中学生のころからの夢だったゴシックロリィタを着て買った話
KERAという雑誌をご存じでしょうか。
雑誌「ケラ!」が紙媒体による発行終了 デジタル版へ移行 - WWDJAPAN
1998年創刊、原宿ファッションの現在を鮮やかに切り取り続けてきた雑誌ですが、つい先ごろ、紙媒体からデジタルへ発行の場を移していきました。
この雑誌がゴシックファッションやパンクファッションと並べて扱っていたのが、フリルたっぷりのお人形さんのような洋服、いわゆるロリィタファッションというやつ。
私はこの服装に、中学生の時から延々憧れ続けていました。たしか発端は文筆家の嶽本野ばら先生の小説やエッセイだったと思われる。お洋服に対して非常に熱量の高い登場人物が出てくることが多い嶽本作品が、中高生の頃の私は大好きでした(今も大好きです!)。彼らのお洋服や、お洋服を作るメゾンに対する気持ちはほとんど敬虔すぎて殉教する信者のそれ。私はその熱情に焼かれつつ、描かれているお洋服の美しさやかわいらしさにも同時にノックアウトされ、「いつか、こんな風にコンセプトや物語のある美しい服を自分でも着たいなあ……」と思い続けておりました。
しかし、私が住んでいたのは近隣住民みんな顔見知りの田舎です。ついでに言うと大金持ちでもない。フリルやレース、ボタンの数が凄まじいロリィタファッションのつくりは日常着と言うよりは舞台衣装などに近く、着れば死ぬほど目立つし「あそこのうちの娘さんは……」とこそこそ噂されるのは必定、さらにブラウス1枚が軽々1万円を超えていき、ワンピースに至っては2万円、3万円があたりまえというロリィタファッションと私の間には、壁どころかエベレストくらいの障壁がそびえたっておりました。
大学生になって都会に出て、「やっと人の目を気にせず好きなものが着られる!」という状況になっても、ロリィタのお店に行けばやはり値段の桁が大きすぎてしり込みをしてしまう。結局、小さな髪飾りや指輪、比較的フリルの少ないブラウスを恐る恐る買ってみたりして、それでも普段着ているほっこり系のお洋服にはとんと合わず(現在の私はモノクロのモード系の服装を目指して着ていることが多いのですが、当時の自分は何が似合うかもわからず、上京前に母が買ってくれていた服の延長線のearth, music & echologyとかOLIVE des OLIVEとかを着ていました)。
ひっそり買い集めたそれらを手放して、私は社会人になりました。たぶん私にこういうのは似合わないんだ、顔立ちも気合も、とにかく素養が足りてないんだから、と言い聞かせながら。
しかし、「ロリィタを着てみたい」という願いは消えないどころか「エレガントゴシックロリィタを着てみたい、あわよくば買って手元に置きたい」に進化しながらぐじぐじと胸の中でわだかまり続けておりました。
自分のお金でパーソナルカラーと骨格診断を受け、似合う服が分かるようになって着飾るのを楽しみ始めると、ぐじぐじしていた願いは、さらに胸の中で叫ぶようになりました。
「もう一回チャンスをくれ」
「今ならあの大量のフリルとレースのなかから、自分が似合うものを見つけ出せるはずだから」
さらに、川野芽生さんの『かわいいピンクの竜になる』を読んだことで、願いがいっそう燃え上がりました。
かわいいピンクの竜になる | 左右社 SAYUSHA
主にフェミニズムの視点から服飾について描いているエッセイですが、この中でも熱量高く語られていたのがロリィタファッションでした。
ロリィタは、自分のための、一番強くて美しい羽衣として描かれていました。こんなにもどうにもならない世界を生き抜いていくための。
私も羽衣がほしい! という気持ちが最高潮に達し、ちょうど時間もあったので、少し頑張る遠出の練習も兼ねて、私は大学生の時ぶりに、ロリィタファッションのお店に足を運びました。
診断で得た知識からすると、私はブルベ冬の骨格ナチュラル。光沢のある、鮮やかな色のたっぷりした布なら楽々着こなせる。アクセサリーでも何でも、とにかく下に重心が来る大ぶりなものを身に着けることが優勝の決め手。
この知識を持って見てみると、お店の中は大学生の時ほどよそよそしい雰囲気ではなく、むしろ自分が着こなせそうな服の宝箱のようになっていました。光沢のある鮮やかな色の布も、漆黒の布もここにある、というかそういうのばっかりじゃん。このフロア、私に似合う服ばっかりじゃん! ばんざーい!!
