰に呼ばれ、ガメラの巨大な血塗れの背中を振り仰ぎつつ、浅黄もその場を離れた。
 「ガメラは、人間を………」

 ぶおおおおおん、という爆音と咆哮が合わさり、離陸したガメラは、頭部と四肢を甲羅に引っ込め、高速回転し始める。回転ジェットだ。

 爆風に招かれるように雨が強さを増していく。
 大型の台風8号が京都府へ接近していた。
 大気を震わすガメラのジェット噴射に、掻き回されるように雨脚は強まり、暴風となって紅蓮の炎に染まった千年の都を鎮めていく。
 ガメラは焔の化身と言っていい。火炎や熱を吸収する。イリスに弾かれて流れ弾となったプラズマ火球の被害により、火炎地獄と化した京都の街であったが、その熱エネルギーをガメラは吸収・鎮火していった。
 京都の人々を助けてくれたのか、
 ギャオスの大群と戦う為に少しでも沢山のエネルギーを補給したかったのか、
 それは分からない。
 誰にも、或いはガメラ自身にも、分からないかもしれない。
 だが、邪神との死闘で京都を地獄に変えたのもガメラならば、人々を助けたのもガメラだった。
 もし、ガメラが敗れていたのならば……邪神は、人間を食らう。4本のテンタクランサーはそれぞれ別個に人々から体液を吸い取り、超音波メスやオーバーブースト・プラズマを放って、日本を蹂躙するだろう。フィールドでプラズマ火球を弾き縦横無尽に飛行するその戦闘力に、人間の戦術兵器が通用するとは思えない。
 あれはなんとしてもたおさねばならなかったのだ。
 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』
  一頻ひとしきり京都上空を旋回すると、回転速度を上げたガメラは、光の円盤と化して夜の闇へと遠ざかっていった。
 血戦が始まる…………………………………



