飛田新地-オキニとの別れ
オキニとの別れは突然にやってくる。
僕は、いつものように、彼女のいる曜日・時間にお店に真っ直ぐ向かう。
彼女は、いっつも、かわいく、ちょこんと、座っている。
僕の顔を見た途端「あーっ!」と笑顔で喜んでくれる。
まるで、お年玉を沢山くれる親戚の叔父さんが来た女の子のような表情(笑)。
おばちゃんは、
「いっつもありがとう!」
と笑顔。
僕は「こんにちは。」と言い、親戚のお宅に上がるように、慣れた感じで、彼女と2階に上がる。
「元気だった? 風邪引かなった?
変わりない?」
いつも最初は同じ出だし。
彼女も、
「うん、うん、大丈夫だよ。
ちょっと髪切った。どう?」
こんな感じ。
「かわいい。」
僕が言うと、
「えっ、それだけぇ~。前と比べてどうよ?」
何気ない会話が楽しい。
僕は、座ると、当たり前のように、41,000円を彼女に渡す。一応、
「帰る時間とか、大丈夫だよね?」
と確認する。
彼女も、
「うん、うん、もちろん。ゆっくりしてって。
いつもありがとう。」
と優しい笑顔。慌てて部屋を出て、早く戻って来てくれる。
60分の夢の時間が始まる。
彼女が戻って来てからは、お話しタイム。
この前会ってからの近況、ご飯何食べた?
病気しなかった?
今日は大阪に泊り?
ヘアスタイル素敵!
など、何でもない会話を続ける。
僕が初めて彼女を見かけたのは、確か2年前。
(今考えたらゾッとするが)最初は通り過ぎたんだ。何週か廻って
「まぁ、今日はこの子かな。
ちょっと愛想なさそうだけどなぁ。」
と消極的に決めた。あまり期待せずに入った。
彼女は僕が初めて入るより半年前にもう飛田で働いていた。だから、慣れているはずなのだが、何か素人っぽい。脱ぐのもモジモジしていて、脱いだ後もあっけらかんとしていない。なんか、すごく彼女感があった。決して上手ではないけど、一生懸命やってくれる感じで、やはり彼女感満載だった。
僕はすぐにハマってしまった。それ以来、60分が定番。いったい何度入ったかな。単純に月1回だとすると、もう20回以上になるかな。
彼女は、飛び切りの美人というわけではないが、「田舎の学校で、学年一の可愛い子」
という感じだった。
一方で、僕は全くモテなかった。
彼女に会って、「青春時代の復讐」をやっと遂げたかのように、20年ぶりに青春を満喫していた。
「守ってあげたい!」
そんな感じの子だった。
もちろん、僕はもうアラフォー。彼女とは20近く離れている。
彼女と僕の関係もちゃんと分かっている。お金の関係だ。
外で会ってくれるわけでもないし、そんな事、冗談でも言ったことない。
彼女が僕のことを何とも思っていないのも知っている。
でも、彼女は、僕といる間、終わった後も、手を握っていてくれたり、僕の言動にも嫌な顔一つしたことがない。きっと僕のせいで「嫌だな」と感じだことは何度もあっただろうに、それを表情から確認したことは一度もなかった。僕は営業なので人の顔色とかはよく観察して察するほうだが、不思議なことに彼女からマイナスの表情を見たことは無かった。
僕がどんな話をしようと僕の目を見て、うんうんと頷きながら聞いてくれる。決してお話上手という子ではなかったが、がんばって会話のキャッチボールをしてくれた。
彼女は素人っぽいようで、プロフェッショナルだった。
でも、彼女にちょっとエッチな言葉を言わせようとしたら、ひどく困った顔はされたが・・・。最後まで、エッチな言葉、言ってくれなかったな。
一度、お店を訪れたとき、先客が居て、30分ほど別の部屋で待ったことがある。
僕は、その際、酷く嫉妬してしまったのを覚えている。
他の男と・・・。自分は近くでそれをただ待っている・・・。
男として正直な反応だと思う。自分をひどく責めることはしなかった。
彼女は頑張っているんだ、と自分に言い聞かせた。
でも、その後、彼女と遊んだとき、「僕が、一番好きだ」と言わせてしまった。
ちょっと自己嫌悪に陥ってしまった。
その後、僕は、この嫉妬というのもを乗り越えた。
彼女と僕の関係は、おそらく「会って話せるアイドル」と「一熱烈ファン」の関係が一番近い。今でいう「推し活」をしているようなものだ。彼女のファンは、もちろん他にもいる。
