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天空への階段──ウルクの塔【第四部】
実験的に創作したPM学習用コンテンツです。
前回のお話は第三部をご覧ください。
第11章 嵐の夜、最後の攻防
完成まであとわずか――そう思われた矢先、異様なほど重たい雲が街を覆い始めた。空気が湿り、風が急に強まる。
「まずい……この感じ、嵐が来るぞ!」
ウルサンが足場の上から声を張り上げ、作業員たちに避難を呼びかける。最終段の工事を進めるために高所で作業していた人々が、慌てて下に降り始める。
マサヤもナディアやキルギスと共に建設現場を走り回り、足場や資材を固定するよう指示を飛ばす。すでに風は唸り声を上げ、雨粒が鋭く頬を打つほどの勢いだ。
「まずは安全第一! 続けられそうにない作業は、中断して降りてくれ!」
しかし、頂上付近では一部のレンガがまだ固定されておらず、放置すれば崩れ落ちる危険がある。ウルサンと少数の熟練作業員が踏みとどまり、補強を試みていた。
「こんな嵐の中で作業するなんて……本当ならやめるべきだけど、これが崩れりゃまたやり直しだ。どうすれば……」
マサヤは判断を迫られ、歯を食いしばる。ここで放置すれば、せっかく積み上げた部分が一気に瓦解するかもしれない。しかし、人的被害が出るリスクも高い。
作業員たちの多くは安全な場所へと避難を始めていたが、逆に少数は自ら踏みとどまる道を選んでいた。
「俺も残るぜ! ここを守らないと、また作り直しなんて耐えられねえ!」
「だけど危険すぎるぞ……!」
煮え切らないマサヤに、ウルサンが声をかける。
「あんたが作ってくれた工程や分担のおかげで、みんなはここまで走ってこれた。だが最後の仕上げは、あんたと俺たち“現場”が力を合わせるしかない。どうする? 決めるのはあんただ」
嵐の中、雨に打たれながら、マサヤはこれまでの現場の努力や仲間の声を脳裏に描く。過去の自分なら、理屈だけで「危険だから中断すべき」と突き放したかもしれない。けれど今は、皆が高め合いながら進めてきたプロジェクトだ。
「……わかった。安全確保を最優先しつつ、頂上の補強作業を最小限の人数で行おう。風が止む気配はないから、時間を決めて退避も視野に入れる。みんなで生きてここを乗り切るんだ!」
その言葉に、ウルサンとキルギスが力強く頷き、周囲の作業員たちも即座に動き出す。ナディアは下で避難誘導をしながら、必要な道具を次々に届ける。
風雨がさらに激しくなる中、頂上付近ではマサヤもウルサンと一緒にレンガを押さえ、麻ロープで仮固定を試みていた。キルギスは下から材料を送り上げ、最適な位置関係を計算しながら補助する。
幾度も足を滑らせそうになりながら、何とか大きな破損を防ぎ続ける。やがて、限界を超えそうなほどの豪雨と突風が一気に吹き付けた。
「くっ……!」
思わず体が浮きそうになるほどの風圧に、マサヤたちは必死でしがみつく。さらに、突風で足場の一部が折れかけ、キルギスが転落しそうになる。
「キルギスッ!」
とっさにウルサンが腕を掴んで引き戻し、事なきを得る。心臓が凍りつくような一瞬だったが、何とか耐えきった。
雨と泥にまみれながらも、皆の努力で最上段は崩壊を免れ、形を保ち続ける。30分ほど嵐のピークを凌いだころ、雲がわずかに切れ、風が弱まったのを感じた。
「……助かった、のか?」
夜明けに近い灰色の空が少しずつ明るみを帯び始め、雨脚が落ち着いていく。マサヤはほっと息をつくと、ウルサンと顔を見合わせ、無言のまま互いをねぎらい合った。
やがて夜が完全に明ける頃には、空は嘘のように澄んだ青空になり始める。頂上から見下ろす街には、嵐の名残を示す水溜まりが点在しているものの、大破壊には至らなかったようだ。
「……すげぇ、ジッグラトは倒れちゃいないぞ」
キルギスが感嘆の声を漏らす。足元には、完成直前の最上段が確かに存在している。微調整は必要だが、どこか力強さを感じさせる姿だ。
ウルサンも肩で息をしながら、どこか誇らしげに呟く。
「これが……俺たちの仕事の “証” だ。よくぞここまで来たもんだ」
まるで “復活” を象徴するかのように、朝日が塔の上端に差し込み、雨上がりの雫がきらきらと輝く。隣でナディアは、押し寄せる安堵感に目頭を熱くしていた。
そして、ふと見上げたマサヤは――
「……やっぱり、このチームの力は大きいんだ。俺一人じゃ絶対に成し得なかった」
そんな思いを胸に、無意識に笑みを浮かべる。自分が異世界に来た意味が、少しだけわかった気がした。