ウキウキしながらずっと憧れていたブランドのワンピースを2着選び(色で15分くらい迷った。全部可愛いのですもの)、ドキドキしながら試着室へ。このままお買い上げ……と、なるかと思ったのですが。
なんとボタンが嵌らず。
そう、そのブランドのワンピースは全体的にとても細身に、体にフィットするように作られていました。ロリィタファッションは背中に編み上げやシャーリングが入っているものが多く、サイズ変更ができるものもあるのですが、選んだワンピースにはそういったものはなく。ただただストイックに、自分を身にまとう者を選んでくるタイプのお洋服でした。そのストイックさ、冷たさ、大好き……着られなかったけど……。試着って大事ですね。何も考えず通販してたら、3万円するワンピースを部屋の飾りにしてしまうところでした。
試着室を出て店員さんにお洋服を返しつつも、不思議と残念さや悔しさ、悲しさはなく、何かが綺麗に空に吸い上げられていくような納得感がありました。
ずっと憧れていた服を着てみるところまで、自分を持ってこられてよかった。心底そう思いました。
しかし。
憧れのブランドの服は着られなかったけど、エレガントゴシックロリィタを買って帰るという念願は絶対に果たすぞ! このフロアのどこかには絶対に自分に似合う服があるはずだ!!
鼻息荒く別のお店でワンピースを物色していると、店員さんが
「何かお探しのものとか気になるもの、ありますか?」
と、優しく話しかけてきてくれました。
「他のお店で試着したんですけど、サイズが合わなくて……」
「できれば黒のワンピースで、光沢のある布で、サイズがある程度融通利くものってありますか」
注文の多い客で辟易とさせてしまったかしら……と思いつつ尋ねると、店員さんはしばし思案の後、1着のワンピースをラックから出しました。
「こちら、入荷してすぐ売れて、先日やっと再入荷になったんです」
「このブランドのものは着やすくて軽くて、しっかりロリィタにも、いわゆる普通の綺麗めなワンピースとか羽織りものにもなるのでおすすめですよ」
お店にいたときの私は全くロリィタファッションではなかった(ブラウスがスタンドカラーでちょっとフリル入ってるくらい)ので、きっと初心者だと見て取ってくれたのでしょう。出てきたワンピースはシンプルな黒のチュニック型、でも肩から胸にかけてフリルがしっかりと入ったものでした。
ためしに試着してみると、さすがチュニック型、ふんわりと体を包み込んでくれて、まったく苦しくも重たくもない。ウエストの部分を付属のリボンで絞って、店員さんが持ってきてくださったパニエ(スカートを膨らませるやつです)を履いて、試着室を出て鏡の前に立ちます。
そこには、ちゃんと、全身ロリィタで、ちゃんとしっくり似合っている自分が立っていました。
「合わせるものによって、けっこうがっつりロリィタにもなりますよ!」
店員さんがおすすめしてくれたヘッドドレスやコルセット、タイなどを合わせると、さらにロリィタになっていく。しかも、自分で言うのもなんだけど、似合う。服でもアクセサリーでも、装飾が大きくて重くてたっぷりでツヤツヤという、自分が似合う服装の条件を、そのお洋服はしっかり満たしてくれていたのです。
高揚と動揺でおそらくものすごく挙動不審な客になっていたと思うのですが、店員さんはものすごく優しく丁寧に、私のロリィタデビューを祝福してくれました。
最終的に、ワンピースとパニエ、ジャボタイと、王冠のネックレスを手に入れて、ニコニコでお店を出ました。
王冠のネックレスはつけていきたい、と店員さんに伝えたら、なんとタグを切るだけではなく首にかけてくださいました。戴冠式みたいだな、と思って内心ドキドキでした。
今日から私が王様だ、という気持ち……。
ほくほくしながら帰りの電車に乗ったのですが、袋を見ていると不安がこみ上げます。あれは試着室マジックだったのではないか、お店を出て着て似合ってなかったらどうしよう。ほぼ家賃分くらいお金、使っちゃったのに……。
不安にさいなまれつつ、寝る前にもう一度だけ、と着てみると、――なんのことはない。最高のお洋服は、最高のままでした。化粧を落として着てるのに、ちゃんと似合う(ゴシック&ロリィタは思い切り作り込んだ服なので、本当はヘアセットやメイクをばちばちにした方がキマりますが)。違和感がない。
長年の願いが叶ったし、私も自分だけの羽衣を手に入れてしまった――。
店員さんが笑顔で「ロリィタの、特にこちらのブランドの沼は深いですよ」と言っていたのが頭に浮かんで、一人でひっそり笑ってしまいました。
本当に深いな、沼。もっとここで泳ぎたくなっちゃったよ。
体を治してしっかり働いて、またお洋服を買いに行きたい、と心の底から思いました。ずーっと薄暗かった生活に光が差したみたい。
買った服を着て外出するのが楽しみです。何をどう合わせようかな。
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