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天空への階段──ウルクの塔【第三部】
実験的に創作したPM学習用コンテンツです。
前回のお話は第二部をご覧ください。
第8章 迫る脅威と決断
翌日、4人の調査隊は日の出とともに出発した。街の外れを抜け、乾いた大地を横断して川へと向かう道は、予想以上に厳しい。
「飲み水、節約しろよ! この炎天下だとすぐバテちまうからな!」
ウルサンが声を張り上げ、荷車を引くロバの足取りを気遣う。マサヤもタオル代わりの布で額の汗をぬぐいながら、地図と睨めっこしていた。
「ナディアの記録によれば、この先に川が蛇行している場所があって、そこで粘土が採れる可能性が高い……か」
しかし進むにつれ、小高い丘の裏手からうっすらと黒い煙が立ち上るのが見えた。キルギスが目を丸くする。
「なんだ、あれ。誰か焚き火でもしてるのか? それにしてはやけに煙が濃いような……」
嫌な予感を抱きつつも、目的地を急ぐ彼らは遠回りを余儀なくされた。辺りは荒涼とした土地が広がり、道なき道を行かねばならない。
川岸が近いと思われる場所に差し掛かったとき、突然、前方に複数の人影が現れた。ボロ布を纏い、粗末な武器を手にした男たちだ。
「おいおい、こんなところにお宝とは……見慣れない顔がいるじゃねぇか」
リーダー格の男が下卑た笑いを浮かべ、マサヤたちを取り囲むように仲間に合図する。
「盗賊……か!」
ウルサンは即座に身構え、手にしていた杖を構える。キルギスは咄嗟にナディアを背後に隠した。マサヤはいつもの冷静さを保とうとするが、胸の鼓動が速くなるのを抑えられない。
「物資を置いていけ。でなきゃ痛い目を見ることになるぞ」
男たちは獲物を狙う野獣のような目をしていた。手を出せばこちらに被害が出るかもしれないが、逃げれば目的の粘土採取ができなくなる。ここは譲れない場所だ。
「待ってくれ、俺たちは戦いが目的じゃない。もし……何か取り引きができるなら……」
マサヤは思いきって声を上げる。盗賊との交渉など初めての経験だが、相手の狙いは物資だけとは限らない。
「取り引きだと?」
リーダー格が怪訝そうに目を細める。
「もし粘土がここで採れるなら、少しばかり貢ぎ物として渡してもいい。こっちも急いでいるんだ。あなたたちの妨害を受けずに作業したい」
「ほう……それで、俺たちになんの得がある?」
そのとき、ウルサンが低い声で一喝した。
「これは街の命運がかかってる工事だ。下手に邪魔をすれば、あとで祭司長の軍隊が動くかもしれん。それに、俺たちもタダでやられはしないぞ」
盗賊たちは互いに顔を見合わせ、どこか冷や汗をかきながら視線を交わしている。数では盗賊が優勢に見えるが、ウルサンやキルギスの熟練した動きに威圧を感じたのかもしれない。
結果的に、ナディアの取り成しやマサヤの粘り強い説得が功を奏し、盗賊たちは「粘土の採掘を黙認し、代わりにわずかな物資や銀貨を手にする」という形で手打ちに応じる。
「……ククッ、まあいい。さっさと作業して、とっとと消えな。俺たちも、そう大事にするつもりはねぇよ」
何とか最悪の衝突は回避できた。
盗賊の一団が遠巻きに見張るなか、マサヤたちは川岸へ降り立ち、粘土の質を確かめる。ナディアが持参した古い文献の記述と照らし合わせると、粘土層は確かに豊富に存在しているようだ。
「すごい……ここの粘土は、建材に使えそうな粘り気を持ってる。それに量も十分ありそう!」
キルギスが目を輝かせる。ウルサンも「やったな、これで資材不足が解消できるかもな」とほっと胸を撫で下ろす。
だが、マサヤは一抹の不安を感じていた。盗賊が大人しくなったのはいいが、果たしてこれが今後も続くとは限らない。さらに、川が増水する恐れはないのか、運搬ルートの整備はどうするのか――課題は山積みだ。
そして何より、街の現場では工期が迫っている。もしこの粘土を採掘し、大量に運ぶとなれば、かなりの人員が必要だが、その分工事に投入できる人数が減るかもしれない。
「現代なら、輸送手段や機械を手配するんだけどな……ここじゃ、どうする?」
マサヤは自問自答する。そんな彼の横顔を、ナディアが心配そうにのぞき込む。
「大丈夫ですか? 少し顔色が良くないように見えますが……」
