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「擾乱の存在のために、量子力学における測定による変化は、単なる情報取得による変化とは考えられないのか?」を読んで

堀田さんの「擾乱の存在のために、量子力学における測定による変化は、単なる情報取得による変化とは考えられないのか?」を読んで、疑問に思うことが多々あったので、少し備忘として書いておきたい。(新しい知識を学習できたら解消することを期待したい。)

1つめ

ただ古典力学ではその擾乱の原理的な下限はないとされ、いくらでも擾乱は小さくできると考えられていましたが、古典力学や古典確率論にも「擾乱」という概念自体は自然に入っていて、量子力学特有のものではありません。

原理的に下限のない古典力学における測定の影響と下限がある量子力学での擾乱は、下限があるかどうかという点で(それが擾乱という概念の本質であるために、本質的に)違うものであり、古典論における測定の影響を擾乱と表現することは堀田さんのみではないかと私には感じられる(とりあえず見つけられていない。)。Wikipediaの擾乱の項で記載されているのは、大気の擾乱でこれは古典的であるが測定ではなくカオス的なものだろうと思われる。

また、堀田さん自身、自著において、

測定機と対象系の間の相互作用によって、その実験で観測していない他の物理量の値が乱される(擾乱を受ける)ことが無視できないのが、量子力学の特徴である。

入門 現代の量子力学 量子情報・量子測定を中心として

と書いている。「物理量の値が乱される(擾乱を受ける)ことが無視できないのが、量子力学の特徴である」が正しく、「測定しない他の物理量への擾乱の存在は、他の確率論の場合とは異なる量子力学特有の不思議な特徴」が間違っているというのは、私には理解できない。なぜなら、「物理量の値が乱される(擾乱を受ける)ことが無視できないのが、量子力学の特徴である」という記載は、”古典力学では擾乱が無視できる“という意味を含んでいるからである。noteへの堀田さんの投稿が正しいなら、堀田さんの著書は誤っているだろう。

2つめ

たとえば有名な2準位スピン系でのJ.S. ベルの隠れた変数理論に対応する古典確率理論は、量子力学と全く同様の擾乱を起こしています。

現実は量子論であって、それに合致する古典確率理論を作れば、擾乱があるのは当然であり、それによって何かの主張の根拠になると考えることが私にはまったく理解できない。

堀田さんは、「測定しない他の物理量への擾乱の存在は、他の確率論の場合とは異なる量子力学特有の不思議な特徴」という記載は、「量子力学と同じ実験結果を予言するが一般的なヒルベルト空間を用いた量子力学以外の理論・モデルでは、擾乱は起きない」という主張を含んでいると思っているのだろうか? 私にはそんな主張は「測定しない他の物理量への擾乱の存在は、他の確率論の場合とは異なる量子力学特有の不思議な特徴」には含まれないと思う。堀田さんのご意見は、藁人形論法のように私には感じられる。

3つめ

「何故古典力学では、ミクロな対象の或る物理量の測定においても他の物理量の擾乱を零にすることができると根拠なく信じていたのか?」が問題なのです。

ミクロな対象の物理量の測定においても他の物理量の擾乱(堀田さんの用語)を零に限りなく近づけることができると考えられてきたのは、原理的には測定装置を限りなく小さくできる(測定装置の影響を限りなく小さくできる)と考えられてきたからで、現実にできるかどうかは別にして、そうした理想状況を想定するのは、物理学においては当たり前のように行われていることであり、「根拠なく信じられいた」というのはまったく事実誤認であろう私には思われる(根拠なく信じていたまともな物理学者いるとは信じられない。まして、物理学者の大半が信じていたなどということはありえないと思う。)。

また、決定論であれば測定の影響を零にできなくても、影響の大きさは決まっているので、特に測定に問題はない。影響の大きさに不確実性(ノイズ)があるのが問題であり、実際の実験では大きな問題だが、古典物理学の教科書でノイズを扱うことがないのはノイズを無くせると物理学者が信じていたからではないのは常識的に明らかだろう。