 「あああああっ!?」
 ゾーイは飛び起きた。
 心臓が爆発しそうに拍動している。
 辺りを見回すと、見飽きた自室だった。
 夢か…………
 何か、途轍もなく悪い夢を見た。
 末期の世界というか、絶望に満ちた世界の夢だった。
 イヤな汗が止まらない。
 「はぁ……はぁ……」
 寝台から脚を下ろし、くしゃくしゃで汗にまみれた長い髪を掻き上げた。
 「イヤな夢…………何か凶兆かなぁ?」
 巫女であるゾーイは勘繰ってしまう。何かしら、災いの報せのように思えてならない。
 それもこれも、昨今の世界情勢の所為に他ならない。
 先の戦争が一段落したのも束の間、今度は内輪揉めが始まったのだ。人の業は、尽きる事がない。
 「あ、やばーい❗」
 今日は、見習い巫女メディウムだったゾーイの、一人立ちの日だった。慌てて浴室に飛び込み、身支度を整える。
 神官服に袖を通すと、ゾーイは宿舎の自室を飛び出した。
 “いい日になるといいな”
 16歳の誕生日でもある。
 今日は日差しも暖かい。
 数百年続いた冬の時代は終わりつつあり、これから人々は本格的にこの地球へと入植・拡大していくのだ。
 その矢先、バイラス星人との戦争が起こった。自分たちを唯一無二の知的生命と称し、他の文明を滅ぼさんとする選民思想に染まった過激な異星人である。窒素で呼吸する彼らは、地球へと目をつけたが、地球の生命体を下等と断じて、侵略戦争を仕掛けてきたのだ。
 それを撃退した矢先、地球人類どうしの諍いが起こったのである。
 フローティングディスプレイから流れる映像は、不穏な世の中の雰囲気と、頭の痛い陰鬱なニュースばかりだった。ムーとレムリアの戦争は泥沼化し、両国民に多大な被害をもたらしていた。画面から流れるのは、その陰惨な報道ばかりで、中でも、バイラス人との戦いで猛威を振るったムーの巨大生物兵器ジャイガーが同じ人類であるレムリアの人々を蹂躙する光景は、目に余るものがあった。
 高度な生物工学により人造されたその巨大な神々は、今や、最大の軍事力となっている。桁違いの火力に自律行動、そして再生能力。歩く要塞と言っていい。
 生きた超兵器。
 それは此処、浮遊大陸アトランティスにも存在する。
 ただ、純粋に戦闘用としては創造・開発されたものはいなかった。別の目的の為に創られた神々しかなく、バイラス戦争ではそれらを兵器として転用する事となったのだが、今、迫り来るムーの脅威の前に、アトランティス首脳陣、そして軍は、純然たる生物兵器を生み出す事を決定したのだった。
 それは近日中に生誕するという。
 どんなものなのかは、ゾーイにはよく分からない。
 それらの神々は、程度の違いはあれ、自我を持ち、思考し、自律行動・戦闘するが、大まかな指示や情報を伝達する操者が必要となる。それら操者はテレパシーによって神々と結ばれるのだが、誰でもよいと言う訳ではない。若年でなければ、神々との意図的な交信は難しく、尚且つ、女性の方が感度が高いとされる。これは、脳の構造、男女差による。テレパシーを持つ人は珍しくもないが、そのチャンネルの回線が他の生物へと開いているのは女性に多く、そして成人するにつれ弱まる傾向にあるからである。
 故に、伝統的な神事に携わってきたテレパシーを持つ巫女たちこそ最適とされ、神々の操者、パートナーとなるのが常だった。
 ゾーイもその一人だった。
 と言っても、今はまだ見習いに過ぎない。神殿の清掃やら、お使いやら、小間使いのような事ばかりしている毎日だった。それもひょっとしたら、今日までかもしれないが……
 「あー、今日は大変かなぁ」
 ぼやきながら、ゾーイは神殿ナオスへと小走りに急いだ。
 誕生日だと言うのに、厄介な事になりそうだ。 
 一人立ち、すなわち、雑用などではなく、本日から神事に携わるのだ。見様見真似の下っ端にすぎないが、巫女は巫女だ。間違いなく巫女という肩書きを名乗って良い筈だ。
 そう思うと心踊る。
 大変そうなのは違いないが。
 医学生が医者と名乗れるようになる様に似る。まだまだ研修医だとしても、医者には違いないのだから。
 神殿へと駆ける。
 大した距離もないが、早く行くに越したことはない。
 太陽光は煌めき、ペリュトンが呑気に道端の草をんでいる。アトランティス、レムリア、ムー、メガラニアという浮遊都市は、宇宙移民船をコアに、高さ数百メートル、周囲数キロメートルの岩盤を纏って、その甲板上に築かれた都市から成り立つ。それら空飛ぶ都市は膨大な数の岩盤を組み込み、拡大・増改築を繰り返して巨大化し、それぞれが小大陸と呼ぶべき巨体となっていた。冬の時代の地球の地表は、雪と氷に覆われ、利用できる場所が限られていたからでもある。地球のマナが限りなく弱まっていた事もあって、人類は地表への入植を諦めた。おおよそ、赤道に近い範囲での東西南北をそれぞれが地上数百メートルの高度で周遊し、そうして4つの浮遊大陸は数百年を過ごしてきたのである。

 「ぺー」
 「おはよー」
 顔を上げてこちらを見やる愛嬌のあるペリュトンに、ゾーイは手を振った。
 ペリュトンは偶蹄目の動物に遺伝子操作で翼を生やしたものであり、浮遊大陸のあちこちを彷徨うろついている。家畜という訳ではなく、自生する植物を食べる事で草刈りの役割を果たしていた。高低差の激しく、滑落・転落の危険がある為に翼を持たせたが、ペリュトンが大陸から離れて行く事はない。エアカーテンと下部のイオンフィールドでしか外部と隔てるものはないが、極寒の外部へと羽ばたいたところで、何のメリットもないからだろう。
 この寒さで数多の生き物が滅んだに違いない。
 だがそれもこれまでだ。
 暖かな恵みの時代─────
 しかし、それは争いの時代の始まりでもあった。
 「おはようございますっ」
 「あら、おはよう」
 神殿に入ると、先輩の巫女が手を上げた。
 何だか人が多い。
 いつもと違う雰囲気を不思議に思い、ゾーイの歩みが止まる。見慣れない人、普段はいない高位の神官、巫女たち。一体、何をしているのか?

