太宰治『冬の花火』太宰作品感想20/31
本作『冬の花火』は、太宰治の戯曲である。戯曲の意味を改めて確認したくて、調べてみるとこのように出て来た。
ふむ、小説とは違うことを無知な僕も理解する。本作が、小説らしからぬ雰囲気をまとっていたことも腑に落ちる。戯曲の意味も予めわかっていないような非文学部大学生がお送りする「太宰治作品感想シリーズ」も、今回で20作品目に突入した。よろしければ、最後までお付き合い頂きたい。
『冬の花火』は、数枝のこんな一言から始まる。
こんなことを書いたものだから、きっとGHQに戯曲の上演中止を命じられてしまったのだろう。しかし別に本作は、数枝の敗戦による諦観のみを主題としているのではない。ストーリー性もちゃんとある。数枝には、夫がいた。しかし南方の島に行ったまま、未帰還である。数枝の父(伝兵衛)の耳には、数枝の不倫話が舞い込んできていた。
小津安二郎の『東京物語』では、戦史した夫を想う紀子(原節子)が美しく描かれているが、本作の数枝は、死んだかどうかもわからない夫を既に死んだものとみなし、別の男と関係まで築いてしまっていた。
そんな会話をしている所へ、数枝の母である「あさ」と娘の「睦子」が返って来る。二人は買い物に出ていたのだが、敗戦後の当時の日本が深刻なモノ不足に悩まされていたことは統計を示すまでもなく、現代日本人も周知の事実であり、玩具業界も品不足を免れなかった。
この「線香花火」をいうワードで、題名とストーリーが繋がった方も多いだろう。あさは、出先で睦子に線香花火を買ってあげた。戦後間もない頃の冬の玩具屋には、線香花火が並んでいたようである。
僕にとって、玩具屋と言えばトイザらスだ。プラスチックの自動のバッティングセットを買ってもらったのも、今では懐かしい。1.2回使ったきり、あのバッティングセットはどこかへ消えてしまって、今の今まで忘れてしまっていた。トイザらスと言えば、日米構造協議を巡る議論において中心的に語られた玩具屋である。日本はアメリカに二度負けた。戦後、日本を護っていた貿易その他の諸制度は、アメリカの都合の良いように変えられてしまった。個別品目や為替などに範囲を限定したものに限らず、商習慣や流通構造などの国のあり方や文化にまで範囲を広げる交渉は、日米構造協議がはじめてであった。まあどんな歴史的背景があるにしても、トイザらスは僕の大切な思い出の場所であることに変わりはない。
話を作品に戻そう。数枝が二階の部屋に上がると、雨戸から村の男の金谷清蔵が入って来る。清蔵は、数枝が東京の女学校へ行く前から彼女に恋をしていて、かならず帰ってきたら一緒になるのだと考え、すべての縁談を断りながら、数枝を待っていた。モテる女というのは大変である。清蔵との会話のシーンでも、数枝は敗戦後の日本について冒頭と似たような発言を残している。
僕は、冬の花火の子孫のようである。
あさは清蔵が帰ったあと卒倒し、三日間も意識が戻らなかった。彼女はやがて胆嚢炎を煩い、衰弱して病床に臥すようになる。
明るく晴れたところのないのが本作の特徴である。夏の打ち上げ花火とは真反対の、冬の線香花火のように、読んでいて虚しさばかりがつのる。あさが数枝に、「あたしはお前を、世界で一ばん仕合せな子にしたかったのだけど、逆になってしまった。」なんて発言するところを読むと、なんだか本当にこの家族がが気の毒になってくる。そして本作はこの後、予想外な事実の判明と、考えさせられる最後の結末が待っている。でもこれを書いてしまっては、ネタバレにも程があると言われてしまいそうなのでやめておこう。ぜひ皆さま自身で、本作をご一読頂きたい。
冬の花火の無学な子孫が、ここまで一生懸命書きました🎇
もう11月。今年の日本にも冬が来ます⛄