粒子の位置測定でも、運動量への擾乱が零にできると無根拠に信じていたのでした。

前述のとおり、無根拠に信じたわけではなく、「摩擦がないと仮定すると、等速運動する」と同じように現実とは違う状況を想定しているだけだろうと私は思う。

4つめ

例えばスピンz成分測定のシュテルン=ゲルラッハ(SG)実験を思い出すと、磁石と粒子の相互作用はユニタリ過程なので、その過程中に波動関数の収縮は起きません。でもその時にx成分やy成分の擾乱を起こします。

上記については、「x成分やy成分の擾乱を起こします。」と書いてあるのだが、具体的にどのような擾乱が起こるのかを書いていない。知識が足りないので、誤っているということは私には証明できないが、説明がないのは不適切であろうと私は思う。

「x成分やy成分の擾乱を起こします」が、スピンのx成分やy成分が磁場との相互作用で変化する(ユニタリ過程で変化する)という意味であれば、当たり前であり、なぜそれを擾乱と呼ぶのか私にはよくわからない。ユニタリ過程は決定論的な変化なので、擾乱と呼ぶような不確定なことは何も起こらないだろう。何も乱れてなどいないと思う。それにも関わらず、堀田さんは決定論的なユニタリ過程で擾乱が起きると書いている。まったく私には理解できない説明である。ユニタリ過程で擾乱が起こるとはどういうことなんだろうか? 

そう思っていたところ、小澤さんの乱す乱さないの定義を読んで、この点は解決した。小澤さんの乱す乱さないの定義は、

装置Aを用いる物理量Aの測定が物理量Xを乱さないということを非選択的測定による状態変化が物理量Xの確率分布を変化させないことであると定義する。つまり,
$${\mathrm{Tr}[E^X (x)\rho(t) ] = \mathrm{Tr}[E^X (x)\rho(t + \varDelta t) ] }$$
が任意の$${\rho(t)}$$と任意の実数$${x}$$について成立するということであ る。

波束の収縮という概念について(III):量子論的擾乱

である。これは、最もよく知られた簡単な波動関数で書き直せば、測定前の波動関数を$${\psi(x)}$$、測定装置と相互作用した後の波動関数を$${\psi^\prime(x)}$$とすると、$${|\psi(x)| \ne |\psi^\prime(x)|}$$でなければ擾乱が起こっているという定義である。波動関数の位相以外に測定装置が影響を与えれば擾乱が起こっているということである。

この定義は、擾乱という言葉から一般的に受ける(受けるだろうと私が想像する)印象と大きく異なっており、上記の小澤さんの定義は用語法として問題があると私には思われる。前述の定のシュテルン=ゲルラッハ(SG)実験のケースで、堀田さんはスピンのx成分やy成分が磁石との相互作用で擾乱を起こすと書いているが、上記の定義では、ビームの位置の変化も擾乱ということになる。ビームが分かれること自体が擾乱なのである。従って、擾乱によりスピンのz成分が測定されるという言葉として理解しがたいことになる(スピンの測定といってもスピンが直接測定されているのではなく位置の測定、より正確にはある空間に粒子が存在するかどうかが測定されている。)。常識的に考えて、不適切な定義といえるだろうと私は思う。擾乱は、単に変動(例えば測定変動)などと呼ぶのが良いだろう。

4つめの蛇足

擾乱の用語は、多分、もともとは、小澤の不等式の文脈で使われる用語だろうと思う。小澤の不等式は

$${\varepsilon(A,\rho)\eta(B,\rho) + \varepsilon(A,\rho)\sigma(B,\rho) + \sigma(A,\rho)\varepsilon(B,\rho) \ge |\mathrm{Tr}([A,B]\rho)|}$$

