マクロな混合状態の純粋状態への一意な分解について
以前の投稿「重ね合わせ電圧電池」において、「物理的には、$${|🥎\rangle_\text{P}}$$と$${|◯\rangle_\text{P}}$$を特別視して、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\text{P}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\text{P}}}$$とは異なる特別な状態と考える理由はないのである。」と書いた。その補足を少し書いておきたい。
ボール全体ではなく、位置$${\bm{x}}$$の黄色の皮の部分の小さな領域だけを取り出して状態を書こう。それを$${\rho_{\bm{x}}}$$とする。そうすると、
$$
\rho_{\bm{x}} = \frac{1}{2} |🟡\rangle_ {\!\bm{x}} \, {}_{\bm{x}}\!\langle🟡| + \frac{1}{2} |◯\rangle_{\!\bm{x}} \, {}_{\bm{x}}\!\langle ◯|
$$
となる。$${|🟡\rangle_ {\!\bm{x}}}$$は位置$${\bm{x}}$$に皮がある状態、$${|◯\rangle_ {\!\bm{x}}}$$は位置$${\bm{x}}$$に空気がある状態である。考えたいことは、$${|🟡\rangle_ {\!\bm{x}}}$$と$${|◯\rangle_ {\!\bm{x}}}$$は何か特別な状態であって、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🟡\rangle_{\!\bm{x}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\bm{x}}}$$とは異なっていて、$${\rho_{\bm{x}}}$$はユニークに
$$
\rho_{\bm{x}} = \frac{1}{2} |🟡\rangle_ {\!\bm{x}} \, {}_{\bm{x}}\!\langle🟡| + \frac{1}{2} |◯\rangle_{\!\bm{x}} \, {}_{\bm{x}}\!\langle ◯|
$$
と分解されるか(ユニークに純粋状態の和として分解できるか)否かである。
マクロな密度行列はユニークに分解可能
すぐに思いつくのは、$${|🟡\rangle_ {\!\bm{x}}}$$と$${|◯\rangle_ {\!\bm{x}}}$$は組成(例えば窒素の割合)の固有状態であり、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🟡\rangle_{\!\bm{x}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\bm{x}}}$$はそうではないということである。$${|🟡\rangle_ {\!\bm{x}}}$$と$${|◯\rangle_ {\!\bm{x}}}$$は密度の固有状態であり、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🟡\rangle_{\!\bm{x}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\bm{x}}}$$はそうではないという点でも、$${|🟡\rangle_ {\!\bm{x}}}$$と$${|◯\rangle_ {\!\bm{x}}}$$は特別な状態であって、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🟡\rangle_{\!\bm{x}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\bm{x}}}$$はそうではない。普通に我々が物理量と思っているエルミート演算子において、$${|🟡\rangle_ {\!\bm{x}}}$$と$${|◯\rangle_ {\!\bm{x}}}$$はその演算子の固有状態であり、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🟡\rangle_{\!\bm{x}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\bm{x}}}$$は固有状態ではないだろう。
この点が、電子のスピンの場合と異なる点である。電子のスピンの場合、$${\text{x}}$$軸方向のスピン$${\sigma_{\text{x}}}$$の固有状態の$${|→\rangle}$$と$${|←\rangle}$$は、別の方向$${\bm{n}_{\theta}}$$のスピン$${\sigma_{\theta}}$$の固有状態ではない。一方で、$${|→\rangle}$$と$${|←\rangle}$$の重ね合わせ状態$${\frac{1}{\sqrt{2}} |→\rangle + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |←\rangle}$$はスピン$${\sigma_{\theta}}$$の固有状態であったりする。真空は等方的であるから、$${\text{x}}$$軸方向のスピンは特段特別でもなんでもなく、$${\sigma_{\text{x}}}$$と$${\sigma_{\theta}}$$は同列に扱う必要がある。したがって、
$$
\rho_{\text{e}} = \frac{1}{2} |→\rangle \langle→| + \frac{1}{2} |←\rangle\langle ←|
$$
の純粋状態への分解は一意には定まらない。
しかし、マクロな(量子論でない古典的な)物理量においては、$${\sigma_{\text{x}}}$$に対する$${\sigma_{\theta}}$$のような物理量は知られておらず、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🟡\rangle_{\!\bm{x}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\!\bm{x}}}$$は物理量$${Q_{\theta}}$$の固有状態というような物理量$${Q_{\theta}}$$は知られていない。したがって、当然に$${\rho_{\bm{x}}}$$は物理量の固有状態に一意に分解されると言ってもまったくおかしいことではない。むしろ、マクロな物体の密度行列は一意に純粋状態に分解されると考える方が、素直な考えだろうと思われる。そういう意味では、私の「物理的には、$${|🥎\rangle_\text{P}}$$と$${|◯\rangle_\text{P}}$$を特別視して、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\text{P}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\text{P}}}$$とは異なる特別な状態と考える理由はないのである。」という意見の方が不思議で認めがたいものということもできるだろう。
物理的と客観的の違い
それでもなお、「物理的には、$${|🥎\rangle_\text{P}}$$と$${|◯\rangle_\text{P}}$$を特別視して、$${\frac{1}{\sqrt{2}} |🥎\rangle_ {\text{P}} + \frac{e^{i\theta}}{\sqrt{2}} |◯\rangle_{\text{P}}}$$とは異なる特別な状態と考える理由はないのである。」と私が書くのは、人類が知っている物理量を知らない物理量$${Q_{\theta}}$$に対して特別視する物理的な理由を私は知らないからである。物理量$${Q_{\theta}}$$は、存在しないかもしれないが、存在するかもしれない。$${Q_{\theta}}$$が存在しないことの証明を(説明を)私はみたことがない。
一方で、人類が知っている物理量(古典的物理量)を知らない物理量$${Q_{\theta}}$$に対して特別視すること(その結果としてマクロな状態の密度行列を一意に純粋状態に分解できると考えること)は、客観的で科学的な行為といえるだろう。客観的の意味の取り方に依存するが、客観的の意味を
とすると、人類に共通するということは、「誰にとっても」成り立つということだからである。一方、私が考えている物理的の意味に基づけば、客観的であっても、物理的とは限らない。「人類に共通してXXである」というのは、物理的な理由ではなく、人類に共通する生物としての理由からである可能性があるからである。生物の共通性が理由である場合には、それは物理的な理由ではないと私は考える。
まとめ
物理学の対象である系には、その状態(密度行列)の客観的にユニークな分解が存在する系と客観的なユニークな分解がない系が存在する。電子のスピンの系に客観的にユニークな分解の仕方がないからといって、全ての系に客観的なユニークな分解がないという結論を導くことはできない。
しかし、その客観的にユニークな分解の仕方の物理的な原理は知られていない。経験的に人類の五感に共通するユニークな分解があるということである。このユニークな分解は、全ての動物に共通しているだろうと予想される。例えば、コウモリは音波によって物を見ている。「見ている」という表現は適切では無く「認知している」の方が良いかもしれない。人間には、このコウモリの音波による認知のクオリアを想像することは困難だが、同じ混合状態を人は目で(電磁波で)、コウモリは音波で認知したとき、その分解仕方(コペンハーゲン解釈であれば射影の仕方)は人間とコウモリで共通しているだろう。コウモリが音波でその場所を認知して捕食する虫の位置と人が目で見て認知する虫の位置はいつでも同じであるから、射影の起こり方は人間とコウモリで共通していると考えられる。