群れになった家族の話(4)
第四章 十月七日
運命って信じますか?
けして、宗教ではありません。
ドッグランのホームページに、里親募集が出た。こんなこと今まではなかったように思うけれど・・・
2枚の募集の写真を見ると、なんてかわいい子なんでしょう。それもミニチュアシュナウザーのような子。
「こんなにかわいい子が捨てられるの?一度会ってみたいなあ。連絡してみるか。」
と、もう一人の人間に相談もせずに連絡を取ってみると、もう一人の人間も“勝手に”問い合わせをしていた。思いは一緒だったってことかな。
「そっか!二人おんなじ気持ちだったのだから、会いに行くだけでもいいね。」
と、仕事帰りに車を走らせ会いに行ったのが【運命的な出会い】の始まり。
真っ暗なごみ収集場の大きな檻の中に、たった一人で入れられていた子犬。かわいいなんて思えない。つらいという思いだけ。この子は私たちの家族になるために、この檻の中で、それも台風接近の中で待っていてくれた。そうしか思えなかった。二人はおんなじ気持ちだったから、即返事。
「引き取ります。」
次の日は、仕事を休んで迎えに行ったけれど、冷静に考えてみると人間はよくても、クイミやジッチが迎えてくれなければ群れになることはできないわけで、勇み足だったかなという、ほんの少しの後悔があったのは正直なところだけど、でも、あの檻の中で泣いていたあの子を見ると、私たちしかいないと言い聞かせるしかできなかったんだ。クイミとジッチなら大丈夫!絶対に群れに入れてくれる。家族になることができる。そう信じて迎えに行ったんだよ。
人間の不安な気持ちがわかるのかもしれない。その気持ちがクイミやジッチに伝わって、ガウガウの日々の始まり。「クイミとジッチ、人間のわがままを許してちょうだいね。必ず、この子ともいい家族になれるからね。」
こうして、初めての《保護犬》を家族に迎えた。
まだこの国では、保護犬を迎えるということはメジャーではない。ペットを飼いたいと思うとペットショップへ行くのは当たり前。もちろん我々も類にもれず、長男クイミさんと次男ジッチくんはペットショップでの出会いだ。だから、我々は常々三番目は保護犬を迎えたいと話していた。同情心からではない。どんな事情でそのような境遇になってしまったのか、どんな状態なのか、人間不信ではないか。心配は山ほどあるが少しでも受け入れることができて、少しでも保護犬が幸せになることのお手伝いが出来たらと思っていた。そう考えていた時の出会いだったのだ。
我々に不安がないなんてあるはずがない。不安だらけだった。でも、檻の中で力強く吠えながら、
「ぼくはここだよ。生きているんだぞ。」
とでもいっているように、小さい体で後ろ脚を踏ん張って立っている姿を見ると、保護犬を迎える不安なんて忘れてしまったよ。偽善者という人がいてもかまわない。たった一頭を救ったところで、どうにかなるわけでもない。でも、目の前にいるこの子への責任は果たしたいと思った。
男の子だけれど・・・の名前
家族に迎えたら、さっそく命名の大仕事が待っている。もちろん我が家は、家族になった日からの命名は決まりだったこと覚えてるよね。ということは・・・・。
我が家の三男は、十月七日に家族になったんだ。もう、わかっちゃっいました?