第12章 頂への到達と新たなる一歩
嵐が去って数日後、いよいよ最上段の装飾と仕上げが施され、ジッグラトは “完成” を迎えた。街の人々が歓喜に沸き立ち、祭司長も盛大な祝典を取り行うと布告する。
「長かった工事も、ついに終わりだ。いや、これからが街の繁栄の始まりかもしれないな」
ウルサンの言葉に、周囲の作業員たちも笑い合い、キルギスは踊り出さんばかりの勢いで祝福の言葉を叫んでいる。
マサヤは人混みを避けるようにして、そっと完成したジッグラトの側面に触れた。段々に積み重なったレンガの一つひとつが、汗と努力の結晶として胸に迫る。
ナディアが静かに近づき、その様子を見守る。
「本当に、おめでとうございます。あなたの知識と、この街の人たちの技術や思いが合わさって、ようやく完成しましたね」
「……ありがとう。みんながいなければ、ここまで来られなかったよ」
祝賀の賑わいをよそに、マサヤは心中で迷いを抱えていた。もとの世界に戻る方法は依然として見つからない。しかし、もしかすると祭司長に頼めば、神々や古代の術を用いて何らかの道が開けるかもしれない。
ただ、この世界でやるべきことはまだあるのでは、という思いもある。ジッグラトを完成させただけでは、街の未来が保証されるわけではないし、せっかく築いた仲間との関係を断ち切るのも寂しい。
「どうする、俺……」
考え込むマサヤに、ナディアは優しく声をかけた。
「今すぐ結論を出す必要はないんじゃないでしょうか。あなたがこの世界にもたらした “プロジェクトの知識” は、これからもきっと役に立ちます。あるいは、別の場所で同じように苦しんでいる人々を救うかもしれない……」
そう言うと、彼女は祭司長との会談を手配する準備を始める。マサヤが戻る方法を探すにしても、この街で新たな挑戦をするにしても、まずは区切りとして祭司長に完成の報告をし、次なる道を模索する必要があるだろう。
ジッグラト完成を祝う盛大な祭りの夜。松明の光が段々を照らし、街中から太鼓の音や踊りの輪が湧き上がる。空には満天の星が瞬き、マサヤは塔の上から街の風景を見渡していた。
「なんて綺麗なんだ……」
汗と埃にまみれながら築いてきたこの塔。かつては異世界に放り込まれた理不尽さに戸惑うばかりだったが、今は胸の中に心地よい達成感が広がる。
――現代に戻ったら、こんな風にチームで喜び合うことなんてあっただろうか。むしろ一人で背負い込み、冷静さという名の孤独に囲まれていた気がする。
「俺はこの世界で、人と協働する本当の意味を知ったのかもしれない」
マサヤは微笑みながら、星空を見上げる。すでに祭りの喧騒は地上から大きなうねりとなって聞こえてくる。光と歓声に包まれた街は、確かに “復活” したのだ。
これでプロジェクトは終わった。だが、この物語が本当に終わるのかは、まだわからない。
祭司長との会談がどう転ぶのか、カイリムとのわだかまりは解消されるのか。さらなる建設や、街の外にある未知のプロジェクトが待ち受けているかもしれない。
けれど今はただ、ここで出会った人々との成功を素直に分かち合いたい。そう思い、マサヤは笑顔で祭りの輪へと降りていく。
彼の新しい旅路は、まだ始まったばかり――。
おわりに
長年にわたって築かれてきたジッグラトの最後の工程を、現代から迷い込んだ主人公が支える――という不思議な設定で物語を描いてきました。新旧の知識や技術が交わるからこそ生まれるトラブルや、逆に飛躍的な進歩。そこには、私たちが日常の仕事や生活で直面する問題と通じる部分が多々あるのではないでしょうか。
大きな目標へ向けての計画、チームで協力し合う難しさと素晴らしさ、そして最終的に得られる達成感。物語のクライマックスに登場した嵐のように、思いがけないトラブルがあっても、一人ひとりが力を合わせれば道は開ける――そんなメッセージを感じ取っていただけたら嬉しく思います。
本書は、歴史的ロマンとプロジェクトマネジメントの要素を掛け合わせたエンターテインメントです。完結を迎えた今も、主人公や仲間たちの新たな挑戦が続くかもしれません。その先を想像しながら、ここまで読んでくださった皆様に心より感謝申し上げます。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
ショートケース「嵐の中の決断:異世界プロジェクトで問われるマネジャーの選択」
以下のショートケースを読んで、次の問いに答えてみてください。
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