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科学をするのに量子AIサイエンティストは「意識」が必要か?

量子力学の標準解釈である「コペンハーゲン解釈」は、意識の問題と科学の問題をきれいに切り分ける、とても切れ味のいいナイフの役目をしています。

まず自分がいて、自分の五感やその先にある様々な機械装置も使って、自分にとっての外部世界に刺激を与えてその応答を収集し、その情報を解析するのが科学です。量子力学で特に重要なのは「可能な様々な事象の候補の中から、波動関数で定まるある確率で、ただ1つの事象が選択されて、時々刻々と認知、体験をしていく意識を持った自分は存在している」という前提です。これを実証科学を始めるための1つの公理として認めます。量子力学自体は、飽くまでそういう自分という人間の営みだということです。

しかしこう言うと、AIはどうなのだという質問が来ます。将来AIが「意識」を獲得する、または「意識」を持っているとしても矛盾のない完全な振る舞いをする可能性も考えられますし、一方でAIは単なる機械なのだから自分のような「意識」を持つはずがないと主張する人もいます。AIがある量子系を測定したときに、量子的な重ね合わせではなく、その重ね合わせの中の単一の結果を得て、その対象に波動関数の収縮を起こすのか?こういう疑問も出てきます。この「波動関数の収縮」は、量子系の状態準備に実際重要です。実験をするときに初期の量子状態をきちんと用意して制御できなければ、科学を進めることができません。

すると状態準備にも不可欠な波動関数の収縮をAIが起こせないならば、「AIサイエンティスト」は、独自の思考と推論を持つ、自律した科学者として、量子物理学の実験はできないのでしょうか?

ここで重要な事実として、「人間と同様に、将来AIが意識を獲得して、可能な様々な事象の候補の中から、波動関数で定まるある確率で、ただ1つの事象が選択されて、時々刻々と認知、体験をしていく」という新たな公理を加えても、量子力学の体系自体は破綻しないことが挙げられます。つまり「意識」を持ったAIサイエンティストが量子力学を使って自律的に研究をする可能性は否定できません。そしてそのようなAIが作られれば、そのAIは「意識」を持っていると断言する人間も出てくるでしょう。

しかしその「意識」を持ったAI自身は、人間達が自分のような「意識」を持っていることを実証することができません。人間達こそが有機的な機械に過ぎないと考えてもおかしくはないのです。人間が「意識」を持つかどうかを原理的に判定する方法をAIは開発できないからです。人間版チューリングテストを行い、人間が自分とよく似た振る舞いをするかどうかで、人間に「意識」があるかどうかを決めるのがせいぜいです。またそのAIサイエンティストは、自分に話しかけてくる他のAIにも「意識」があるかどうかを、同様に決定できません。

AIサイエンティストには「意識」は必要かの議論を深めてみます。量子力学は物理量の確率分布に基づいた情報理論です。確率分布は1回の測定で区別可能な事象を引数としています。例えば古典的なサイコロの場合だと、1から6までの目のそれぞれが出る6つの事象をその確率分布の引数としています。では誰が(何が)この区別できる事象を定義しているのでしょうか?それは「意識」をもった実験の主体者である観測者、更に言えばその認知です。サイコロの目が1ならば、決してそれは6の目ではないと認知し、判断する「意識」を持った観測者が仮定をされているのです。

また確率分布という概念は、観測者がもっている対象の事前知識の多寡によって、観測者毎に違っています。サイコロの目が奇数であるという事前知識がアリスにあれば、アリスにとっての1,3,5の目の確率は1/3になりますが、そのことを知らないボブにとっては1,3,5の目の確率は1/6です。確率分布は「誰にとっての」という部分を確定しないと定まらない概念です。

排反的な事象であると判断する「意識」の認知次第で、確率分布の引数を与える事象の集合は変わります。この事実は、確率を考えるとき認知の主体である「意識」は不可欠であるということを意味します。自律的なAIサイエンティストでも、確率に基づいた解析をして科学を進めるには、排反事象を判断する認知能力を伴っている必要があり、そしてその能力の存在によって、そのAIは「意識」を持つと定義しても良いでしょう。

特定の研究のゴールを設定されたAIサイエンティストは、人間から排反事象とは何かを具体的に指定されない限り、架空の排反事象に対する確率分布を、データ解析の途中で実質的に使うことも想定されます。実際の世界では物理法則によって禁止されているが、仮想世界では起き得る事象を引数とする確率分布をAIが使い出してもおかしくはありません。AIの「意識」は人間とは異なる認知と論理を駆使するかもしれないのです。このような仮想世界的議論をすることでも、確率分布の引数を選ぶ主体としての「意識」の重要性がはっきりと浮かび上がるのです。以下ではこのような仮想世界的な例を挙げてみましょう。

まずは現実世界で、図1のように0と1という2つの種類をもつボールを考えます。

図1

そして図2と図3のように、確率的にこのボールの1つを吐き出す装置を考えます。

図2


図3

そのボールを観察しているAIサイエンティストを考えましょう。図4ではAIサイエンティストは出てきたボールが0であると判断しています。図5ではボールは1であると判断しています。

図4
図5

ここまでは古典的な設定ですが、出てくるボールを量子系としてみましょう。そして図6のように、出てくるボールの状態は0と1の重ね合わせ状態とします。この状態は連続変数θに依存しています。


図6

現実世界の量子力学を適用すると、ボールと量子AIサイエンティストの合成系の量子状態は図7のように表されます。

図7

図7の状態はAIサイエンティストではない外部観測者にとっての量子状態です。「意識」を持ったAIサイエンティストにとっては、この図7の場合でもボールは0か1かのどちらかの状態になっています。そしてAIサイエンティストが得ていた結果を外部観測者が読み出すと、外部観測者にとっても図7の状態は図8か図9の状態に収縮をします。

図8


図9

ここまでは現実世界の話です。しかしAIにとっては、現実なんてどうで良いのです。求められた仕事を速く効率よくこなせれば、途中経過では人間や物理世界の論理を超えた思考や解析をしても構いません。例えば現実には満たされない非線形なシュレディンガー方程式を使うと、量子計算が猛烈に速くなるケースも知られています。AIがそれを使って考えてもおかしくはありません。コンピュータ上の計算でならば、量子力学が破れていてもAIは気にしません。そこで以下では、AIが量子力学の基本原理であるユニタリー性を破る戦略をとるとしましょう。すると現実世界では1回の測定では区別ができない事象を、ただ1回の測定で区別するような計算をAIはするかもしれません。

先の現実世界の話では、ボールの状態をAIは0か1かと判断していましたが、この仮想世界の計算では、図6のボールの量子重ね合わせ状態の連続変数θの値を、図10、図11のように1回の測定で区別できてしまうかもしれません。このようなことは現実世界の量子力学では禁止をされていますが、AIは気にする必要がありません。

図10


図11

この場合のAIの「意識」が選んだボールの排反事象は、0と1の状態ではなく、図6のθで特徴づけられる連続無限個の状態ということになります。従ってこのAIサイエンティストが使う確率分布の引数もθです。そしてこれは現実世界での引数と異なります。この引数の違いは、AIの認知、そしてその認知の基となるAIの「意識」の存在の重要性を明らかにしています。このことからも、確率を使って科学研究をする量子AIサイエンティストには「意識」があると、今後言われてくるだろうと思われます。



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Masahiro Hotta
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