そう、名前は【ジュナ】。女の子みたいだけど・・・とか、いろいろ悩んだりもしたけれど(一応)、この子には女の子のようにかわいらしい表情があるから、この名前があっていると決めたんだ。
我が家の三男坊は『ジュナ』だよ。
病院で健康診断をすると先生から、
「次からは、拾わないよ。」
と注意を受けたけれど、もうジュナは私たちの家族ですからその優しい忠告は、「はい、わかりました。」と答えながらも正直スルー。
ジュナは健康で、四・五か月くらいだということだったので、誕生日は五月七日ということにしたよ。
ジュナは、体中ノミだらけだったので、行きつけのトリマーのお姉さんの協力とアドバイスで、高校球児のように毛をカットしたら、別犬になっちゃった。なんだか貧相な感じ。
あんなにかわいいなあと思っていたのに、一気に貧相になった高校球児のジュナちゃん。それから、思ったより体が長いような気もしてきたぞ。病院の先生は、
「ヨークシャーテリアの血があるね。」ということだったけど、貧相な高校球児になるとヨーキーもシュナウザーもなにも関係ありません。
ジュナは強い運を持っている。ジュナを家族にするまでにたくさんの人の思いや優しさがつながって、ここまできたのですから。
また、人間のつながりだけではなく、天気までも味方につけてしまったのだから。
高校球児にカットしたとはいえ、体についたノミがクイミやジッチにうつったら大変だから、しばらくはベランダで様子をみようと思っていたら台風が来たので、予定よりも早くに家の中に入ることになったからね。本当にジュナは強運の持ち主だよ。きっと、我が家に強運を持ち込んでくれるね。
警備隊長ジッチ
いくら強運の持ち主でも、我が家の【警備隊長ジッチ】にはかなわないよ。
ジッチはジュナが嫌いなわけでない(そう信じている)。
ジッチにとっては、新しい物体が我が家に危害を加えるのではないか、特に“僕の大好きなクイミにとって、いていい存在なのか”という判断基準で、厳しくジュナのことを警備して、時には厳しい制裁を加える、我が家の警備隊長。
人間の世界のように、心の中では思っていても表では優しいふりをするなんてことは、決してやらないよ。裏表がないまっすぐな生き物。正直な真剣勝負だ。群れに入れるかどうかなんて、生易しいものではないのだから。人間が簡単に考えていたことを、警備隊長のジッチがすべてを一手に引き受けて頑張ってくれている。時には度が過ぎることもあるけれど、このジッチの行動一つひとつが群れに入るための大事な儀式のようなもの。ジュナ心配しないでね。もうしばらくするとみんなでくっつきっこして眠ろうね。だから今はがんばるのだ!群れになるために。
群れの中の上下関係
ジュナは遠慮がちな子。いや、これは人間の感情が入っているのかもしれないけれど。でも、確かに遠慮がち。警備隊長ジッチの厳しいしつけと、くるもの拒まずのクイミの中に入って、自分の立ち位置を確保していった。
いつでも一歩下がっていると、僕にも必ずいいことがある。そういうことを学んだよう。これで、群れの上下関係が出来上がった。
とても厳しい警備隊長だけど、クイミのことは大好きでお兄ちゃんなのかお父さんなのか信頼しているジッチが、群れをつくってくれた。体はジッチよりは大きいけれどやっぱりジュナはジッチには反抗できないよ。こうやって犬同士が納得の関係が出来上がっていく。人間はというと、このジッチが作ってくれた群れのルールを崩さないよう見守っていくことが役目かな。ただそれだけで十分ってすごい。
この一連の流れの中で、面白いのがクイミ。クイミはくるもの拒まずの平和主義。本当にクイミが長男で大正解だよ。クイミの存在は偉大だよ。確かに、思いがけずジッチが来て、平和だなぁと思っていた矢先に、ジュナが来て騒々しいわけだけど、クイミは嫌な顔一つせずただ受け入れるのみ。堂々としたさすが我が家の長男。
おもちゃスイッチ
ここまでの様子だと、ジュナはおとなしくて奥ゆかしくて、名前のように女の子のようで・・・といった感じでとられがちだけど、実はすごいスイッチを持っていたんだ。それは、『おもちゃ』。おもちゃをみると、ジッチだろうとクイミだろうと蹴散らかす勢いで、さながら獲物を見つけたワニがすごいスピードで襲い掛かるといった感じ。その勢いには、ジッチもたじたじで譲るんだから。まっ、クイミは我が道を行くタイプなので、ジュナがおもちゃにすごい執着を持っていようが、全然かまわないんだけどね。
ジュナのおもちゃスイッチは、ギアチェンジがなくて常にフルスロットル。電池が切れるまで走り続けるという異常さだよ。普段はおとなしそうにしていても、おもちゃをみると豹変する。でも、そこがまたかわいくもあり、楽しいのよ。あの地を這うような走りはジュナにしかできない、隠れたおもちゃスイッチのおかげで、ジュナの個性はお兄ちゃんたちに負けないものになったのである。
そんなジュナにも、ずっと苦手なものがある。それは、夜の風の音や木が揺れるときの音だ。きっと、台風接近の中真っ暗なごみ収集場の大きな檻の中で、恐怖と闘いながら聞いた音が記憶に残っているのかもしれない。ぶるぶる震えるジュナを見ていると、無理に慣れなくてもいいなと思い、その年から我が家はキャンプに行かなくなった。
そうそう我が家では、ジュナが群れに加わった記念に大きなクリスマスツリーを買ったんだ。夜の暗く恐怖を思い起こす木ではなくて、ワクワク楽しい思いとキラキラ輝く電飾で、ジュナをはじめ群れ全員を照らす木だ。我が群れのクリスマスツリーはジュナの木なんだ。
第5章につづく