僕は、彼女にとって、お金を払ってくれる人、プラス、ちょっと「良いファン」、と思ってもらえるよう心がけた。一番でなくていい。
時には気を使い合い、でも、時には思わぬ話題で打ち解け合い、楽しかった。
彼女のプライベートについては、それとなく聞いた。出身や趣味や休日の過ごし方。それは演じているだけかもしれないし、本当かもしれない。
しかし、彼女がなぜ飛田で働いているのかは、最後まで分からなかった。
見た目からしても、話しからしても、雰囲気からしても、ホストにお金をつぎ込むタイプではない。それは100%断言できる。もしかして、凄く経済的に不幸な境遇なのか、あるいは、シングルマザーか。家族や友達と遊びに行った話もしているので、謎は深まるばかりだった。
僕は「お金貯めたら何するの?」とそれとなく聞いていたが、彼女の答えはいつも
「えー、決めてへんよ。お金溜まったら、
昼職しながら普通に生活するかなぁ。」
という感じ。
「なんか、お店開きたいとか、
海外に移住したいとか、ないの?」
と聞いても、
「んー、海外旅行は行きたいけどなぁ。
地元で普通の生活したいかな。」
だった。
僕は何度かアプローチを試みたが、彼女の真意はわからなかった。
僕は、いつものように60分間、彼女とおもいっきりイチャイチャを楽しんだ。やさしく、やさしく。彼女から手を握ってくれたり、お腹をつんつんしてくれたり。
初めの頃は、あまり見せてくれなかった部分も、
だんだん見せてくれるようになった。
そんなこともあって、僕はひどく興奮することもあった。
彼女は決して顔も体もエッチな感じではないが、なぜか、
僕はいつもひどく興奮した。多分、彼女の切ない表情だったと思う。
「あーっ、好きぃー。」
と何度も最後に言ってしまったことがあった。
彼女に飽きるなんてことは、かけらも感じたことがなかった。
お店を出る度に、今度はいつ来れるかなぁと、喫茶店で、予定帳と預金通帳(まぁ、実際にはスマホだけど)と睨めっこしたものだ。
さて、チャイムが鳴って帰ろうとしたとき、彼女が突然、
「〇〇さん、うち、今日で最後なん。」
とポツンと言った。
「えぇ、うそぉ。」
僕はこの時どんな顔をしてしまったか全く覚えていない。ひどく狼狽えた顔だったと思う。ちょっと部屋を出る際にパニくってしまった。
「えっ、うそぉ、もう辞めるの?」
「うん、地元帰る。今までありがとう。
ほんま楽しかったよ。」
「えっ、そんな・・・。
でも、そう、そっか。
あっ、ありがとう。楽しかった。
今まで。すごく。ほんと。」
僕は、小学生のような言葉しか出なかったが、何とか感謝を伝えることができた。
階段を降りるとき、僕は、
「ずっと大好きでした。ありがとう。」
と、ちゃんと言うことができた(この言葉が言えたことは、今でも自分を褒めたい。)。
「ありがとう。ありがとう。ほんまありがとう。
ごめんな、急で。」
彼女は申し訳なさそうだった。
「うっうん、突然だからびっくりしたけど。
今までほんとに楽しかった。
ほんとにありがとう。
体、気をつけて幸せになってね。」
僕は玄関で、何とか、彼女の卒業を笑顔でお祝いでき、お店から笑顔で去ることができた。
青春通りの東端の階段を上り、天王寺へと向かう坂で、僕はしゃがみこんで、声を出して泣いてしまった。ちょっと吐きそうになってしまった。
あまりに突然だったから。
彼女に突然振られるってこんな感じなんだなぁ、ともう一人の自分が冷静にコメントしていたのも覚えている。
彼女とは20回ほど(20時間ほど)会っただけの、お店の女の子とお客との関係。
でも、こんなに人のことを好きになったことは今までなかった。
間違いなく、自分の青春の、いや自分の人生の、一部を占める最高の思い出となった。
もう彼女にはラインはしない。彼女からもラインは来ない。それがよいと思った。
僕は立ち上がり、
「〇〇ちゃん、卒業おめでとう!」
と呟いて、天王寺まで涙を浮かべながらもしっかりと歩いた。
彼女の幸せを願い、
これまでの彼女と過ごせた幸せを噛み締め、
そして、彼女を心の奥にしまい、
僕は、また飛田で恋(推し活)をする。
もうこんな出会いはないかもしれない。
でも、また奇跡の出会いを期待して。