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ホーキング輻射の物理について、よくある誤解

古典的な一般相対論では、時空に開いた黒い穴であるブラックホールは、強烈なその重力により、吸収したものを決して外には出しません。しかし量子効果を採り入れると、ホーキング博士が予言していたように、熱的な輻射をブラックホールは出すことが許されます。天体サイズのブラックホールではその輻射の温度が低すぎるため、現状の観測や実験ではこのホーキング輻射を出しながら蒸発しているブラックホールは確認されていませんが、その蒸発過程の存在自体は、多くの研究者が信じています。

そしてホーキング輻射を出すブラックホールに関しては、ホーキング博士や他の多くの研究者による一般解説が世間に広まっています。ただ現在の視点から見ると、ホーキング輻射が出るのは正しくても、その説明自体は間違っているという箇所も散見されるようになりました。特に現在では相対論的な量子情報の研究において重要なホーキング輻射と量子もつれを持つ純粋化パートナーの同定で、決定的に間違っている説明も多くの一般書に出てきます。それを今回取り上げてみます。

まず一般書で簡単にホーキング輻射の説明をする場合に、図1のように事象の地平面からその輻射は出てくると書かれていることがあります。


図1

実際には地平面直上から出てくるのではなく、図2のように、地平面から半径の数倍のところの外部でホーキング輻射は作られています。それに伴って、エネルギー保存則が成り立つように負エネルギー粒子流というものが同じ場所で生成されます。


図2

そして一般書では図3のように、このホーキング輻射の粒子と負のエネルギー粒子とが量子的にもつれあって、1つの純粋状態を作っているとされることもあります。これは誤解なのですが、そう考えたくなる理由があります。


図3

量子効果で真空中には量子揺らぎによる仮想粒子のループが発生しています。そして素粒子反応を記述するファインマン図では、図3の右側のように書かれます。この図では何もないところから2つの粒子が生成され、そしてまた消滅する様子を書いています。何もないところから重力外場の効果で生まれた2つの粒子だから、その2つの粒子は互いにもつれた純粋状態にあるはずと直観的に思いたくもなります。しかし実際には図4のように、その2つの粒子の間には量子もつれは存在しないのです。

図4


ホーキング粒子が量子もつれを持って、純粋状態を成している相手の粒子は純粋化パートナー粒子、または簡単にパートナー粒子と呼ばれます。場の量子論でちゃんと調べると、このパートナー粒子は負エネルギー粒子ではなく、図5のように地平面のすぐ裏側に閉じ込められていることがわかります。そしてその粒子はエネルギーを持たない零点振動の量子揺らぎの一部であることも確かめられます。

図5

ホーキング輻射生成過程を直観的に説明するには、1つの仮想粒子のループではなく、図6のような2つのループが必要なのです。曲がった時空の重力外場によってそのループが壊されて、合計4つの粒子が生成されるのです。図6の赤い点は空間無限遠方に放たれるホーキング粒子を示しており、また青い点はそのパートナー粒子で、地平面の裏側に拘束されています。


図6

一方で図6の黒い2つの点は負エネルギー粒子流を担う粒子を表しており、エネルギー固有状態の間の量子干渉効果でその負エネルギーが作られています。この4つの粒子生成は地平面外部の同じ空間領域で起きており、その領域での局所的なエネルギー保存則を保つように、ホーキング粒子は正のエネルギー、黒い2つの粒子は負のエネルギーを担っています。正エネルギーと負エネルギーのやり取りはこの領域で起きているのですが、これは飽くまでエネルギー量だけの話です。量子もつれに関しては違ってきます。赤い点のホーキング粒子は地平面の裏側に居る青い点のパートナー粒子と量子もつれ状態にあります。またブラックホールへと落下する2つの黒い点で書かれている2つの粒子も量子もつれを持った純粋状態にありますが、その2つの粒子はホーキング粒子と量子もつれを持ちません。エネルギーは重力外場を通じてやりとりしましたが、量子もつれは生成されないのです。

また図6の状況を、図7のように球対称な重力崩壊の時空図で書くこともできます。以下では、光速度cを1とする単位系を用います。


図7

ここで図中の横方向はブラックホールの外部では空間の動径座標rを表しており、縦方向は時間座標tを表します。質量Mのブラックホールの地平面はr=2GMという位置にできますが、それは光の軌道と重なります。その内部では、黄色いジグザグの線で描かれた時空の特異点がr=0に現れています。この特異点の運動は通常の粒子のように時間的軌道ではなく、空間的軌道になっていて、そのためr=0はある空間点を指すのではなく、内部の時空が潰れてしまう時刻を表しています。ホーキング粒子の運動の軌道は図7の赤い線で描いてあります。またそのパートナー粒子の軌道は青い線になっています。この赤と青の点は無限の過去には、図中の左側において量子場の真空の中の量子揺らぎの一部になっており、元はエネルギーを両方とも持っていません。その意味でエネルギーを持った実粒子ではなく、まだ仮想粒子です。しかし時間とともにブラックホールの曲がった時空を運動することで、赤い線のホーキング粒子は地平面外部の領域で重力外場からエネルギーをもらって実粒子となり、そのまま空間無限遠方へと伝搬していきます。一方でそのパートナー粒子は、重力崩壊の時空の中で少し出遅れてしまい、地平面の内部に拘束されてしまうのです。赤い線の仮想粒子が正エネルギーを持ったホーキング粒子に化ける外部領域では、黒い軌道に沿って反対方向から来た2つの仮想粒子に負のエネルギーを与えて、全体的なエネルギー保存則は保っています。その後、負エネルギー粒子はブラックホールの吸収されて、ブラックホールの質量エネルギーをどんどんと小さくします。これがブラックホールの蒸発過程です。

蒸発後のパートナー粒子はどこに居るのかを調べるのが、所謂「情報損失問題」の本質です。ブラックホールの質量が十分に小さくなってプランク質量に近づくと、量子重力の効果が必ず必要となると考えられています。その効果もいれた後に、ブラックホールは完全蒸発するのか、もしくは何かしらの蒸発の残留物がそこに現れるのかは現時点で確定をしておらず、現在も広く研究が続けられています。


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