量子測定理論入門

である(各記号の意味については出典をご覧ください。)。この式を導くにあたって、分散は2乗平均を超えないこと、すなわち、

$${\eta(B,\rho) \ge \sigma(D(B), \rho \otimes \sigma )}$$

量子測定理論入門

が用いられている。2乗平均が分散に等しくなるのは平均がゼロのとき、すなわち、$${\langle D(B)\rangle = 0}$$のときである。$${D(B)}$$は物理量$${B}$$の擾乱作用素であり、$${\langle D(B)\rangle = 0}$$は決定論的古典論では擾乱がない場合に相当する。すなわち、小澤の不等式に主な意味合いがある等号に近い場合は、決定論的古典論において擾乱がない(極めて小さい)場合である。ユニタリ過程が乱れをもたらしているという表現は、私には違和感がとても大きいが、$${\langle D(B)\rangle = 0}$$の場合に限り$${\langle D(B)^2\rangle \gt 0}$$となる場合を擾乱あると呼ぶ、又は2乗平均ではなく、分散が0でない場合、すなわち、$${\sigma(D(B), \rho \otimes \sigma ) \gt 0}$$の場合を擾乱があると呼ぶのが少なくとも適切なように思われる。もっと私の希望をいえば、測定装置との相互作用で分散が増加するとき、すなわち、

$$
\sigma(B, U^\dagger \rho \otimes \sigma U ) \gt \sigma(B, \rho \otimes \sigma )
$$

のときに擾乱があると表現することが望ましいと思われる(それですら単に変動で良いと私には思われるものの。)。

5つめ

5つめの疑問は、noteへの投稿の記載ではなく、前述の堀田さんの書籍の

測定機と対象系の間の相互作用によって、その実験で観測していない他の物理量の値が乱される(擾乱を受ける)ことが無視できないのが、量子力学の特徴である。

入門 現代の量子力学 量子情報・量子測定を中心として

の記載についてである。私は、「(擾乱を受ける)ことが無視できない」を“必ず擾乱が起こる”という意味だと思っていた。もちろん、測定対象物理量と可換な物理量は擾乱が起こる理由もないので、“非可換な物理量には必ず擾乱が起こる”という意味だと思っていた。しかし、小澤さんのレクチャーには、

定理 4.9 $${A(x)}$$が$${B}$$を乱さない装置ならば,
$${\varepsilon(A,\rho) \sigma(B,\rho) \ge \frac{1}{2} |\mathrm{Tr}([A,B]\rho)|}$$
が任意の状態$${\rho}$$で成り立つ.

量子測定理論入門

と記載されている。これは、非可換の物理量の場合にも擾乱が起こらないことがあるということである。

改めて考えてみると、「(擾乱を受ける)ことが無視できない」はどういう意味か不明な日本語である。擾乱が起こっていれば無視できる場合などないだろう。したがって、「(擾乱を受ける)ことが無視できない」は意味不明なのである。

擾乱が起こる理由の再考

最後に、ユニタリ過程で擾乱が起こるというのは私にはやはり理解できないので、改めて擾乱の発生理由を考えてみよう。

シュテルン=ゲルラッハ(SG)実験のケースを考える。測定対象状態を$${|→\rangle}$$とし、$${|↑\rangle}$$と$${|↓\rangle}$$方向のスピンを測定する。

測定対象状態を$${|→\rangle}$$とするとしても、実際の粒子には位置の自由度もある。したがって、測定対象の状態は、

$$
\int dx \varphi(x) |x\rangle \otimes |→\rangle
$$

であろう。ただし、式が複雑になるのを防ぐため、$${|↑\rangle}$$と$${|↓\rangle}$$方向のスピンの測定において粒子のビームが分かれる方向の座標$${x}$$のみ記載している。この状態は、

$$
\int dx \varphi(x) |x\rangle \otimes |→\rangle \\
= \frac{1}{\sqrt{2}}|\int dx \varphi(x) |x\rangle \otimes |↑\rangle + \frac{1}{\sqrt{2}}|\int dx \varphi(x) |x\rangle \otimes |↓\rangle
$$

であるが、磁場の中を粒子が通過すると、

$$
\frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi_u(x) |x\rangle \otimes |↑\rangle + \frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi_d(x) |x\rangle \otimes |↓\rangle
$$

