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天空への階段──ウルクの塔【第一部】

実験的に創作したPM学習用コンテンツです。
第一部から第四部の4つの構成になっています。



はじめに

 本書は、現代のビジネス社会で日々奮闘していた一人のプロジェクトマネジャーが、不思議な経緯で古代の建設現場へと迷い込む――という物語を通じて、プロジェクトマネジメントやチームワークの大切さをドラマチックに描いたフィクションです。

 舞台となるのは、古代メソポタミア風の世界にそびえる巨大なジッグラト(階段状の建築)。この壮大なプロジェクトに、現代の知識を持ち込んだ主人公と、個性豊かな仲間たちが挑みます。日々の仕事や人間関係に悩む読者の皆様にも、どこか身近なテーマを感じていただけるかもしれません。

 歴史的事実をベースにしつつも、本書の物語はあくまでフィクションとして自由な発想で描かれています。どのように巨大建築が完成へ向かい、主人公が自分なりの答えを見つけていくのか。楽しんで読みながら、ひとつでも新しい発見や学びがあれば幸いです。


第1章 降り積もる残業

 ビルの谷間に沈む夕日が、オフィス街の窓ガラスを黄金色に染めていた。

 最上階近くにある会議室では、山積みの書類の前に、一人のプロジェクトマネジャー山城(ヤマシロ)マサヤが座り込んでいた。

 「……まだレビュー項目がこれだけ残っているのか。納期は明後日だっていうのに……」

 モニターに映し出されたガントチャートを凝視し、マサヤはデスクにこぼれ落ちたコンビニコーヒーの紙カップをふと見やった。既にぬるくなっている。

 社内チャットにはチームメンバーから「もう限界です……」「調整お願いできますか?」と切実なメッセージがいくつも届いているが、彼はリアクションを返す余裕さえなかった。

マサヤ

 ガラス越しに見える夜景が濃くなっていく。書類を抱えた若い社員が、ソファでうたた寝しているのを見て、マサヤはわずかに胸を痛めた。

 しかし仕事柄、どうしても「スケジュールを守らねば」という思いが先に立つ。

 「あとは……あと少しだ。プロジェクトを完遂するには、多少の無理は仕方ない」

 疲労で声が掠れていたが、彼は自分に言い聞かせるように呟いた。

 周囲から「冷徹だ」「仕事人間だ」と見られていることは薄々わかっていた。ただ、結果を出すためにはやむを得ない――そう考えるのがマサヤのやり方だった。


 やがて午前3時を回り、デスクライトだけが浮かび上がる。

 「もう少し……あと少しだから……」

 机に伏せたまま、マサヤは薄れゆく意識のなかで、次の作業手順を組み立てていた。眠気と疲労、そして焦燥感が一気に押し寄せる。

 「明日こそクライアントに……」

 彼の視界がふっと暗転した。


第2章 未知なる大地

 遠くから聞こえる、土や石を叩く音。砂混じりの風。

 「……ここは、どこだ?」

 目を開けると、見慣れない日差しと荒涼とした大地が広がっている。辺りには石積みの建物らしきものがまばらに立ち、遠くにそびえ立つ巨大な階段状の建造物が見えた。

 真昼の太陽が容赦なく照りつける。西洋風でも東洋風でもない、不思議な服をまとった人々が慌ただしく歩き回っていた。


 戸惑うマサヤの前を、屈強な男性が通り過ぎていく。彼はマサヤのスーツ姿をじろじろと見て、眉をひそめた。

 「変わった恰好だな……どこかの異国から来たのか?」

 言葉は聞き慣れない響きなのに、不思議と理解できる。マサヤは混乱しつつも、何とか言葉を返そうとした。


 「まさか、異世界?」

 マサヤはくるりと周囲を見渡しながら、必死に思考をめぐらせる。ビルも車もスマートフォンもない。あるのは硬い土埃の道と、石作りの建物だけ。

 そして目を奪うのは、遠くにそびえる巨大建築――階段のように段を重ねた塔だ。

 同じく戸惑っている様子の少女が通りかかり、マサヤに声をかける。

 「もし……あなたも、この街で働き手を探しているの? 今、あのジッグラトの建設は急ピッチなの」

 その少女によれば、あの塔は15年以上かけて築かれてきた壮大な建築らしい。

 「だけど今、何かがあって仕上げを急いでいるって。祭司長たちは連日『早く完成させねば、神の怒りを買う』って……」

 彼女の話に、マサヤは半ば呆然としつつも興味を抱いた。なぜ、長期プロジェクトのラストスパートが急に訪れたのか? そしてここは本当にどこなのか? 頭の中が混乱し、仕事中に見ていた夢か幻のようにも感じる。


