「Days_mobius」第3話

爆風が夜の砂を乗せて部屋に吹き込む
髭の男ビーフはランチャーのスコープを除いたまま様子を窺っている
メビウスの髪結いが取れ長い髪が風に乱れる
黒いタコ足のエイリアンに戯れつかれているようにも見える
メビウスは髪の奥から鋭い目をビーフに寄こしていた

ビーフはスコープから目を離し肉眼で着弾付近を確認してからランチャーを置いた
「お近づきの印ってやつだな」と耳の後ろを掻いて茶色いソファーに横になり煙草に火をつける
「行っていいぞ」と煙草を持った手を仰いだ
細かい灰がヒラヒラと床に落ちる
メビウスはいつものように目を閉じて凛とした姿勢で部屋の隅で立っている
巨大な車輪が静かに動き出す
この家のような巨大な車は自動操縦で今は操作管理をメビウスが行っている
マイクロPCを通して操縦しながらメビウスは
髪を結い直し、爆撃の後を暫く見ていた


気温が下がり夜明けが近づいてきていることが分かる
黒い湿った岩が重なり無数の溝が走っている様子は人間の皮膚を思わせた
溝から顔を出す緑達はこれから来る朝日を待ち侘びている
ビーフ達は砂漠を抜けた先にある黒い岩場に来ていた
ビーフは地面に座り両足を投げ出しタバコを吸っている
目はすっかり暗がりに慣れて遠くの砂丘も確認できる
セドナ星人が群れをなしてやって来ているのも既に確認済みだ
セドナ星人はビーフ達が管理局から連れてきた"用済みになった子供達"を処分をしている
No.4で自由に活動出来る引き換えの条件として管理局に話をし成立した仕事だ
今は引き渡しの工程ということになる
セドナ星人達はビーフに一瞥すると
ビーフは白目で思いっきりダルそうに頷く
「とっとと終わらせてくれ」と言わんばかりだ

セドナ星人は人間の姿はしていない
かつて地球に生息していたティラノサウルスの様な容姿をしている。彼らの最大の特徴は自分の体を膨張収縮出来ることだ。噂によれば良質な惑星を武力で侵略し強奪し支配をして悪戯に汚し最後には捨てる種族ということだ
セドナ星人達は車の一回部分から子供達を外へ出し一人一人ティラノサウルスの背中に乗せた
走行中に落下しないようセドナ星人の首輪に付いている手綱を握るよう子供達に説明している
準備が終わった者から駆け出していく
乗せては手綱を握り駆け出す
乗せては手綱を握り駆け出すを順番に行う
子供を乗せたセドナ星人達がいなくなった後
残っている数名のセドナ星人へビーフは胸ポケットから出した写真を見せた
ビーフはまだ地面に座ったままだった
「おい、コイツを見たことあるか?」咥え煙草の灰が髭の上に落ちる
セドナ星人は爬虫類の目を尖らせて写真をのぞく
氷柱のような鋭い牙の間を細長い舌が出入りしていた
「いや分からねぇな。何処にでもいそうな顔だな」
ケケケケケと笑っている
ビーフは表情を変えない
灰が髭を焦がしている
「デイズと言うらしい」
「知らねえ」セドナ星人は既に写真など見ておらずメビウスに話しかけている
「おぅ、元気か?メビウス。俺たちのとこに来いよビーフは人使い荒いだろ?」目を弓のようにしてニヤニヤしながら舌が牙の間を出入りしている
メビウスは元気か?の質問に頷いて答えただけで後の話はただただ聞いているだけだった

空が煙草の煙のような薄い紫色になり
太陽が顔を出す。本当にそこに太陽があるかのように美しい景色だ
ケプラー星人達と別れた2人は砂漠への帰り道
巨大な車輪を回しながら紫色の夜明けの空を眺めていた
冷たい風が部屋に吹き込み白い砂が床に撒かれている
ビーフはソファーに横になり目をつむって昔を思い出していた
メビウスと会った日のことだ