 “おおおおおおおおおっ”

 神殿の奥でどよめきが起きた。
 何事か騒いでいるが、人混みで見えない。
 「何ですか?どうしたんです?」
 先輩の巫女の中でも親しいアーナを見つけ、ゾーイは訊ねた。
 「テオスが生まれたのよ」
 「えっ」
 開発中の自律生物兵器が近い内に誕生するとは聞いていたが。今日、生まれたのか。それでは、この騒ぎも納得がいく。
 「へえ❗すごいですね❗」
 ゾーイは背伸びをして人垣の隙間から一目見ようと頑張ったが、何も分からなかった。
 「という訳で、あなたも今日は特にする事ないと思うわ」
 とアーナ。
 莫大な労力とコスト、資源を使って生み出された神に、ついに御魂マナが宿ったのだ。一介の巫女が正式な任官となろうが、そんな事はどうでもいいだろう。
 「あー、そうですよねー……」
 嬉しいような、悲しいような。
 「メリアが神を抱いているわ」
 少し誇らしげにアーナが言った。彼女の親類だというエリートの巫女は、神の揺りかごの役を仰せつかったらしい。
 「すごいですねー」
 とてもそんな大役はゾーイには出来そうもないが、それでも自分もそんな風に抜擢されたい、とも思う。
 「…………」
 大騒ぎの中、帰るに帰れず、二人は神殿の入り口付近でぼんやりと群衆の一人となって、眺めていた。
 どれ程経ったのか────────

 “っあっっっっ”

 「!?」
 短い悲鳴。
 一瞬の静寂と、どよめき、そして叫び声、怒号。
 人々は、駆け出し、人混みは崩れ、雪崩となって、渦を巻いた。
 何が起きているのか?
 「なんですかっ?ちょっと、ねえ、何があったんですか?」
 飛び出してくる人々に訊ねるも誰も答えてくれない。
 「メリア……!」
 尋常ではない状況に、顔色の変わったアーナが人々を掻き分けて逆走する。ゾーイも後に続いた。
 押し流されそうになりながら、必死に神殿の奥へと飛び込んでいく。
 目映まばゆく煌めくその祭壇では、腰を抜かした神官や、怯えた巫女が震えてうずくまっていた。
 「な…………」

 それは貝なのか。
 蝸牛なのか。
 神は橙とも緋ともつかない色の触手を伸ばし、
 巫女を絡めとり、
 突き刺していた

 “ああ”

 「情交スィヌスィア……?」

 アーナの震える声。

 これが神なのか?

 ゾーイは忘れない。
 魔物を目にしたその日を忘れない。
 「赤い蛭子プデラ・イェリスロ…………」
 あれは神なんかじゃない。
 手も足もない、触手の化け物。
 つぶらな瞳は、無垢な残虐さに光っていた。