になる。スピンを測定できる(粒子の存在の検出でスピンが確定できる)ためには、$${\varphi_u(x) \ne 0}$$かつ$${\varphi_d(x) \ne 0}$$になる$${x}$$がないことが必要であろう。また、比率が変わっては元の状態$${|→\rangle}$$を測定したことにならないので

$$
\int dx |\varphi_u(x)|^2
= \int dx |\varphi_d(x)|^2  =1
$$

であるだろう。

この状態は、

$$
|↑\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}|→\rangle + \frac{1}{\sqrt{2}}|←\rangle , \\
|↓\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}|→\rangle - \frac{1}{\sqrt{2}}|←\rangle
$$

なので、

$$
\frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi_u(x) |x\rangle \otimes |↑\rangle + \frac{1}{\sqrt{2}}\int dx \varphi_d(x) |x\rangle \otimes |↓\rangle \\
= \frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi_u(x) |x\rangle \otimes (\frac{1}{\sqrt{2}}|→\rangle + \frac{1}{\sqrt{2}}|←\rangle)+ \frac{1}{\sqrt{2}}\int dx \varphi_d(x) |x\rangle \otimes (\frac{1}{\sqrt{2}}|→\rangle - \frac{1}{\sqrt{2}}|←\rangle) \\
= \frac{1}{2}\int dx (\varphi_u(x) +\varphi_d(x)) |x\rangle \otimes |→\rangle + \frac{1}{2}\int dx (\varphi_u(x) - \varphi_d(x)) |x\rangle \otimes |←\rangle
$$

でもある。$${\varphi_u(\cdot)  \ne \varphi_d(\cdot)}$$なので、当初の状態にはなかった$${|←\rangle}$$が出現しスピンに擾乱が生じていることになる。しかし、最初の状態も、形式的に

$$
\frac{1}{2}\int dx (\varphi(x) +\varphi(x)) |x\rangle \otimes |→\rangle + \frac{1}{2}\int dx (\varphi(x) - \varphi(x)) |x\rangle \otimes |←\rangle
$$

と書くことができる。そうしてみると、磁場との相互作用で変化しているのは、位置の固有状態の係数の$${\varphi_u(\cdot) }$$と$${\varphi_d(\cdot)}$$であって、スピンには変化は生じていないと考えられる。

もちろん、$${\varphi_u(\cdot) }$$と$${\varphi_d(\cdot)}$$を$${|x\rangle}$$の係数と呼ぶのは心情的なものであり、正しくは、$${|x\rangle \otimes |a \rangle}$$の係数である($${x \in \mathbb{R}, a \in \{ ↑,↓\}}$$である。)。

粒子の位置の自由度とスピンが複合系と呼ばれているのを私は見たことがないが、テンソル積で表示されるので、複合系と同じように思える。そして、最初の状態

$$
\int dx \varphi(x) |x\rangle \otimes |→\rangle
$$

が積状態であるのに対して、

$$
\frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi_u(x) |x\rangle \otimes |↑\rangle + \frac{1}{\sqrt{2}}\int dx \varphi_d(x) |x\rangle \otimes |↓\rangle \\
= \frac{1}{2}\int dx (\varphi_u(x) +\varphi_d(x)) |x\rangle \otimes |→\rangle + \frac{1}{2}\int dx (\varphi_u(x) - \varphi_d(x)) |x\rangle \otimes |←\rangle
$$

