フロレンティア10 Tedeschi(ドイツ人)との闘い 上
俺のイタリア語も少しづつではあるが、理解できるようになってきた感があった。俺は学校を変えた。そしてそれまでいたアパルタメントを引き払って キッチン バス トイレは共同 各自一部屋という外国人学生専用のアパルタメントにいた。 いわゆる今でいうシェアハウスだ。
ルームメイトの中でも最も仲良くなったのは、ドイツ人のミケーレと アンドゥ 二人とも俺より2歳ほど年上である。
ミケーレは 本当ならばミヒャエルなのだが、イタリアでは自らをミケーレと名乗っていた。お互い学校は違っていたが、毎朝イタリア語の動詞の活用の変化を教わりながら通学した。ベッカムにも似たハンサム顔で周りの友人からも評判が良かった。彼はいわゆる一番の人気者だった。なぜか このミケーレが日本人の俺を気にいってくれて 素晴らしい兄貴分だったのである。
また、アンドゥの方は根っからのひょうきん者で、ビールやワインを飲む時、乾杯後 俺が飲み干さないものなら 面白い顔をして『え、飲まへんの?』とプレッシャーをかけてくる。下戸である自分からすると辛いものがあったが、そしてこちらが一気に飲み干すと、素晴らしい笑顔でもう一杯注いでくる。とてもファニーで素晴らしい友だった。
ある時期アパルタメントの中は、俺以外すべてドイツ人が住んでいた。住人は時々入れ替わりがあるが、その時は偶然俺以外はドイツ人だけだったのだ。勿論、アパルタメントの中の会話はドイツ語が日常だったのだが、ある時ミケーレが言った。
『タクーヤがいるんだ。それにここはドイツじゃあない。イタリアだ。俺たちはここにイタリア語を学びにきている。イタリア語で話そうじゃあないか!』
・・・そこまで望んでいた訳じゃあない。もし、逆の立場なら日本人同士の日本語を止めて アパートの中でイタリア語でしゃべろう なんて 誰もいいださないのに・・。少し眼の奥が熱くなった。
ミケーレの気持ちがすごくうれしかった。
そんな中、俺がミケーレに気に入られている事をあまり良く思わない男もいた。何故この人気者のミケーレがこの東の果てのアジアからきたみすぼらしい奴を守るのだと。この男 親が医者をやっており、どこからみてもインテリおぼっちゃんだった。 何故金持ちである彼がシェアハウスに入居していたかは謎ではあった。
ある時、そいつと俺は口論となった。いわゆる口喧嘩だ。
このイタリア語がまだ不完全な日本人学生が、インテリに口論で勝てるはずもない。しかし、お互い顔を真っ赤になるまで感情を表にだして言い争いとなった。 もう少しでお互い手がでるところまでいきかけた時の会話である。
インテリ『何だと!おまえ 俺の考えがわかってるのか』
俺 『金持ち坊ちゃん 甘いよ。だから、おまえは甘ちゃんなんだよ』
インテリ『え?・・』
俺 『だからおまえは甘ちゃんだっていってるんだろが!!』
俺たちは激怒して顔を真っ赤にしていた。確かに今でも俺の顔は熱く、こいつも顔を真っ赤にしている、
インテリ 『え、今なんて?』
俺 『 Tu sei molto dolce.』
インテリ 『・・・・。』
・・え? ええ! ちょっと待てよ。おまえは甘ちゃんだ。 英語に直すと You are so sweet.
・・・・少し感情的になり過ぎた。顔が火照ったままだ。
『いや、忘れてくれ・・。』 本当に忘れて欲しかった。
俺はこの男とは違った意味でしばらく気まずかった。
しかし、この男に 何故か俺とミケーレの仲を羨む気持ちをなくさせたことを考えると 俺は勝ったのである。