 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』
 夜空を切り裂くような、咆哮。
 回転ジェットのままギャオス・ハイパーの大群へと突っ込んだガメラは、四肢の部分から噴射したバーナーと、逆立てた甲羅を回転ノコギリのように用いるシェル・カッターで数十頭のギャオスを血祭りに上げた。
 それでも天文学的な数のギャオスの大群の、ほんの一部でしかない。
 京都を飛び立ったガメラは日本海上空で中国、及びロシア方面からのギャオスの大群と交戦していた。
 空を埋め尽くすギャオス・ハイパーの大群は、最早、大軍と言っていい。
 一体一体は、ガメラの敵ではないかもしれないが、数の圧は凄まじい。
 そして、ガメラに自己進化能力があるように、同じアトランティスの生物兵器であるギャオスにもその能力は備わり、プラズマ火球への耐性を獲得している。ガメラの主兵装である口腔から放たれるプラズマ火球が効果的に機能しないのだった。
 かつてのギャオスを即死・爆散させたプラズマ火球一発では倒せない…………
 より強力なハイ・プラズマ火球は連射できない。発射にはチャージが必要となる。よって、最も効果的な体格差やパワーを活かしての肉弾戦に持ち込みたいが、それには乱射される超音波メスの弾幕を掻い潜らねばならない。
 如何にガメラが強く、不屈の闘志を持とうとも、苦戦を強いられた。いや……勝ち目など無いと、そう分かっていた。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 驟雨の如く四方八方から乱射される超音波メス。それは時に仲間のギャオスに命中し、同士討ちとなっても一切お構い無しに放たれ続ける。
 ガメラは避けようとしない。土台、躱しきれない。回転ジェットの速度と甲羅の防御力をたのみにギャオスの群れへと突撃していく。
 光のブーメラン、或いは、飛翔する回転ノコギリと化したガメラに数多の同胞を斬殺、轢殺されたギャオスたちだったが、次第にガメラの突撃を回避するようになっていった。
 知恵ある怪物、ギャオス。
 人間を、文明を、滅ぼす為生まれた破滅の使者。
 連中は、その恐るべき飛行能力でガメラの攻撃を掻い潜り、時には仲間すら盾にしては、超音波メスや足指の毒爪の一撃を浴びせていった。
 自衛隊は、アメリカから飛来した太平洋側、及び本州へ上陸したギャオスへの防衛に当たらねばならず、全ての戦力をガメラの支援に回す訳にはいかなかった。
 ギャオスは人を喰らう。
 太平洋側では、なし崩し的に米軍も協力しての激戦となったが、人類の抵抗はかんばしい成果を上げる事は出来なかった。
 近代兵器、それは全て人間を殺す為のものである。
 音速で縦横無尽に飛行し、超音波メスを放ってビルも両断し、人を捕食する化け物に対して、有効に機能する筈がなかった。
 日米の航空戦力の空対空ミサイルは、ギャオスをロックオンして追尾する事が困難で、艦船からの地対空ミサイルも同様だった。運良く着弾しても、周囲の数頭を巻き添えに出来ればマシな方で焼け石に水としか言い様がない。アナログな機関砲や対空砲の方が余程、マシな命中率となったが、7.62㎜程度の弾丸がギャオスに当たっても、1、2発では掠り傷にしかならず、怒り狂った反撃の超音波メスにより射手はもれなく絶命した。
 地上からの戦車等、戦闘車輌や戦闘ヘリコプターは、一切、問題にならず、壊滅状態となった。
 むしろ、遮蔽物等からゲリラ戦的にヒット&アウェイを繰り返す、歩兵の粘り強い抵抗だけが有効に機能し、兵士たちは手持ちの小火器でアトランティスを滅ぼした怪物に立ち向かった。
 人々は逃げ惑い、超音波メスで斬殺され、捕食され、建物の下敷きとなり、火災に巻き込まれ、パニックの中で命を落としていった。
 関東へと上陸したギャオスにより、東京は蹂躙された。
 関東全域での直接の被害だけで四百万人が犠牲となり、怪物の餌食となった。
 首都機能は崩壊し、九州に臨時政府が発足されたが、対応は後手後手となり、二次的な被害と、被災者の救助、救護、支援は捗らず、事実上、日本という国は無くなったも同然の有り様だった。
 充分に成長して営巣したギャオスは一体につき3~5個の玉子を産む。東京はギャオスの巣だらけとなり、産卵の為、しくは雛への餌にする為、人々は襲われ、餌食となった。そうしてギャオスは鼠算そのもののスピードで増殖しては人を喰らい、それにより産卵してはまた増えるという悪夢のサイクルはそこから、日本中に拡散してしまう。
 ギャオスは各地で人々を食い殺した。
 幼い子供を庇った母親を、子供ごと踏み潰して口に入れ、
 電車やバスを美味しいごちそうのつまったお弁当箱のように大事に抱えては晩餐とし、
 学校、病院などの多くの弱者が集まる場所は積極的に餌場とされた。
 弟を庇って毒爪に切り裂かれた兄は、悶え苦しんで絶命し、
 昨日まで幸せだった家族は、一家揃って超音波メスで首をねられた。
 目の前で家族を喰われた者、恋人を失くした者、友だちを見捨てて逃げてしまった者、、、、、、
 日本はギャオスによって地獄と化した。
 それは、僅かに一週間の出来事である。
 ガメラの理解者やギャオスの恐ろしさを知る人々が危惧した最悪の事態が、今。
 あたか神々の最終戦争ラグナロクのように、、、、、、、、




 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 ガメラは戦い続けていた。
 元よりイリスに貫かれた胴体、自らぎ取った右腕は深手以外の何物でもない。
 超音波メスにより全身に切創が刻まれ、毒爪に傷口は膿み、疲労困憊し、吐血しながらガメラは地球生命の敵を殲滅せんと戦い続けた。
 日本海は碧色の血に染まっていく。
 碧に、
 碧に、
 碧に、
 群青の海は黒へと変わった。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 ガメラは回転ジェットを止めた。その回転は、両脚のジェット噴射を反転させ、今度は錐揉み回転へと変わっていく。同時に、停止した両腕の噴射口から腕を突き出した。
 右腕の傷口が灼熱に輝き、、、、、

 ぶしっ

 ヴウウウウウン

 それは橙色に輝く、無数の焔のワイヤーだった。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 錐揉み回転し、その右腕をガメラは放った。

