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物理量の単位と次元解析:簡単にできる物理の予想の立て方

物理学には様々な物理量が登場します。それらを組み合わせて、方程式を立て、いろいろな予想をするのが、理論物理学の仕事の1つです。

面白いことに理論物理では、暗算できるくらいに簡単な方法で、物理量の大きさを予想することができます。そのキーとなるのが、物理量の単位です。長さだと「メートル」や「マイル」など。時間では「分」や「秒」などのことです。たとえば1分は60秒ですので、数値の大小を把握するには、どの単位での数値かを指定しないといけません。この単位は自然界が決めているわけではなく、人間が便利のために勝手に決めたものです。

ある状態での値をその物理量の零と人間が定義し、そしてその零の状態とは異なる別な状態での物理量の或る値を「1」と定義して単位を決めます。その後、一般の状態での値はその単位の何倍であるかと表現されます。たとえば100メートルの距離は、1メートルの距離の100倍であるという感じに。

同様のことは、拙書『入門現代の量子力学』でも、第2章P16のスピンの大きさの定義において触れています。スピンの大きさは定数倍して単位を変え、その後に定数項を加えて、その値の原点をずらして定義しても、その書き換え自体は自然界の物理の本質に影響を与えません。

ところがこの「単位」は、コンピュータでの数値計算において邪魔になります。コンピュータは単位を持った数値をそのままでは扱えないからです。いわゆる「無次元化」と呼ばれる作業を施してから、数値は入力されます。例えば指数関数の引数としてのxを考えてみます。これを原点でテーラー展開すると

という関係が得られます。ここでもしxがメートルの単位を持つ長さだとすると、この式の右辺では変なことが起きます。初項の1は単位を必要としない無次元量の数です。それに足される第2項はメートルで表される長さの量です。そして第3項は平方メートルで表される面積の量です。ですから無次元量に、長さの量を足し、面積の量を足しというように、全然概念が異なる数値を無意味に足しています。つまりこれは間違った計算です。従って指数関数の引数に単位を持った量が登場することはあり得ません。指数関数以外の他の非線形な関数でも同様です。

代わりに、長さの単位を持つなんらかの量dで、長さLを割って、その何倍かを表す比としての無次元量xが定義されます。

このxならば、指数関数の引数として許され、そしてコンピュータに入力することが可能となります。このように物理量の値を決められた単位量で割って無次元な量に変換することを、無次元化と言います。

この無次元化をする解析の過程で、その系の特徴的な物理量が読み取れることも、理論物理では頻繁にあります。物理系には様々な励起状態があるのですが、その励起にはその励起を特徴づける多数の変数パラメータが入ってきます。そしてこの各種パラメータはそれぞれ単位を持っています。なのでパラメータを引数として関数としてその状態での物理量を見ると、それは非常に複雑な関数となります。

ところが基底状態にある系でのエネルギーなどの量は、ハミルトニアンに入っている粒子の質量mなどの定数と、それから光速度cやプランク定数ℏなどの自然定数だけに依っています。なのでパラメータの数が少なく、そのため以下で述べる「次元解析法」によって、大まかな数値を予想することができます。

まず物理量に次元を定義します。これは空間や時空の普通の次元とは異なります。時間ならば分でも秒でも、同じ物理量の単位を与えているとして、それらは同じであるとみなすのです。そして[ ]でその物理量や単位の次元を表現します。たとえば[分]=[秒]や[メートル]=[マイル]は、時間と長さの次元の関係を表しています。また次元にとっては、どのような属性の物理量であるかだけが重要なので、2分も1分も同じ次元を持っています。つまり[2分]=[1分]=[分]という関係式が成り立ちます。例として光速度cを考えると、それは光が走った距離を、それに掛かった時間で割って定義されますので、長さLと時間Tを用いて、次元として下記の関係が成り立ちます。

また1つの物理量の次元を他の物理量の次元から計算で求めることもできます。例えば質量の次元をエネルギーと長さと時間の次元からもとめてみましょう。質量mの粒子の運動エネルギーは下記で定義されています。

また質量mの物体がもつ質量エネルギーはアインシュタインの公式により

で与えられます。このどちらの場合からも、質量の次元は下記のように書けることが出てきます。

(1)式:質量の次元

この次元に関する関係式を方程式として解くことによって、様々な物理量の値の推定が可能となります。

例えば量子調和振動子の基底状態におけるエネルギー、つまり量子的な最低エネルギーを推定してみましょう。質量がmで角振動数がωの調和振動子のエネルギーは下記で与えられています。

ここで角振動数の次元は時間の次元の逆数です。

(2)式:角振動数の次元

量子力学を考えれば、さらにプランク定数ℏを使うこともできます。プランク定数の単位はエネルギー×時間で与えられるため、この定数の次元は

(3)式:プランク定数の次元

で与えられます。ここで調和振動子の最低エネルギーはプランク定数ℏと質量mと角振動数ωの関数になっているはずです。その関数形は複雑かもしれませんが、無次元量Cとそれぞれのべき乗を掛けた、下記の形に必ず書けると考えられます。

