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量子力学からの相対論的な因果律の導出

量子力学には、量子もつれ(エンタングルメント)というものがあります。前世紀にアインシュタインが量子もつれのことを不気味な遠隔効果と呼んで、量子力学に対しての不信感を表明したことは有名です。例えば地球と遠くの星の間で共有される、もつれた2つの粒子の量子状態は、地球の粒子の測定によって瞬時に変化します。この状態変化は遠い星の粒子も含んで瞬間に起きるので、アインシュタインは相対論的な因果律を破って見える「不気味」な現象だと言ったのでした。

ところが、21世紀の現在では、量子もつれは実験でその存在が確認をされているだけでなく、理論的にも理解が進んでいます。量子もつれは、量子力学の「不気味な遠隔効果」では決してなく、むしろ相対論を満たす操作論的な理論の量子力学の性質として、自然に理解ができるのです。

例えばアリスが量子もつれの状態にある片方の量子系を測れば、瞬時に全体の量子状態は変化しますが、その変化は飽くまでその測定の結果を知ったアリスに対してのみであって、もつれた他方の量子系を持っている遠隔地の観測者のボブにはまだその量子状態の変化は起きていません。測定結果の情報が届いてから、ボブにとっての量子状態は変化をするのです。量子力学は、なんらかの実在論的理論ではなく、情報理論の1つに過ぎません。量子状態や波動関数とは、物理量の確率分布の中に入っている情報の集まりに過ぎず、それは観測者毎に違って良いのです。

ですから、量子もつれは量子力学の非局所性を表すものではないのです。相対論とはちゃんと整合しているので、量子もつれは不気味でもなんでもありません。

量子力学はアインシュタインが言ったような「非局所的な理論」なんかではなく、むしろ極めて局所的な理論であることがはっきりしています。その1つの証拠が、情報因果律です。この情報因果律とは、以下の論文[1]の中で指摘をされた、量子力学が満たす興味深い性質のことです。

[1] M. Pawłowski, T. Paterek, D. Kaszlikowski, V. Scarani, A. Winter,
and M. Żukowski, Nature 461, 1101 (2009)

この情報因果律は、拙書『入門現代の量子力学』第15章でも取り上げました。

M を任意の自然数として、アリスがボブにM ビットのメッセージを送るとき、そのメッセージからボブが知ることのできるアリスのデータに関する情報量はM ビットを超えないという性質が、情報因果律です。これは相対論的因果律の中でも強い性質に分類できます。(弱い相対論的因果律の例としては、無信号条件が知られています。これも上の拙書の第15章をご覧ください。)そして量子力学は、無信号条件だけでなく、厳密にこの情報因果律も満たす理論になっているのです。

ここで興味深い点があります。無信号条件や情報因果律は、相対論を仮定しないまま、量子力学の枠組みだけから導出されています。これは大変非自明なことです。相対性理論を前提にして量子力学は作られていないのに、結果として量子力学は時空の相対論的な因果構造を内在させてしまっているのです。この深淵な事実も、量子情報が時空の創発を起こさせるという「It From Qbit」をいう考え方を強く後押ししているのです。



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