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禅宗の暮らしから得るヒント:ルーティン化することで暮らしを楽に、楽しく。


書いて自分の暮らしを見直してみたいと思います

 かつて私は、診察のたびに喋りまくるので、昔の神経症、あるいは双極性障害の躁状態と診断されていました。この喋りまくること、ADHD の特徴でもあるそうなので、今はそのように理解していました。加えて短眠対策、親からされたことへの怒りを抑えるため、パワハラの癒しで「誤った自己治療」として毎日の大量飲酒を行なっていたところ、問題飲酒者・アルコール依存症になりました。
 精神科とのお付き合いはもう二十年を超えますが、ちゃんと医療に繋がったこと、それは入院でしたが、それをきっかけに、「神経質症」の森田療法と、自助グループのアルコホリクス・アノニマスと出会い、さらに森田療法のヒントになったという禅宗、オックスフォード・グループというキリスト教のグループ、といった宗教に行かずに、道元とスピノザに辿り着きました。
 一時は毎日坐禅を組み、雲水さんの生活を手本に暮らす、ということを続けていましたが、それでも結局良くならず、「うつ」と非定型発達と診断されて今に至ります。
 とはいえ、この経緯が今の暮らしのきっかけになっており、「うつ」でずっと寝たきりになっている時以外はそうしようと心がけていますので、note に書いて、暮らし方を見直してみたいと思います。

雲水の生活で得られること

 禅宗の修行僧、雲水さんの日常は、時間ごとに決まった、それぞれ作法が厳密に決められている多くの仕事で過ぎて行きます。毎日毎日、早朝から大変そうに見えます。
 しかしこのような雲水さんの生活によって一日の多くの作業が身体に覚え込まされ自動化し、それによって得られるのは、頭を使わなくても多くの作業が進んでいき、このために他のことに使う頭のスペースが増え、それによって頭の疲労が大幅に軽減できるのだそうです。
 曹洞宗のお寺の住職であるネルケ無方禅師は、西洋の宗教と比して、仏教は静の宗教、こころの穏やかさの宗教だと言います。毎日のお仕事がルーティン化をもたらし、頭にスペースができることが源泉なのかもしれません。
 気持ちよく坐禅をするための暮らしをする。日本の曹洞宗の開祖、道元のことばです。雲水さんたちは毎日午前(早朝)と午後の二度、坐禅をします。道元禅師は行住坐臥のすべてが禅である、とおっしゃいましたが、きっと雲水さんのように暮らせれば、坐禅を気持ちよくできるに違いありません。

朝、一日の予定を書き出す・Todo を小分け

 起床してまずすることは、エスプレッソをダブルにしたような濃いカフェ・ラテを飲みます。短眠ですが、一応願掛けで、午前中以外カフェインの入った飲み物を飲まないことにしています。
 そして、これを書きながら思い出したのですが、一日の予定を書き出すことにしていたのでした苦笑。
 ToDo を書く時は、一つのタスクを小分けするようにします。これもやってませんでした苦笑
 鬱で休職していた時、台所のシンクをはじめ、部屋が汚くなりました。その時に、タスクを小分けにすると少しずつできるな、と気付いたのでした。

休日は料理をしながら読書

 休日は常備菜を作ります。筑前煮が好きで、煮込む時間があるのでレンジの前に椅子を置き、読書をします。読書は、人生を終えてしまいたい、という衝動への対策としてやっているタスクに関連しますが、まとまった時間がないとできないものです。

意識的に休息・昼寝はしない

 過集中になりがちなので、午前中ならコーヒーをきっかけに休息を入れます。午後のきっかけは迷うところです。昔は音楽をよく聴きましたが、今はめっきり聴かなくなりました。でも YOASOBI の「群青」(『ブルーピリオド』を読んでから歌詞が聴き取れるようになり、毎回号泣しますが)と Vaundy の「踊り子」に今ハマっているので、これらをきっかけにしようかと思います。
 精神科医の斎藤茂太さんが榎本朗さんの奥様がご存命の頃、「うつ」でいらしたのですが、アドバイスとして「日中寝なければ『うつ』は治るよ」と言っていました。それを聞いて以来、昼寝はなるべくしないようにしているのですが、昼食後、坐禅、またはその代わりにマインドフルネスをやる。これもやってませんでした汗。マインドフルネスは Windows マシンの最適化、あるいは再起動に似ているのでしょうか、頭がひんやりして疲れが取れます。

終わりに

 こういったことを心がけて、それでも私は毎日、慢性のうつと付き合って暮らしています。ここまで書いたことは努力目標で、実際には私の部屋は混沌で、やるべきことは先送りされています。今回、いろいろ書いてみて思い出したことがいくつもありました。疲れない程度にやってみたいと思います。

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