フロレンティア15 スイス LUGANO(ルガーノ)Ⅳ
一旦、駅の外に出た俺だったがこの豪雨のせいで再び駅に戻ってきてしまった。外では稲妻が光り、雷が轟いている。
俺はへとへとに疲れていた。学校に在学している事が証明できたところで、あの中年の警官は果たして俺がイタリアに戻る事を許可するのだろうか?何しろ滞在許可書や学生ビザがないことを知られてしまったのである。そして 肝心の入国スタンプは一体どこで押してもらえるのだろうか?確かスイスに入る時、国際列車の乗客は俺を含めて素通りで駅を通過したはずだ。
緑色のペンキが塗られた鉄製の固いベンチに座りながらずっと考え込んでいた。
着ているものは雨でベチャベチャに濡れ、うっすらとヒゲをはやし、俺はアジアからきた汚らしいガキの姿だった。
しかし、いつの間にか周りは俺のこんな姿が気にならない連中ばかりがたむろっていた。俺よりも更に汚らしい格好の奴らばかりいる。いくところがないので駅の中にただ雨宿りをしているだけなのか、それとも こいつらもまた国境を越えられないのでここにいるのだろうか?
かなり危険な場所だと感じたが、この雷雨の中 外にはでたくなかった。しょせん、俺も似たようないでたちだ。たいした金も持ってやしない。ただ、ここでパスポートだけは盗まれたらとんでもない羽目に陥る事はわかっていた。
そこで俺はパスポートに数枚のイタリアリラを挟んでパンツの中にそっとしまっておいた。
「おい、イタリア語わかるか?」少し怪しげな青年が声をかけてきた。俺の方が少し若いように感じた。後ろには二人の男を連れている。
『ああ、少しなら』俺に緊張が走った。
「今からミラノまで車で行くんだが、一緒に乗っていかねえか?」
彼は俺の眼を見据えて言った。
[イタリアに入国か、しかしこの時間に入国してパスポートにスタンプ押してもらえるのか?こいつらイタリア人じゃないのかも?大丈夫なのか?あの警察のおっちゃんと月曜日に会う約束もしたしな。]一瞬のうちに色々な思いをめぐらせた。
『いや、止めとくよ』
俺がそう答えると 「そうか」と少し残念そうに言い、すぐにあきらめたように雨の降る外に3人はでていった。
[もしかしたら、親切な奴らだったのか?アジア人が独りこんな所にいるのを見かねて・・]いくら考えても答えは見つからなかった。奴らについて行ったらどうなっていただろうか。うまくミラノまで連れて行ってもらえたのかもしれない。そんな考えばかり浮かんできて少し後悔した。
でも、俺は彼らについて行かないと即答したのだ。ここでひもじく2日間過ごし、またあの中年の警官とやりあう方を選んだのだ。
夜中の0時を過ぎてもこの小さい駅構内から人は離れない。浮浪者のような男が俺に近づき、「タバコ、タバコないか タバコくれ」とうめいたような声で尋ねる。
俺は『 NO 』と静かに、だが力強く答えると目をつぶった。そしてその後そっと薄目を開けると 男はそこらじゅう歩き回っているのが分かった。
『・・疲れた』
しかし、この固い鉄のベンチでは眠る事はできなかった。