「……大丈夫。ちょっと、頭の中で色々考えてただけ。今は、この粘土を持ち帰って工事に活かす方法を優先しよう」
自分に言い聞かせるように言葉を発し、マサヤは立ち上がった。だが、その時、遠くの空に暗い雲が広がり始めているのに気づく。突発的な悪天候――この土地では珍しいことではないが、川辺で雨に降られれば増水の危険もある。
困難はまだまだ続く。
そう実感しながらも、マサヤは決意を新たに粘土のサンプルを荷車へ積み込む。これは、自分たちが「最大の試練」へと突き進む前触れに過ぎないかもしれない――。
第9章 変わり始めた現場と仲間の信頼
粘土のサンプルを積んだ荷車とともに、マサヤたち調査隊はようやく街へと戻ってきた。荒れ模様だった空は、幸いにも大雨をもたらすことなくやり過ごせたが、何度か小雨に降られ、皆ずぶ濡れで疲労もピークだ。
それでも、街に入った瞬間からウルサンやキルギスは「早くこの粘土を焼いて試してみよう!」と声を弾ませる。ナディアも古文書と照合して、「予想以上に良質な素材かもしれない」と興奮気味だ。
「……一時はどうなるかと思ったが、これで不足していた資材の糸口が見えたな」
マサヤは安堵のため息をつきながら、工事現場の方を見やる。まだジッグラトの最上段は未完成で、柱のように並んだ足場が積みあげられたままの状態だ。ここで手に入れた資材をどう活かすか、次のステップが重要になる。
だが、遠巻きに人々の様子を見渡すと、以前と比べ雰囲気が変わっていることに気づいた。なんと、工事現場が少しずつ整然と動いているのだ。
「分担表のおかげで混乱が減ったって、みんな言ってるぜ」
キルギスが目を輝かせて話す。作業員たちはお互いの役割を把握し、必要に応じてサポートし合いながら作業を進めるようになったらしい。
ウルサンが荷車を引いて休憩所まで運んだあと、集まってきた作業員が一斉に口々に言う。
「粘土が足りなくて焦ってたけど、あんたらが見つけてきてくれたんだな」
「それに仕事の進め方が、前よりずっとわかりやすくなったんだ。助かるよ」
見知らぬ世界で“よそ者扱い”だったマサヤに対し、人々が感謝の言葉を投げかけてくれる光景は新鮮だった。微妙な抵抗を示していた一部の作業員すら、「これなら本当にジッグラトが完成するかもしれない」と期待を寄せているようだ。
「……やってみるもんだな」
マサヤは心の中でつぶやく。現代のプロジェクトマネジメント手法を持ち込みながらも、この世界の人々に合わせて少しずつ工夫してきた結果が、こうして形になりつつある。
「ありがとう、ヤマシロさん」
ナディアは素直にその功績を称える。マサヤは少し照れたように視線をそらしつつ、「皆のおかげさ」と短く応じた。
だが、成功の兆しと仲間からの信頼という “報酬” を得た一方で、再び暗雲が立ち込める。祭司長の腹心カイリムが、どこからか「盗賊と密約を交わした」という噂を耳にし、マサヤたちを再度怪しんでいるのだ。
「奴ら、確かに粘土を手に入れてきたが……何か裏があるはずだ」
彼は密かに配下の男に指示を飛ばし、街の中で不信感を煽ろうとしているらしい。
その噂が徐々に広まりつつあることを、ナディアは耳にしていた。
「もし、祭司長様が誤解を抱いてしまったら……プロジェクトにとって致命的かもしれません。いまは何とか否定の材料を集めておいた方がいいでしょうね」
マサヤは首を横に振りながら、「とにかく作業を加速させて結果を出すしかないか」と腹を括る。成果を示せば、そこに文句のつけようはないはずだ――。
第10章 成果を示す時
翌日から、ジッグラトの現場は再び活気づいた。新たに確保した粘土を焼き固める工程は多少手間がかかるものの、若い作業員たちが率先して焚き火や窯を整備し、順調に生産量を増やしている。
ウルサンの監督のもと、安全面の補強も同時並行で進行中だ。足場には新たな支柱が設置され、落下事故のリスクはかなり減ったという報告が入る。
「段取りが整えば、こんなにスムーズに動くものなんだな……」
マサヤはふと、現代のオフィスで見たガントチャートを思い浮かべる。ここにはパソコンもなければソフトもないが、要は人々が共有できる “計画” をつくり、協力して遂行すればプロジェクトは回るということだ。
しかし、その勢いを削ぐように、ある知らせが飛び込む。
