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「獄中からの手紙」

その薄い文庫本は三連休明けに届いた。三連休中に、ほかのもう一冊と一緒に中古本を注文したことは覚えている。ただ、今となってはなぜ本書を注文したのか、よくわからない。もう一冊の貝塚茂樹「孟子」を頼んだのは、直前に読んでいた兼原信克「歴史の教訓」(新潮新書)の影響であることは覚えているのに、不思議なことだ。

ローザ・ルクセンブルクの名前は、確か高校の世界史で機械的に覚えた。何となく生きていた時代のこともわかっている。だけれども何をした人なのかまでは忘れていたし、もともと薄っぺらい受験用の知識しか持ち合わせてなかった。カバーに記載の導入だけを頼りに読み始めた。訳文は戦前の女学生風の言葉遣い、彼女が獄中にいた1916-18年の頃のそれに相応しい。

手紙は彼女の幼馴染で、同じく囚われの身となった盟友の妻となった人に宛てられている。幼馴染の身を案ずるあまり、あなたのことは何でも知っておかなければならない、といった言辞を弄するところでちょっとゾッとする思いがした。自由にほったらかしにしてほしい自分にとって、相手のすべてをコントロールに入れたいという女はただただ恐ろしい存在だからだ。そして彼女は詩を愛し、自然の移ろいを細やかに観察し、季節による鳥の鳴き声の変化も友に語りかける。囚人として行動を制限される中で、彼女の教養が日々の生活をいかに楽しませているかが見て取れるのである。

twitterの140文字にすっかり慣れてしまったわが身にとって、わずか110ページ余りの薄い文庫本を通読するのも難儀なことである。半ばを過ぎた頃に、ローザ・ルクセンブルクが何者だったのかググってみると、wikiに詳しい記述があった。第一次大戦で反戦活動に従事した生粋の共産主義者であった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF

戦争で一番被害を被る労働者のために反戦のためのゼネストを指導し投獄された骨太の活動家は、本書の投獄期間から釈放されてほどなく、資本家の雇われ私兵に仲間と共に虐殺される。まだまだ共産主義が夢の思想であった100年余り前は、スペイン風邪が流行するとともに芸術では愛すべきエゴン・シーレやクリムト等のウィーン分離派が隆盛を誇った時期でもあった。

彼女が先導した民族自決を否定する立場からの革命思想は、第二次大戦後多くの模倣者を生み、一部は過激化して少なからぬ犠牲者を生んだ。思想的背景は異なれど、今また民衆のために立ち上がった人が女神とあがめられつつ囚われの身となっている。100年後の現在との相似なり、歴史は繰り返すといった常套句を思い浮かべずにはいられない。

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