はエンタングルド状態にみえる。

積状態であれば、スピンだけの確率分布を考えることができる。しかし、エンタングルド状態にはそもそもスピンだけの確率分布などというものはないと思われる。

もちろん、位置の自由度について縮約をとった状態、密度行列$${\rho_x}$$を考えることはできる。そして、それに基づくスピンの確率分布を考えることはできる。

$$
\rho = (\frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi_u(x) |x\rangle \otimes |↑\rangle + \frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi_d(x) |x\rangle \otimes |↓\rangle )(\frac{1}{\sqrt{2}} \int dw \varphi_u^*(w) \langle w| \otimes \langle↑| + \frac{1}{\sqrt{2}} \int dw \varphi_d^*(w) \langle w| \otimes \langle↓|) \\
= \frac{1}{2} \int dx \int dw \varphi_u(x)\varphi_u^*(w) |x\rangle \langle w| \otimes |↑\rangle \langle↑| \\
+ \frac{1}{2} \int dx \int dw \varphi_u(x)\varphi_d^*(w) |x\rangle \langle w| \otimes |↑\rangle \langle↓| \\
+ \frac{1}{2} \int dx \int dw \varphi_d(x)\varphi_u^*(w) |x\rangle \langle w| \otimes |↓\rangle \langle↑| \\
+ \frac{1}{2} \int dx \int dw \varphi_d(x)\varphi_d^*(w) |x\rangle \langle w| \otimes |↓\rangle \langle↓|
$$

なので、

$$
\rho_x = \mathrm{Tr_x} [ \frac{1}{2} \int dx \int dw \varphi_u(x)\varphi_u^*(w) |x\rangle \langle w| \otimes |↑\rangle \langle↑| \\
+ \frac{1}{2} \int dx \int dw \varphi_u(x)\varphi_d^*(w) |x\rangle \langle w| \otimes |↑\rangle \langle↓| \\
+ \frac{1}{2} \int dx \int dw \varphi_d(x)\varphi_u^*(w) |x\rangle \langle w| \otimes |↓\rangle \langle↑| \\
+ \frac{1}{2} \int dx \int dw \varphi_d(x)\varphi_d^*(w) |x\rangle \langle w| \otimes |↓\rangle \langle↓|] \\
= \frac{1}{2} \int dx |\varphi_u(x)|^2 |↑\rangle \langle↑| \\
+ \frac{1}{2} \int dx \varphi_d(x)\varphi_u^*(x) |↓\rangle \langle↑| \\
+ \frac{1}{2} \int dx \varphi_u(x)\varphi_d^*(x) |↑\rangle \langle↓| \\
+  \frac{1}{2} \int dx |\varphi_d(x)|^2|↓\rangle \langle↓| \\
= \frac{1}{2} \int dx (\varphi_u(x) |↑\rangle + \varphi_d(x)|↓\rangle )(\varphi_u^*(x) \langle↑| + \varphi_d^*(x) \langle↓| ) \\
= \frac{1}{4} \int dx \{ (\varphi_u(x) + \varphi_d(x))|→\rangle + (\varphi_u(x) - \varphi_d(x))|←\rangle \} \{(\varphi_u^*(x) + \varphi_d^*(x) )\langle→| + (\varphi_u^*(x) - \varphi_d^*(x) )\langle←| \}
$$

であり、$${\rho_x}$$が$${|→\rangle}$$である確率は、

$$
\mathrm{Tr}|→\rangle \langle →|\rho_x \\
= \frac{1}{4} \int dx |\varphi_u(x) + \varphi_d(x)|^2 \\
= \frac{1}{4} \int dx |\varphi_u(x)|^2 + |\varphi_d(x)|^2 \\
= \frac{1}{2}
$$

となる。上記の計算では、$${\varphi_u(x) \ne 0}$$かつ$${\varphi_d(x) \ne 0}$$になる$${x}$$がないことと、$${\int dx |\varphi_u(x)|^2 = \int dx |\varphi_d(x)|^2  =1}$$を用いた。

同様に、$${\rho_x}$$が$${|←\rangle}$$である確率は、

$$
\mathrm{Tr}|←\rangle \langle ←|\rho_x \\
= \frac{1}{4} \int dx |\varphi_u(x) - \varphi_d(x)|^2 \\
= \frac{1}{4} \int dx |\varphi_u(x)|^2 + |\varphi_d(x)|^2 \\
= \frac{1}{2}
$$