まずビーフが何故この仕事をやっているかを説明しよう。No.4の管理局はある事件で脳を怪我をしたビーフのマイクロPCを脳に戻さなかった
ある仕事をさせるためだ。それは子供を誘拐し管理局に連れてくるというもの
管理局は何故連れてこなければならないのか
連れてきたその後その子達はどうなるのかは説明しなかったが、暫くしてビーフに仕事が追加されたことで、その答えはすぐに分かった。追加の仕事として言い渡されたのが子供をセドナ星人へ運搬することだ。管理局から帰ってきた子供達は皆怯えていた
ドアが閉まる音、大人の咳払い、足音等にいちいち身をひるませていた。子供達は身を寄せ合い顔を伏せるように小刻みに震えていた
暴力だ。ビーフはすぐに覚った。それもおぞましいほどの虐待を受けていたのだと分かった
管理局の核にいる連中は全てを自分の意思で自由に考え行動できる。何億人もの人間を自在に操れる絶対権力だが全能の神ではない。ただの生物であり生殖細胞だ。生殖細胞の望むことは子孫繁栄、繁殖だ。その欲望を謳歌しているうちに、さらなる刺激を求め凶暴化し、子供に手を出し始めた。その悪魔のような所業の中に手を染めていると知ったビーフは苦しみに苦しんだ。
そして、考えに考え迷う事ではないと決断した。
その日ビーフは管理局に仕事をせずに会いに行った
殺してくれて構わないと。
ビーフの人生最後の日、プロテクター女の前で
「今日は誰も連れてきていない。俺はこの仕事を降りる」と言った。
プロテクター女は動じる様子もなく立っている
そしてすぐ後ろから今日のリストにあった子供達が全身真っ黒なプロテクターの兵士たちに連行されてきた、それは、お前がやらなくてもこの仕事は遂行されるという印だった。ビーフは驚愕して声が出なかった。
プロテクター女は一人の男の子をビーフに寄こし
「そいつに仕事を教えろ。そしたらお前の手は汚れない」と言った。ビーフは断ったがプロテクター女は銃を掴みその子へ向けた
ビーフが猪のように走り子供を抱え弾丸を避けた
「なにするんだ!」顔中砂まみれにしながらビーフがさけぶ。弾丸にかすめ取られた頬から赤い血が流れている
「そいつは口がきけないようだから、うちもいらない」プロテクター女の銃口はまだ男の子に向いている
ビーフは足にしがみついて泣き喚いている男の子を抱き寄せ「分かったから銃を下ろせ」と怒鳴った
男の子の名前はリストで知っていた
震えながら泣いている幼子の頭を何度も何度も撫でた。死ぬつもりだった男に守る命が出来てしまった
メビウス、お前は絶対に死なせないと何度も心に思った
茶色のソファーに寝転がり思い出の中から夢の中へと寝返りを打っていく
贅肉と真っ黒の日焼けが乗った肩に青色のブランケットがかかる、ブランケットには黄色の星の絵がプリントしてあった
いつの間にか車輪は地面に潜り部屋の部分だけが砂漠から顔を出している
メビウスは窓を閉めると更に潜り砂漠から姿が見えなくなった
メビウスはドアを開け砂だらけの部屋を出ていく

***

鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔のデイズと
ランチャーを喰らった様なコバルトの顔がたった今出来たクレーターを見ている
ケプラー星人からもらったバイクには傷一つ無く
少し揺れた程度だったがすぐ横のクレーターの大きさを見ると暫く声が出なかった、が、すぐにコバルトが動き出した
「行くぞ!」と言うと操縦席に乗りハンドルをねじ切るように捻った
バイクはクレーターの側面から飛び跳ね巨大な轍をなぞるように進む
デイズは後ろの席から今まで自分達がいた場所を見ながら、よく生きていたものだと思うのと同時に何故ロボットは来ないのだろうかと考えていた

夜の風が轍を隠してゆく
コバルトはバイクを加速してゆく
ビーフが作ったクレーターの横にオーロラの女が立っていた





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