『自分らしくいこう』 第3回 「計画された偶発性(Planned Happenstance)」 ~ 扉を開こう ~
3月は節目の月。4月からの新年度に向かって、卒業、異動、昇進等々、いろいろなことがありますね。うれしかったり、寂しかったり、動揺したり・・・そして決意を新たにしたり。心の動きが活発になる季節かもしれません。外を見れば梅から桜に変っていく時期でもあり、変化は止ることはないのだなと、つくづく思います。
89歳の母が、最近入院して、検査の結果は芳しくなく、見た目は悪くなさそうですが、入院が続いています。毎夜のように面会に行っては、母といろいろな話をしています。私だけではなく、兄、弟達も、代わる代わるに病院を訪れています。55歳~64歳までの子供達ひとり一人が、母と1対1で対話を繰り返しているのです。母は今回の入院のことを振り返って「入院して、子供達が代わる代わる来て、ひとり一人とじっくり話をする事ができた。昌子(私)、もう、弟達を心配しなくても大丈夫だよ。皆、しっかりしているし、皆、いい人達に巡り会っている。入院かぁと思ったけど、入院してよかった。」こんな風に言っていました。母の思いがありがたいのと、やっぱり人生で起こる「出来事」には、偶然のようでも意味があるのだなと思いました。
6年前の3月。私は4月からの人事部門の管理者の任命を受けていながら、同時に乳がんの宣告も受けました。遡ること2年前から再検査を繰り返していたものの、2年間セーフだったものが、なぜ今なのか?心がぐらぐらするような経験もしました。先がどうなるかわからないながらも、やれるだけのことをやろうと決意して、4月に人事部の管理者になり、5月には手術を受けました。左胸に溜まる廃液を抜きに通院しながら、初めて一緒にはたらくメンバーや上司に助けられ、管理者として1年目2年目をクリア。3年目になると上司が変り、容赦の無い仕事の嵐が2年間続きましたが、勤めを果たすことができ、58歳の時に役職定年になりました。この時も、何で今なのか?60歳まであと2年。やれるのに・・・。そんな黒い思いが心の中に充満しました。
この6年間の出来事には、それぞれ意味があったと思っています。癌になり、初めて「死」を意識しました。今までに無い感情を味わったのです。その経験は、人事部門の管理者を務めるにあたり、私に多くの意味を持たせてくれました。最初の2年間の上司が、人事業務をよく知っている上司だったことも、私の立ち上がりの大きな支えであり、次の2年を走るための準備期間にもなりました。そして60歳の定年退職を2年間残しての役職定年でしたが、私自身が自分の生き方を変えるために、これだけの期間が必要だった。冒頭で母が言っていた「いい人達に巡り会っている」は、もちろん私自身のことも含まれています。せっかくの「巡り会いの時間」を無駄遣いしないために、この2年間が必要だっだのだと思っています。
全ては偶然の積重ねのようでも、今の自分に至るため、次の扉を開くための「必然の出来事」だったと思っています。そして、これからも、まだまだいろいろなことを経験しながら、扉を開いていくと、今と違う自分が、未来にはいるのです。なんと素敵なことか!
こうやってコラムを書く時間は、私自身と対話をする豊かな時間にもなっています。
3月は、新年度や新学期を迎えるための心の準備の月と言い換えることができるかもれません。皆さんや皆さんの身近な方々の中にも、環境や立場等の変化を受け入れる心の準備をしている方々がいるかもしれませんね。きっとこの変化も、いつか「こんな意味があったのだ」と宝物になる日が訪れることを願っています。
4月の新年度をすっきりして迎えよう!心の中のモヤモヤを吐き出して、その奥にある「希望」を見つけませんか?
★あるあるサロン ~ハートサプリ~
<3月23日(日) 10:00~12:00>
オンラインで開催します。
今回は女性専用サロンです。
よかったら、おしゃべりに来てください。
薄井 昌子