おじロリ 前日譚 勝手に

前日譚
おじさん(秋谷松穂) ロリ(幸泡瀬 みちる)
一昨日だったか、それより前だったか
餃子のタレの小皿に灰が溜まっている。
窓のサッシには埃が積もっている、シンクには食器が溜まっていて、どこかから腐敗した肉の異臭がする。デスク周りにはアルコールの残り香がぐるぐる回っていて、パソコンのEnterキーはどこか効きにくい。そんなアパートの一室に住んでいる。


あ 吸殻まとめて捨てないとな、前月の家賃振り込んだっけ、上司のメール返さないといけないとか  僕を渦巻く問題がひたひた脳を満たしていた。

土曜日、15時
隣の部屋の金切り声で起きて、トラウマをかき消すためにアルコールを口にした。いつもよりほろ苦いビールが僕のトラウマを逆撫でしている。多分僕は壁の向こう側の音に自分を重ねているんだ。そんなことを思った。
大人は都合の悪い時それを自然と避けてしまう、自分が弱いことを知っているから


日曜日、15時。
またこの時間に起きてしまった。隣の部屋から怒鳴り声とコップが割れる音、金切り声が聞こえてきた。
どうやら男が女を殴っているようだ
少しずつあの娘の泣き声が聞こえて、何故か怯える呼吸、高くなる心拍まで壁越し感じる。

今日もあの娘が泣いている。

ポルノで焼き切れた脳に正しい判断ができるはずがない。今日もあの娘の泣き声を無視して布団に入った。
ゆっくりとただ呼吸を同じリズムで重ねていく、何も考えずに。

今日も夢を見た、悪夢を、またあの日の夢だ、
ずっとずっと死ぬまで覚えているだろう、あの日の色を 化け物みたいに歪んだ母親の顔、赤というより黒の顔色の父。「顔だけは」「黙れ」「うるさい」「歪んだ」「死んで」「逃げたんだ」「貴方が悪い」
そんな音が四方八方から聞こえてくる。
静かに寝させてくださいよ母さん、父さん。




目が覚めて コンビニ行こうとした時、玄関を開けた時、君がいた。ボロボロの服に首からかけた玩具が一層目立つ君。

君が泣き腫らした目で僕をじっと視る。

やめてくれ、俺は神様でも仏様でもない。君を救う余裕もない。その時、足は止まることを忘れていた


コンビニに行く途中、雨が降ってきた。
君を哀れんだ神様の涙だろうか

突然、明日には無くなっている水溜まりが僕に話しかける。
「あの娘は君と同じ目をしてたね。」「あの娘は君と似ているね」「あの娘は...」

突然、イヤホンが僕に話しかける。
「同じ思いをさせるの?」「あの娘も死なせるの?」



気がつけば僕はその娘にチョコレートを1個あげていた。贖罪のつもりで。
受け取った君は僕の方を向いて今にも消えてしまいそうな弱い声で
「ありがとう」と言った。

あの時生きてきて初めて 水溜まりが綺麗に見えた気がした。


それからというもの、それを毎日繰り返していた。
僕がチョコレートを渡して君が「ありがとう」
という。
僕がチョコレートを渡して君が「ありがとう」という。



ある日突然部屋のチャイムが鳴った。扉を開けると頬のアザが付いた君がいた
僕を見る憂いを帯びた眼は必死に助けを訴えている。
家に入れる理由も言葉も要らなかった、言葉はナイフ以上の傷を付けるから。

薄暗い間接照明が煌々と光る部屋でソファーには 俺と君の ただ2人。
沈黙だけが僕らを優しく見つめている。



時間が経って、名前も知らない君が手を差し出した。
不揃いで欠けた爪、白くて細い指が僕の小指をぎゅっと握る、ただ消えたくないと叫ぶように


小指を握る手の力が弱まった頃、君は安らかな顔で寝息をたて始めた。
俺は毛布を掛けた、今日くらいはぐっすり寝れるように

俺も眠る、明日は早いから。

夜が2人を包んでいく 今夜こそは眠れるように



その日も夢を見た、あの忘れられない日だ。
父が僕を殴る。ただ理由もなく、教育というにはおぞましすぎる力で何回も何回も。
誰かが見ている。ドアの隙間から、
若草色の髪の毛をした君が。


わたしもその日、ゆめを見た。おとおさんに
はいざらを投げられるゆめを。だけどいたくない 。そっと顔色を伺うように目を向けると
おとおさんの前にだれかいる あの人だ、わたしと同じめ をしているおじさんだ


不思議な気持ちで先に起きた俺は会社に行く準備をする。
くしゃくしゃのシャツにどこか左曲がりのネクタイ。タールが染み付いたスーツに着替える。

朝食を食べ始める頃、
「とめてくれてありがとうございます 」
と律儀に起きたばかりの君がお礼を言った。

「大丈夫」
僕は2分も会話が続かないような応え方をした。

「名前、みちるっていいます」
「俺は松穂、松に稲穂の穂で「しょうほ」ね」

簡単な自己紹介だったがどこか心地が良かった
数分前まで名前も知らなかった君を何故か信頼しきっている自分に驚いたが、時間が無いので鍵と朝食を置いて仕事に行く。


8時30分、朝礼が始まる。くだらない。
つらつらと大層なことをてっぺんが禿げた部長が喋っている。滑稽だ。

9時13分、後ろにいる女性社員が俺の事を笑っていた、胃がキリキリ痛む、俺だって誰かを殺したい。

10時12分、喫煙所に行く。同期の奴らが昇進・昇給の事を話している、どこか気まずくて
半分残ったタバコを捨てて出ていった。

12時、お昼ご飯が喉を通らない。トイレで朝食を吐く。ふと、みちる(君)の顔が浮かぶ、学校に行ってるんだろうか 1度保護しただけで親ヅラか笑えてくる。

14時、仕事のミスを課長に怒られた。赤べこのように説教に頷く。胃がキリキリ痛む、ロボットになりたい。

22時、仕事が終わる。帰路に着く。

薄暗い部屋の扉を開けるとみちるがいた。
「おかえりなさい」と彼女が言った。
涙がふと落ちた、なんの涙か分からなかったが
君は不思議そうで焦った顔で僕を抱きしめてくれた。

それからは昨日と同じだ。君が小指を握って眠りに落ちていく。

多分明日には君はあの魔窟に戻っていくのだろう。

寝息をたてて安らかに眠る君に
幸せに満ちた人生が訪れますように。

そんな独占欲にも親心にも似た感情で
僕もゆっくりと眠りに落ちていく。






































































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