雑談 / 病まないと書けないの?
お久しぶりです。くない加です。
前回書いたnoteから、だいぶ時間が経ってしまいました。毎日書こうと思っていたのに…笑。
というのも私は今、書くことがないんですよ。正確にいうと、書きたいと思うことがないんです。気分じゃないってヤツです。はい、笑。
気分屋過ぎますよね、すみません笑。
なので今回は、「書きたいことがないんだよね。」ってことについて書いてみようと思います。
そもそも私が文章を書きたくなったり詩を作りたくなる時は、落ち込み始めている時か、落ち込みから回復した時が多いんですね。
自分で自分を癒すために、あるいは脳内に反芻する思考や、溢れかえって縺れ合った感情を文字にして整理するために書いていますから。自分の中にあるモヤモヤどろどろした感情を、何とか言葉としてあるものに落とし込んで消化するという感覚なんです。あるいは過去の嫌な記憶が亡霊のように脳内に何度もフラッシュバックしてくるのをきちんと供養してあげる為の作業というか…。
簡単にいうと、私の制作の源はネガティブにあるんです。
はい、ネガティブです。ポジティブではありません。
痛い!とか、苦しい!とか、そういうのです、そういうの。
でないと必死に言葉なんか探しません。笑。
何とか不快を言語化して処理したいんですよね。そうして少し苦しみにも色を添えて、出来れば美しく昇華してみたいんです。
そう、酔っちゃてますよ、酔っちゃてます。
ネガティブで病んでいる感情に思いっきり浸って酔っちゃうんですよ。そのために書いてますから。そうやって自分で自分を癒してあげる作業なんですね、私にとって書くという行為は。
ネガティブな感情にびたびたになるくらいに浸って、頭の中を自分の病みでいっぱいにして、「辛いよぅ、苦しいよぅ。」って自分の中の世界でたくさん泣くんです。泣いて、泣いて、大人なのに子供みたいにぐしゃぐしゃになって、それで「ああ、生きてるなぁ」って。痛いのは生きてるからだって、そうやってやっと少し自分の人生を褒めてあげられるんですね。
一人劇場ですよ笑。しかも脚本も演出も主役も、全て落ち込んでいる時の私ですから強烈に暗くて重いです笑。でもそうして自分で自分を慰めています。時々脚本家のネガティブが行き過ぎて、そのままもっと落ち込んでいったり希死念慮を強めてしまうので注意が必要ですけど。
あれ?また病んでいる時の自分について書いてしまいましたねぇ…。
本当に、こういう話題になると、脳内の自分がザワザワと顔を出してきて流暢に語り続けるので私も困ってしまいます。笑。
思考が早過ぎて文章として編集する作業が追いつきません。
もー!いい加減にして!笑
ええとー、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんがこのnote、私の脳内に生まれてくるつぶやきを、ほぼほぼそのまま書いちゃってるんですねぇ…。もちろん書く過程で(これも脳内で)皆様に語りかけるような形に編集しなおしてはいるんですけど、ほぼそのままです。生まれてきた思考をオギャー!って声がした瞬間にポンポンポーンッ!てこの画面に放出してます。生です。産地直送便!ああっ、キーボードを打つ手が追いつかないっ!
えーっと、話がそれたので元に戻すと、ああそうだ!今回は「書きたいことがない」って話でしたね。失礼、失礼。
うーん、さっきみたいな脳内から自動的に生産される思考についてならいくらでも書けるんですけどねぇ。文章として読み手に届けるには良いか悪いかは置いておいて。
まぁ、あれですよ。書きたい病みがないってことですよ。簡単に言うと。
だって先述した通り、私が書きたくなるのはネガティブな時で、書きたい内容も、それについてスラスラと言葉が出てくる題材も、基本的にはネガティブなことが多いんですもん。それか性癖のこと?笑
あまり気軽に人に話せない内容のことが多いですね。
それで、今は特に書きたいことがないっていうのは要するに、今結構幸せだよってことです。
幸せならわざわざ文字にして人に伝えなくてもいいですから。目の前にいる人の前でただニコニコしていたらいいですから。特に言語化して感情を噛み砕く必要もないんです。他人にいちいち訴えなくていいんです。
だからネガティブな気持ちはたくさん言語化してきたのに、ポジティブな気持ちを言語化するとしたら、「幸せ」「楽しい」「最高」「美しい」「大好き」くらいしか私は知りません。わざわざ小難しいことを言わなくても、表情や仕草でそれを伝えられるからです。
ポジティブってのはシンプルです。シンプルだからポジティブでいられるのかもしれません。快調、快便、問題なし!で終わりです。調子がいいものにいちいち言及する必要はありません。仮にポジティブな内容でこのnoteを書くとしたら、最近はどこどこに行って、誰とどういう話をして楽しかった、最高だった、ってこれくらいですよ。
クソつまんねぇーーーーっ!
小学生が宿題で書かされる絵日記でももう少し面白いですよ。
だから、基本的にはそのまま幸せに日々を過ごしていると、何にも書くことがなくなっちゃうんです。せいぜいインスタグラムのストーリーズで「私今最高!」っていうアピールでもしているくらいですかね笑。
ほんと、薄っぺらくてつまらないものしか生まれてこなくなります。
そもそも部屋にこもってPCの前でカタカタと文字なんて打ち込む気分ではなくなることが多いですし、(それでも課題や仕事ならなるべく取り掛かるようにはしますけど)心身ともにエネルギーに満ち溢れていたら、家になんかいないでさっさと出かけに行ってしまいます。思考も行動も、あんまり隠らなくなるんです。何か思考が生まれたら即放出です。饒舌な時にいちいち感情や思考なんて溜めていません。運動なんかと同じです。
だから思考の蓄積なんてものは全くありません。何なら気分のいい時は視野が広くなって好奇心も旺盛になり、視界に入ったものにあっちこっち目移りしてしまって気が散ってじっくり文章なんて書いていられません。
とにかくエネルギーのままに、流れに乗って身体を動かさなければ落ち着きませんから。
ちなみに今も書きながら結構気が散ってしまって、自分で自分が何を書いているのかわからなくなってきました。笑。私の書く文章は、長くて目次もなく、ただ気の向くままに文字として放出しているだけですから余計にです。
でも休み休み、書いています。
結局何が言いたいかというと、いつも書く内容は病みとか暗い内容が多いけど、それは文章という形でアウトプットしているからで、決していつも病んでいる人間ではない、という事が言いたかったんです。伝えたかったのはそれです。
たまたま自分の考えを長文で自由に綴ることができるnoteというメディアが、私の病みを表現するのに相性が良かった。それだけなんです。だから今は特に書きたい内容がないし、気も散りまくりでうまくまとまらないけれど、書いてみたよ。って話です。
さっきからずっと立ちながらこの文章を書いているのですが、そろそろ限界です。出歩いて動きまくりたくて仕方ありません。(ちなみにテンション爆上がりで頭がおかしくなっているわけではありません。しっかり8時間睡眠をとっていますし、自分を無敵とも思っていません。)
なので、今日はこの辺で。
またね!
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