歩山録 読んだ
こんばんは。
残念すぎるタイミングで高熱を出し、12/30からまだ酒も飲めていない。
1/2になって朦朧とした意識から少しだけ回復してきたころ、ずっと読みたかった歩山録がそういえば既に配達されていたことを思い出した。
ネタバレとも言えない個人的感想
熱は上下しつつも微熱には落ち着いてきたが、歩山録が面白すぎて一気読みした。
「ボーはおそれている」に続いて『高熱時の悪夢』的などこか懐かしさのあるナラティブになっていて、「ありえないんだけど分かる」の連続。
ラストまで行ってから、「うおーまた上出さんにしてやられた(嬉)」と悔しがり、一体どこからやられていたのかと綿密に読み直したりした。
思い返すたびに新しい伏線回収に気づく(もしくは気のせいかもしれない)ので、パラパラと書かせてほしいと思う。
道
主人公山田は今まで人生の道を外したことがなく、それが周囲の人たちのおかげだったりするが、本人はそれが窮屈になり「会社を休める限度」の1週間でのトレイルを計画する。YouTubeなどを見て綿密に準備し、他の「よくある登山服」を着た登山者たちを見下しながら山に入る。
結果壮大に道を踏み外して行くが、自分が道を本当に欲していると気づいた時には「ほらね、戻れなくなっちゃったじゃん」ということになっている。
知らないうちに分岐点を過ぎていた、ということは往々にしてある。
虫
地面が蠢いているのに気づいて右足を持ち上げると、そこは地獄だった。(虫の惨状の描写がすごい)
騒ぐとクマに見つかるから騒ぐな、と博士は言って、予め平らな石で虫を潰し、山田をその石の上に乗せる。
「自分の手は汚さず、人の作り出した死の恩恵は平気で受ける、これ人間」という博士の言葉で、そういえば道を作るということも同様の事かもしれないと思った。
また、ある朝大量発生したキシャヤスデに当惑した山田が、これまでそんな記録は見たことがないと思いあぐねたあげく、こんな醜い節足動物の大群など誰も記録したいなどと思わないからだ、と結論づける。調べて入手できる情報のみがリアルではないことに気づく場面は、これまで(きっと)何百回ものトレールを経てきた著者上出さんの実体験だろう。
少年
山田の人生は、周囲の人たちに守られ、迎合しているともいえるやり方でまっすぐな道を進んできた。
ただ一つ、何にも自分の意見を持たなかった。
少年に目が無かったのは、自分の無い山田自身を投影したものであり、山田が少年に感じた醜さ、もどかしさ、苛立ち、最終的には命を差し出して救おうとするほどの愛情は、山田が自分自身に向けたものではなかっただろうか。
旧友
学生時代、勉強だけの奴と思われたくなくてクラスで流行っていた万引きの計画を暴露すると、「山田はそんなことやっちゃダメだよ」と泣きそうな顔で怒ってくれた旧友を、白骨化した状態で見つけた。
ただ彼は6年前に亡くなっていることが明らかであり、その死因が自分にあるのではないかと山田は考えていた。
彼は父親の自殺により不登校となり、マルチ商法の会社に就職したので、山田は会う機会を減らしていた。いよいよマスコミに取り上げられ、自分も勧誘されそうになった段階で山田が旧友の不正を指摘する時、「まちがっていない」正論をかつて自分が受けた指摘のように投げ返した。その3日後、彼は死んだ。
あんなに立派な言動を取っていた彼が、どんどんを道を踏み外して行くことに憐れみを感じていたこと、道を外していない(と自負する)山田が世間的な正論を彼に叩きつけたことの加害者意識が、無いはずの遺体を形成したのだろう。
山荘
出てくる山荘全てが、心の底から欲してたどり着くオアシスとしての存在として描かれている。
特に食事の描写が本当に美味しそうで、さすがハイパーハードボイルドグルメリポートおよびニューヨーク御馳走帖製作者、と感嘆するが、Googleマップで実際の写真を見てもほぼ同じメニューなのでびっくりする。
最後に立ち寄った金峰山小屋で小屋番に今回の体験について全てを話すが小屋番は驚かず、少年を見たと教えてくれる。
翌朝ご来光を見て戻ってきた山田は小屋番の歌を心地よく聴き入っているが、調べてみるとこれがレクイエムだということが分かり驚いた。
スーパーサイケデリックマウンテンノベル
何だかんだ盛大にネタバレしてしまったが、博士と両親については伏せておきたい。
この本や上出さんの次作『あり得ない仕事術』に通底したメッセージとは、正義とは何かということと、よほど気を付けて進まないと舐めた瞬間に負けが決まるということであると思う。
たまにレビューに「登山家としてはやっちゃいけないことやってる」だのあるが、上出さんはそんなこと百も承知なのだ。そりゃそうですよ、だから負けは決まってたんです、くらいのことだ。
これからも好きなトレールをしながら、色々な媒体で発信してくれるのを楽しみに応援してます。
お休みのところ、失礼いたしました。