「カイリム様が、祭司長様を連れて現場に来られるそうです。例の“密約”のことを問い詰める意図があるとか……」
ほどなくして、祭司長とカイリムが何人もの衛兵を従えて姿を現した。金の装飾をあしらった衣装をまとい、周囲が平伏するなか、祭司長はジッグラトの足場を見回す。その眼差しには威厳があるが、どこか焦燥感もうかがえる。
「ほう……随分と進んでおるではないか。噂に聞く限りでは、資材不足で難航していると聞いていたが」
祭司長は低く唸り、ちらりとマサヤの方を向く。
「あなたが、この工事を仕切っているという“よそ者”か。カイリムから、いろいろと聞いておるぞ……」
言葉の裏にどんな真意があるのか、マサヤには読み切れない。カイリムが「盗賊と結託している可能性がある」と吹き込んでいるのかもしれない。
周囲の作業員が息をのむ中、ナディアが一歩前に出た。
「祭司長様、どうかお耳をお貸しください。新たな粘土の採掘先を発見できたのは、この方のおかげです。それに、今の分担体制も――」
しかしカイリムは、ナディアの言葉を遮るように手を振った。
「その粘土が盗賊から譲り受けたものかもしれませんぞ。祭司長様、信用に値しないのではありませんか?」
その一言に、作業員たちの中にも戸惑いの声が広がる。絶妙なタイミングで疑念をぶつけられ、雰囲気が一気に張り詰める。
マサヤは緊張で喉がカラカラだったが、あえて落ち着いた声を出すように努めた。
「盗賊との一悶着はありましたが、あくまで僕たちは襲われそうになったところを話し合いで回避しただけです。街の人々が危険に晒されないようにするのも、工事を成功させるために必要な手段でした。祭司長様、この粘土で実際にレンガを焼き、塔の仕上げに使っているところを見てください」
そう言って、付近の作業員が積み上げた出来立てのレンガ数枚を差し出す。新品にもかかわらず、強度と耐久性が高そうな質感を誇っていた。
「ここまで仕上がった段階を見ていただければ、私たちが成果を出していることはおわかりいただけると思います」
ウルサンやキルギスも後ろから静かに頷き、職人の経験に裏打ちされた実感を付け加える。
祭司長はレンガを手に取り、まじまじと眺めた。その目には驚きと関心の色が浮かぶ。カイリムが「しかし……!」と弁明しようとするが、祭司長は軽く手で制止した。
「確かにこれは……悪くない。あとはこれを使って仕上げを急ぐだけということか?」
「はい。もうしばらくすれば、最上段の整備に着手できます。もし祭司長様が許してくださるのであれば、ぜひ見守っていただければと思います」
恭しく頭を下げるマサヤの姿に、周囲の作業員から小さな拍手が湧き起こる。疑念の目を向けていた者たちも、完成を目前にしたプロジェクトへの期待が高まっているようだ。
こうして、祭司長の視察はひとまず無事に通過した。決定的な“疑惑”を向けられずに済んだことで、街の空気は再び前向きさを取り戻す。
ナディアは安堵した表情でマサヤに近づき、「やりましたね」とささやいた。
「これで、完成に一歩近づきました。しかし、完成したらあなたは……」
ナディアの言葉に、マサヤは少し考え込む。帰る方法がわからず模索しているのは変わらないが、このプロジェクトを投げ出して去るわけにはいかない。
「――とにかく、まずはジッグラトを完成させなきゃ。そこから先のことは、またその時に考えるよ」
実際に現代へ戻る術を探るにも、祭司長との対話が必要かもしれない。あるいは、この世界で果たすべき役目がまだ残っているのかもしれない――。
“帰路” という言葉が頭をよぎるが、彼の心はまだ、ジッグラトへと向かう日々の中にあった。次なる試練は、最終段を完成させる工事。そしていつ訪れるかわからない天候の急変や、カイリムのさらなる妨害。
だが、彼には今、協力し合える仲間がいる。そう思うと、現代で一人で奮闘していたころよりも、ずっと心強さを感じていた。
大きな山はもう目の前。
そう確信しながら、マサヤはジッグラトの上階で作業員が手を振っているのに気づき、軽く手を振り返すのだった。
(第四部へつづく)
ショートケース「資材不足と迫る期日、異世界のPMに求められる判断力」
以下のショートケースを読んで、次の問いに答えてみてください。
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