 それは焔の鞭であり、剣であった。

 かつて、怪物、レギオンの放った恐るべき光の鞭レギオンビュートに体を貫かれたガメラは、それを学習し、我が物としていた。ウルティメイト・プラズマはもう使えない……それに代わる武器を、と。神は新たな剣を手にしていた。
 【炎熱斬糸プラズマビュート
 紅蓮の鞭は、時に収束し、時に拡散し、伸縮し、縦横無尽にギャオスの群れを切り裂き、焼き払った。
 『ァギィィィイヤィィィィィ』
 超音波メスと同じか、それ以上の斬れ味でガメラの振り回す炎の刃はギャオスを切り刻んだ。炎の刃の束にバラバラにされる者、首を落とされる者、翼を斬られ墜落する者、斬られた傷口から炎上し火ダルマになる者。
 海上の戦闘である為、市街への被害を気にやむ必要はない。ガメラは持ち得る全ての戦力を行使できる。

 神の底力は怪鳥を凌駕した。

 炎の竜巻のように錐揉み回転しながら大群を焼き斬っていく。
 のみならず、

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 ガメラの左掌が霧のようなものに覆われ、水面のように煌めいた。

 ギィィン

 放たれる超音波メスを、その左掌が弾き返す。

 邪神の盾をコピーしたのである。

 八咫之鏡イオンフィールドは超音波メスを反射し、近距離でその直撃を浴びたギャオスは、バラバラに切り裂かれ、肉片となって海に沈んだ。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 プラズマビュートを振り回し、超音波メスを跳ね返して、ガメラはギャオスをほふっていった。
 形成は逆転していた。
 怪鳥たちは、超音波、或いはテレパシーを用いて戦力の結集を呼び掛けた。
 それにより日本中で人々を蹂躙していたギャオスは、一様に飛翔し、日本海のガメラの元へと急行した。大陸からのものも合わせると、一説にはこの時、三千万頭もの大軍がガメラに殺到したという。
 それでもガメラは負けなかった。

 鬼神、雷神、軍神。

 どう喩えても見劣りする。

 ガメラは焔の神となって、不浄の魔鳥を葬っていった。
 凡そ一ヶ月。

 日本海はギャオスの死骸で埋め尽くされた。

 生き残った自衛隊の艦船や、領海で臨戦態勢を取っていた隣国の艦船、非常徴収された民間の船舶、報道のヘリコプターなどは、世界中にその凄まじい有り様を伝えた。
 人々はガメラの姿に言葉を失い、畏怖せずにはいられなかった。
 再び本州へと還って来たガメラへ、生き残っていたギャオスの雛鳥が襲い掛かったが、相手にならなかった。
 左手でくびり、叩き落とした。
 東海地方に残っていた営巣ネストへとガメラは向かった。最早、飛行する体力も無かった。
 全身に深い裂傷を負い、ボタボタと滴る碧い血潮は大地に染み込んだ。傷口からは橙色の炎が垣間見える。プラズマ変換炉がメルトダウンし、熱核エネルギーをコントロール出来ないのだ。
 そんな状態でもガメラは前進し続け、
 ギャオスの巣を粉砕し、
 最後の一頭を踏み潰した。

 『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』

 神は勝利の雄叫びを上げる。
 それは気高い咆哮だった。

 途端に“ぶわっ”と煙が上がった。

 「ガメラぁっ」
 目撃した人々のあちこちから声が上がった。
 自衛官たちは誰からともなく敬礼を送る。
 ガメラが地面に膝を着いた。ズシン、という衝撃、がくんとガメラの首が項垂うなだれる。
 ガメラの全身は白熱し、炎を上げる事もなく静かに燃焼していた。
 既にその目に光はない。
 ゆっくりとガメラは地面に突っ伏した。
 ぱきん、ぱきん、と陶器のようになった甲羅の破片が割れて、飛散する。
 燃え尽きていく。
 灰になっていく。
 
