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量子力学における「直接測定」と「間接測定」

古典力学とは異なり、量子力学では測定という概念そのものがクローズアップをされます。それは測定が対象系に与える反作用を無視できない場合が多いからです。

拙書『入門現代の量子力学』でも、この量子測定を説明をいたしました。

同じ実験を繰り返した場合でも同じ結果を出す場合、その実験は反復可能性を持つと言います。量子系に対して、この反復可能性を満たす1つの実験として選ばれた「基準測定」という概念から出発をして、教科書では量子力学の理論の構築していきます。その後でそれ以外の一般の量子測定の概念を導入する構成になっています。

一方、拙書『量子情報と時空の物理【第2版】』(サイエンス社)の第5章では、量子ゼノン効果の紹介において、2種類の測定概念を使っています。それは直接測定と間接測定というものです。

ただしこの「直接測定」と「間接測定」という用語は文脈に応じて、わりと自由に使われます。ただその文脈を正しく抑えないと勘違いする場合があるので、ここで整理をしておこうと思います。まず量子測定の基本的な分類は、私の『入門現代の量子力学』でも触れたとおり、下記の図のようになっています。

概念として基準測定を含む理想測定がまずあり、それを包含する正確な測定、更にそれを包含する一般測定があります。理想測定とは、基準測定で定義をされた物理量の確率分布を正しく再現し、そしてかつ測定後状態が観測された物理量の固有値に対応する固有状態になる測定です。正確な測定とは、物理量の確率分布を正しく再現するが、測定後状態がその物理量の固有状態からずれてしまう可能性がある場合の測定となります。つまり測定後状態には誤差が一般には伴います。そして一般測定では、得られる物理量の確率分布と測定後状態の双方に誤差が出てくる可能性がある場合に対応をしています。なお任意の初期状態に対して、その測定後状態が観測された物理量の固有値に対応する固有状態にはなるけれど、基準測定で定義をされた物理量の確率分布を正しく再現しない測定は、量子力学では存在しません。

『入門現代の量子力学』では、2準位スピン系でのz軸方向のシュテルン=ゲルラッハ(SG)実験を、基準測定として採用をしています。

それ以外の方向のスピンを測るSG実験は、それぞれ理想測定に分類をされます。これらのSG実験で測定をされるのは、粒子のスピン自由度そのものではなく、粒子の空間自由度、つまりSG装置から出てきた粒子ビームの位置を測っています。その空間的な位置情報から元のスピン自由度の情報を間接的に抜き出しています。スピン自由度の情報を知りたいのに、実験では空間自由度を測定しているので、SG測定はスピン自由度に関しては「間測測定」だと言えるのです。

またあらゆる測定において、直接その対象を「見る」ことはできません。その対象やその測定結果を表示する測定機のモニターから出てきた光子が観測者の眼に入り、それが持ち込んだ情報を観測者の脳内で処理をして、「スピンz成分は上向きである」「エネルギー準位は○○である」等と認識をしているだけです。つまりこの意味では、あらゆる測定は対象を直接認識しない「間接測定」だと言えます。つまり対象系の自由度ではなく、測定機の自由度を観測するという意味で、その測定を間接測定と呼ぶ場合があるのです。

一方でSG実験では、スピンの情報を得るために、この粒子のスピン自由度にSG装置という測定機が直接的に磁場を及ぼしています。対象物の情報を得るために、直接その対象物に相互作用を加えるという能動性があるのです。この意味ではSG実験は「直接測定」であると表現して問題ありません。ある1つの量子測定が「直接的」か「間接的」であるかは、このようにその文脈を正しく指定しないと意味がとれないことに、まず注意をしてください。

次に量子ゼノン効果の文脈での直接測定と間接測定の分類を説明します。その場合もSG実験での用語の使い方と基本的には同じになります。量子ゼノン効果の実験でも、粒子のスピンの情報を得たいために、余計な相互作用をそのスピン自由度に加える場合は、これを直接測定と言います。測定がスピン自由度の時間的な運動を止めてしまう量子ゼノン効果は、この直接測定のときのみ起きます。つまり対象に直接かかる相互作用が引き起こす物理的効果こそが、量子ゼノン効果であるという、極めて常識的な理解が可能なのです。

一方で『量子情報と時空の物理【第2版】』(サイエンス社)の第5章では、間接測定における量子ゼノン効果の不可能性定理を証明しています。情報を得たい対象系に、その測定のための余計な相互作用を直接加えることなく、その対象系の元のダイナミクスによって放出される信号をただ受動的に外部で受け取り、その信号を測定をする間接測定の設定で成り立つ一般的な定理です。

その間接測定の例として、例えば下記の図のような場合があります。一様加速度運動をしている不安定な原子核があって、時間と共に自然にガンマ線を出すとします。その原子核の軌跡が光の測地線に漸近をしている場合に、その光の測地線が定義する時空境界は、ブラックホールと同様な事象の地平面の役目を担います。つまり時空上で一旦その境界をガンマ線が通過してしまうと、再び原子核がいる時空領域側に戻ってくることはできません。また原子核に対して、そのガンマ線は物理的な影響を全く与えることができなくなります。下図のように、この地平面の先にガンマ線測定機を置いても、そのガンマ線測定の物理的な影響は、元の原子核には届かないことが相対性理論から保証をされているのです。

つまりこれは原子核崩壊に関して全く理想的な間接測定になっています。崩壊したかどうかを実験で知りたい対象であるこの原子核には、その測定のための余計な相互作用を全く加えていませんし(光子は勝手に原子核の元のダイナミクスで出てきます)、そしてその原子核が出したガンマ線を原子核に影響を与えないようしながら測定をして、原子核自体が崩壊したかどうかを決定しています。そして教科書第5章で述べられているように、このような間接測定の場合には、決して原子核の運動に量子ゼノン効果は起きないことが証明されるのです。

まとめると次のようになります。

【直接測定】
定義:余計な相互作用を対象系Sに加える測定。
用法例:SG測定は、知りたい対象である粒子のスピン自由度とSG装置の磁場を相互作用させる直接測定である。

【間接測定】
定義:対象系Sの自由度ではなく、出てくる信号や測定機Dの自由度を測定すること。この意味では、全ての測定が間接測定である。実際に観測をする自由度と、得られた情報を解釈する対象系Sの両方を指定し、言及することで、初めて物理的に意味のある内容になる。
用法例:SG実験で粒子の空間自由度を観測することは、粒子のスピン自由度の間接測定である。

量子ゼノン効果の文脈での間接測定の定義:対象系に余計な相互作用を加えずに、対象系の元のダイナミクスのままで自然に出てくる信号を測定すること。
用法例:不安定原子核が出すガンマ線をブラックホールの地平面内部で観測することは、量子ゼノン効果の文脈での不安定原子核崩壊の間接測定である。

注意:測定機の自由度を持ち込まずに、理想測定だけを「直接測定」とする教科書があるようですが、理想測定も結局は測定機を持ち込まないと実現できないものですから、「直接測定」という言葉のその用法は適当ではありません。理想測定だけをある意味ブラックボックス化して「直接測定」と呼び、それ以外の測定機を持ち込む測定全てを「間接測定」と呼ぶことは、概念として話が整理されておらず、また合理的説明も付かないと思います。


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Masahiro Hotta
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