 「……戻る方法を探さなければ」

 マサヤは少女に礼を言い、とにかく中心街らしき方向へ歩き始める。

 道すがら、レンガや石を運ぶ労働者が行き交い、汗を流している。掛け声や怒号、倒れかける荷馬車を支える人々……そこには混乱した現場の姿があった。

 「工程管理が完全に崩れているように見える……」

 気がつくと、マサヤは無意識のうちに“PM目線”で状況を分析していた。彼の頭には「スケジュール」「タスク分解」「リスク管理」といった言葉が浮かんでくる。

 そして、ある場所で足を止める。ジッグラトの材料庫らしき一角だ。

 積み上げられたレンガや木材が雑然としている。何がどこにいくつ必要なのか、誰が管理しているのか……まるで秩序がない。

 「もし俺がこの建設を仕切ったら……いや、まて、ここは夢の中かもしれないんだ。でも……」

 マサヤの胸に、これまで味わったことのない奇妙な高揚感が芽生えた。まるでプロジェクトが呼んでいるかのような――。


 そんな彼の様子を、少し離れた場所から鋭い視線で見つめる男がいた。

 がっしりとした体躯に、高級そうな装飾のついた布をまとい、周囲の者たちに指示を飛ばしている。

 「やけに外見の違う奴だな……ここ数日で現場を混乱させるわけにはいかんぞ」

 男は小声で言い放つと、祭司長の側近らしき人物と目配せし合っていた。

 やがてマサヤは、塔の近くへと足を踏み入れる。振り返ると、すでに彼の背後には大勢の労働者の視線が注がれていた。異世界の土の匂いと、じりじりと焼けつく太陽の下――まるで大舞台の幕が上がったかのように感じられた。

 「ここが現実か、幻想かはわからないけど……何かが始まる気がする」

 そう呟き、マサヤは汗を拭うと、思い切ってジッグラトの土台へと歩みを進めた。


第3章 厳しい視線

 ジッグラトの土台近くに足を踏み入れたマサヤは、突如として鋭い声を浴びせられた。

 「勝手に入るな! この場所は祭司長様の許可がなければ……」

 叱責するように言葉を放ったのは、厳つい面構えの男。背後には、複数の屈強な作業員らしき者たちが警戒の目を向けている。

 「す、すみません。よくわからなくて……」

 マサヤは状況を説明しようとするが、彼らは不審者でも見るような態度を崩さない。

 「そんなみすぼらしい格好で、何者だ? 泥棒か、あるいはどこかの国からの密偵か?」

 男は露骨に睨みつけ、周囲の作業員も手を止めてマサヤを取り囲み始める。

 「ちょっと待ってくれ。俺は……」

 言葉に詰まりながらも、マサヤは必死に考えた。ここで下手に抵抗すれば、トラブルに巻き込まれるだけだ。何より、自分が異世界に迷い込んだなどと説明しても相手が信じるわけがない。


 さらに追い打ちをかけるように、先ほど遠巻きに見ていた男が近づいてきた。

 装飾の多い布をまとい、権力者然とした態度。彼こそが祭司長の腹心だろうか――そんな予感が走る。

 「……何やら不審な者が紛れ込んだようだな。名前は?」

 「ヤマシロ……マサヤ……です」

 相手の鋭い眼光はまるで本心をえぐり出すかのよう。マサヤは身を竦ませながらも、どうにか名乗った。

 「ジッグラトの最終工程は、祭司長様の厳命で早期完了が求められている。邪魔をするつもりならば、容赦はしないぞ」

 明らかに排他的な態度に、マサヤの心は萎縮した。しかし同時に――「こんな世界に長居をするつもりはない」と強い思いも湧き上がる。

 「すぐに帰る方法を探して……ここから抜け出さないと。俺には、あのプロジェクトが……いや、現実世界の仕事が……」

 そんな焦燥と戸惑いが、彼の表情に浮かび上がった。


 結局、その場では身分不明の怪しい男として扱われ、仮の滞在先として工事現場の片隅にある倉庫兼休憩所に「厳重監視」の名目で押し込められてしまう。

 「……どうして、こんなことに」

 埃だらけの床に腰を下ろし、マサヤは頭を抱えた。過労で倒れたはずが、気づけば古代風の世界。しかも理由もわからず、今度は謎の建設プロジェクトに巻き込まれそうになっている。