(4)式:ℏとmとωの関数で表した調和振動子の最低エネルギー

一般にCはℏとmとωを引数とする関数になりますが、それは無次元量でなければなりません。そしてこれらの引数でテーラー展開をしたときにはべき乗の和が現れますが、各べきの項はそれぞれが無次元量でなければなりません。しかし後でわかるようにℏとmとωのべき乗の積を無次元量にすることはできないので、Cはℏとmとωに依存しない定数だと分かります。

次に(4)式の両辺において、次元を以下のように評価します。

(5)式

ここでCは無次元なので、[C]=1としてあります。得られた上の式に(1)式、(2)式、(3)式の次元の関係式を代入すると

となりますが、これを整理すると、

という関係が得られます。この等式から各べきについて

(6)式

が要求されます。そしてこれを解けば、

が得られます。つまり(4)式は無次元量の定数Cを用いて

(7)式

と書けることが、次元だけの議論から導かれました。

実際にきちんとシュレディンガー方程式を解けば、Cも1/2と決まります。この次元解析法ではこの定数倍のCを決めることはできないのですが、多くの場合はCはたかだか数倍とか数分の1とかが多いことが経験的に知られています。Cが10の5乗とか10乗とかの極めて大きい値や、10のマイナス12乗とか10のマイナス20乗とかの極めて小さな値をとることはなかなか起きません。

ですので、Eの値の桁数を知りたければ、Cを桁を変えない程度の「常識的な」数という前提のもとで、(7)式だけから大体わかります。これが次元解析法の強みです、特に難しい解析をすることなく、簡単に物理量の値の桁を予想することが可能なのです。

なお先送りしていた、Cがℏとmとωに依存しない定数であることの証明は、これらのべき乗の積から無次元量を作れないことを示せば十分です。もし非自明な積が無次元量になるように作れれば、それを引数とした関数にCを選べます。しかしそれが全く存在しなければ、Cは定数しか許されません。それを調べるには、(6)式の一番上の方程式の右辺の1を0に置き換えて、xとyとzを解けば良いのです。するとx=y=z=0という解しか許されないため、結局Cはℏとmとωに依存しないことがわかります。

水素原子の最小エネルギーも、同様に次元解析から決められます。ポテンシャルエネルギーは、電子の電荷qと動径座標rの関数として

(8)式:水素原子のポテンシャルエネルギー

で与えられています。これにrを掛けた式の両辺で、各量の次元を考えると、電荷の2乗の次元はエネルギーの次元×時間の次元であることがわかります。

(9)式:電荷の2乗の次元

そこで先ほどの調和振動子と同様に、電子の最小エネルギーを下記のように書いてみます。

(10)式:プランク定数と質量と電荷の2乗で書いた電子の最小エネルギー

ここのCもまた無次元量の定数です。そしてEは束縛状態のエネルギーであるため、Eが負になるようにCを正とします。(10)式から

という次元の関係式が出ますが、右辺の各次元をエネルギーEと長さLと時間Tの次元で書きますと

となっています。これを整理すると

が得られますが、これから

が成り立ちます。この答は

となるため、(10)式は


(11)式

となることが示されます。つまり水素原子の最低エネルギーでも、電荷の2乗や質量やプランク定数の依存性が、次元解析法だけから定まります。

ここでプランク定数と質量と電荷の2乗のべきの積で書ける長さの次元をもつ量として、以下のボーア半径も定義できます。

(12)式:ボーア半径

これを使うと(11)式は

(13)式

という、ポテンシャルエネルギーと同じような形にすることもできます。ちゃんと水素原子のシュレディンガー方程式を解くと、このCは1/2であることがわかりますが、最小エネルギーの桁をみるだけならば、(13)式で十分です。

また上のクーロンポテンシャルの問題で

と置き換えると、質量mの2つの粒子の間にニュートンの万有引力の問題になります。

水素原子と全く同じ次元解析法を使うと、この場合には重力版のボーア半径が下記で与えられることも、自動的に出てきます。

(14)式:重力版ボーア半径

そして(13)式に対応する最低エネルギーは、Cを無次元量の定数として

で評価されます。

ここで注意が必要なのは、上の解析では一般相対論を無視していることです。2つの粒子の距離が近くなってしまうと、相対論の効果で粒子の周りを事象の地平面が覆うブラックホールができてしまいます。この場合は上の評価は全く当てになりません。ところが量子力学の場合には、不確定性関係により(14)式で与えられる大きさが出てきます。つまり量子的な反発力によって、2つの粒子はブラックホールにならずに、十分に離れたままでいることが可能となります。その場合、事象の地平面の半径が(14)式の重力版ボーア半径よりはるかに小さいという条件が課されます。これを式で書くと、以下になります。

これが成り立つためには、粒子の質量mが下記の不等式を満たす必要があります。


この右辺に現れた

という量は、プランク質量と呼ばれています。上の次元解析法の結果が妥当な領域は、粒子の質量mがこのプランク質量より圧倒的に小さな場合だけです。逆に言えば、粒子の質量がプランク質量程度になると、一般相対論の
効果が無視できないという情報も、次元解析法は教えてくれているのです。

このように次元解析法を用いれば、大した計算もせずに、様々な物理量の値を推定することが可能となります。物理学徒はこのような解析にも十分に慣れてもらえればと思います。


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Masahiro Hotta
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