  
 ガメラは全てのギャオスをたおした。


 そして灰となり、息絶えた。




 「ぷー」
 うっすら虎縞とらじまのある小さな獣は、飼育員の腕の中で空を仰いだ。
 「どしたの、ゆきちゃん?」
 「ぷー」
 雪のような純白の獣は、ふんふんと鼻を鳴らして空を見詰めている。
 先日の台風8号以降、曇天ばかり続いていた。これも今回のギャオスの大量発生とそれに伴う災禍の影響なのかもしれない。
 此処、名古屋市西山動物園も甚大な被害をこうむった。
 ギャオスは何でも食らう。飼育している大型の哺乳類たち、職員たちも犠牲になってしまった。超音波メスや衝撃波による死傷者も数え切れない。
 災害時の動物、ペットの扱いは非常に難しく、シリアスである。彼らの多くは自然界で生きた経験のない、人間の庇護を受けて生きている存在である。ことに被災した肉食動物の辿る道は厳しい。食べる物はなく、柵のない所では危険視され、最悪、殺処分という残酷な末路になりかねない。
 今回は、生き残れた大型獣が少なく、殆どが無害な動物たちである為、世間の風当たりは少なかったが………
 職員たちが人力で誘導したり出来るものが殆どだった。比較的被害の少ない地域の動物園や牧場へ分散して動物たちは避難することとなった。
 小さな動物たちは、飼育員が自力で保護した。
 大半が幼い、非力な、親を亡くした子どもたちだった。
 ホワイトライガーのこの子もそんな一頭だった。
 一年前、海外から新たに西山動物園にやって来たホワイトタイガーは、暫くして妊娠しているのが発覚した。譲渡される以前、海外の施設で既に妊娠していたのか、一体、いつの間に?と、向こうも困惑していた。兎も角、めでたい事に変わりなく、赤ちゃんホワイトタイガーの誕生は、今か、今かと飼育員や獣医を始め、皆が待ちわび、祝福した。
 そうして生まれたのが、ホワイト“ライガー”だったのである。
 ライガーとは、オスのライオンと、メスの虎の間に、ごく稀に生まれる交雑種である。
 勿論、自然に生まれる訳がなく、意図的に掛け合わせた、生命倫理違反の産物でもある。
 生殖能力がなく、一代限りの存在で、病気を抱えている事もある。
 成獣は、うっすらと虎縞のあるヒグマのような巨体のライオンに近い姿となり、その逞しさ、美しさから、珍重され、海外では高額で売買されるという。
 ゆきと名付けられたこのライガーも、母親の元の所有者であった海外の動物園から権利云々であれこれケチを付けられた。付けられたのだが、誰も、いつ、母虎の彼女がライオンと交尾したのか知る者はいない。
 結局有耶無耶うやむやのまま、ある程度大きくなるまで、ライガーは母虎の元で育てられる事になった。
 どうしてライガーが生まれたのか分からなくとも、ゆきは母虎に、飼育員に、動物園にくるお客さんに、愛された。
 赤ん坊といえど大きく、珍しい一人っ子なのもあって、ゆきの人気は絶大だった。
 ライガーは最大で400kgにも達した記録があるが、その巨体に反して、温和で物静かな個体が多いとされる。それは自然には存在しない、人間に飼われる事が前提にある生き物だからなのかもしれない。
 一方で、非常に家族思いで、例えば母虎にちょっかいをだす他の虎に容赦なく追い払う姿も確認されている。
 ゆきというこの坊やも、甘えん坊のわりに、時折大胆な行動をとって人々を驚かせた。
 母虎がギャオスの超音波メスの餌食になった時、彼は泣かなかった。
 静かに怒りを湛えるその姿は、復讐を誓う戦士の姿だった。
 ゆきだけでも無事だった事を皆が喜び、涙した。
 幼い彼はペットの犬や猫のように、職員たちと一緒に避難所へ連れていかれた。おとなしいちびっこだから、大丈夫だろうとの判断からである。その知名度や人気から、彼は避難所でも大人気となり、人々を慰めた。
 “ゆきちゃん!” “ゆきちゃん!”と、彼は数多あまたのものを失って途方に暮れたあらゆる人々の心を慰めた。撫でられ、握手され、彼も人肌を求めた。
 疎開先の動物園が決まっても、飼育員たちと彼は何度もあちこちの避難所や、被災者の元を訪れ、一時いっときの慰めを分け与えた。
 まんまるで大きいくせに抱っこをねだるちびっこライガーの彼は、愛くるしくて堪らない。子どもたちが、大人たちが、老人たちが、ゆきちゃんを愛した。
 仏教で吉兆をもたらす白虎でもある事から、東海地域の復興のシンボルでもあった。彼は幸いの化身そのものだった。
 「ぷー」
 飼育員に抱かれ、ホワイトライガーは空を見上げる。

 ガメラが回転ジェットで舞った空を。

 生命の敵、ギャオスはもうそこにはいない。

 只管ひたすらに重たい雲が横たわるその空を、

 白い虎は見詰め続けた。



     『いつか再び出会えるなら
            久遠の神話は蘇る』



(ガメラⅣ 白へと続く)


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