 「現実逃避だ、これはきっと悪い夢だ……」

 そう呟きながら、内心では妙なリアリティを感じる自分に気づいていた。地面の質感、肌を刺す日差し、遠くで聞こえる人々のざわめき――どれも夢にしてはあまりに生々しい。

 扉の隙間から作業員がちらちらと覗き込み、値踏みするようにヒソヒソ話をしている声が聞こえる。

 「見ろよ、あの青白い顔の男。全然力仕事できなさそうだぜ」

 「祭司長様に睨まれても知らんぞ。早く出て行ってくれりゃいいのに」

 その言葉を耳にし、マサヤは唇を噛んだ。誰かに助けを求められるわけでもない状況に、心細さが募る。


第4章 導く者

 夕刻、空が赤く染まる頃。倉庫の扉がそっと開き、一人の女性が入ってきた。

 白い布をゆるくまとい、肩までの黒髪を飾り気なく下ろしている。長身だが穏やかな雰囲気を湛えており、マサヤがこの世界で出会った人々の中では珍しく柔和な印象だった。

 「あなたが……ヤマシロさん、ですか?」

 まるで昔からの知り合いに話しかけるかのような優しい声。彼女は手にしていた分厚い書物をそっと抱え直し、マサヤと目を合わせる。

 「ええ。そうですけど……あなたは?」

 「ナディアといいます。祭司長様の下で記録や文献を扱うことを任されています」

 そして、声を潜めて付け加えた。

 「実は、先ほどあなたに厳しい態度を取ったカイリム様――あの人のやり方に、私も疑問を感じているんです。あなたにお力になれることがあればと思って……」

ナディア

 ナディアはマサヤが置かれた状況を手短に説明した。

 ――長年かかってきたジッグラト建設が、突如として早期完成を命じられた理由。

 ――祭司長とその腹心であるカイリムの思惑。

 ――完成が間に合わなければ「神の怒り」だと恐れられているが、工期を短縮しようとして現場は混乱と疲弊がひどい。

 「……なるほど。だから人手不足で、よそ者にも目が向いたわけか」

 マサヤは呟きながら、頭の中で「もし現代のプロジェクトマネジメント手法を持ち込めれば、この混乱は……」と一瞬考えた。しかし同時に、「いや、俺は帰りたいんだ」と自制する。

 そんな彼の表情を見て、ナディアは静かに口を開く。

 「この世界で暮らすのは嫌ですか?」

 「正直、嫌というか……早く元の場所に戻りたい。俺にはやるべき仕事が――」

 「もし帰る方法が見つかるまで、この街で安全に過ごせたほうがいいでしょう? あなたの力を生かせる場は、ここしかないかもしれないわ」

 その言葉に、マサヤは思わず言い返せなかった。彼女の声には優しさと同時に、どこか芯の強さが感じられる。


 「ここで傍観者のままでいるより……動いたほうが、まだ可能性があるだろうか」

 自問自答するマサヤに、ナディアは微笑みかける。

 「私も、神話や古い記録に精通しているとはいえ、実際に工事を動かす知識はありません。でも、あなたにはそれができるかもしれない。祭司長に直接請うより、まずは工事現場の人々から信頼を得るのが早いと思います」

 「信頼、か……」

 マサヤは現代のオフィスでの光景を思い浮かべる。ほぼ独断で進めたプロジェクト、疲れ切った部下たち。自分はこれまで「人の気持ち」をどれだけ考えてきただろう。

 しかし、この異世界で生きていくためには、チームワークや説得が必要なのは明らかだ。


 「わかりました。とりあえず、あなたの提案に乗ってみよう。いまのところ、他に選択肢もなさそうだし……」

 そう言ったマサヤの声には、わずかな迷いと、同時に新しい挑戦へ踏み出す期待感がにじんでいた。

 「私にできることがあれば、何でも協力します。まずは、現場をよく知ることですね」

 ナディアはそう言って、ふわりと微笑んだ。

 続けて、彼女は倉庫の隅からシンプルなローブを取り出してマサヤに差し出す。

 「あなたのその服、あまりにも目立ちすぎますから。とりあえず、街になじむ服装を。ね?」

 確かに、スーツ姿のままではこの世界では異様だろう。マサヤは若干恥ずかしそうな表情でローブに袖を通し、ネクタイを外した。

 「……よし、これで少しは溶け込める……はず?」

 どこか不安そうな顔をするマサヤと、それを励ますように笑顔を向けるナディア。こうして、二人の奇妙な「協力関係」が始まろうとしていた――。

(第二部へつづく)


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