である。これらの式展開をみると、大きな擾乱が起こる($${|←\rangle}$$である確率が0から50%に変化する)理由が、$${\varphi_u(x) \ne 0}$$かつ$${\varphi_d(x) \ne 0}$$になる$${x}$$がないことであることがわかる。この、$${\forall x \, \varphi_u(x) \varphi_d(x) = 0}$$は、小澤さんの議論における測定誤差がゼロの場合($${\varepsilon = 0}$$)に相当するだろう。なぜなら、$${\exists x \, \varphi_u(x) \varphi_d(x) \ne 0}$$の場合、$${|↑\rangle}$$と$${|↓\rangle}$$方向のスピンの測定に誤差が生じるからである。

このように小澤さんの擾乱の定義に類似した考えをすれば擾乱が生じている。しかし、スピンの自由度について縮約をとった$${\rho_s}$$と$${\rho_x}$$のテンソル積$${\rho_s \otimes \rho_x}$$はそもそもの状態$${\rho}$$とは等しくない。磁場と相互作用したからといって、状態$${\rho}$$が状態$${\rho_s \otimes \rho_x}$$になることはない。

また、状態

$$
\frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi_u(x) |x\rangle \otimes |↑\rangle + \frac{1}{\sqrt{2}}\int dx \varphi_d(x) |x\rangle \otimes |↓\rangle
$$

は磁場と相互作用して再び、状態

$$
\int dx \varphi(x) |x\rangle \otimes |→\rangle
$$

に戻りえる。ビームを分けた後、再び元のビームにする実験装置を作ることは原理的に可能と思われる(できない理由を私は知らない。)。エックスシークさんの「量子論の不思議な世界」の「ベルの不等式の意味」でも、思考実験とのことであるが、

電子ビームは装置Fと装置Gで、軌道$${W}$$と軌道$${\bar{W}}$$に分離され、再び統合されますが、 それでも装置Lと装置Rの間でEPR相関が起きます。

https://xseek-qm.net/Bells_inequality.html

と説明されている。元の状態に戻ることができるのだから、乱れと認識すべきことは起こっていないと考えるべきだと私には思われる。

それではなぜ擾乱が起こるのかといえば、逆説的であるが、測定装置が対象系とエンタングルした後に対象系と相互作用しなくなるからだろうと思われる。その理由を以下で述べたい。

前述の磁場で粒子ビームをわけ、再び統合する実験装置を考える。加えて、分かれたビームの場所に粒子の有無を測定する装置があるとする。$${\varphi_u(x) \ne 0}$$である$${x}$$の位置のどこかに粒子が存在するか否かを測定する装置を$${|\xi\rangle_u}$$とし、粒子があれば$${|1\rangle_u}$$に、なければ$${|0\rangle_u}$$になるとする。同様に$${\varphi_d(x) \ne 0}$$である$${x}$$の位置のどこかに粒子が存在するか否かを測定する装置を$${|\xi\rangle_d}$$とし、粒子があれば$${|1\rangle_d}$$に、なければ$${|0\rangle_d}$$になるとする。

装置が粒子の状態に影響を与えない極限の理想を想定すると、ビームが分かれたときの状態は

$$
\frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi_u(x) |x\rangle \otimes |↑\rangle \otimes |1\rangle_u \otimes |0\rangle_d+ \frac{1}{\sqrt{2}}\int dx \varphi_d(x) |x\rangle \otimes |↓\rangle \otimes |0\rangle_u \otimes |1\rangle_d
$$

であろう。ビームが統合された位置では、

$$
\frac{1}{\sqrt{2}} \int dx \varphi(x) |x\rangle \otimes ( |↑\rangle \otimes |1\rangle_u \otimes |0\rangle_d + |↓\rangle \otimes |0\rangle_u \otimes |1\rangle_d )
$$

になる。$${|→\rangle}$$と$${|←\rangle}$$で書き直すと、

$$
\frac{1}{2} \int dx \varphi(x) |x\rangle \otimes \{ |→\rangle \otimes (|1\rangle_u \otimes |0\rangle_d + |0\rangle_u \otimes |1\rangle_d) + |←\rangle \otimes (|1\rangle_u \otimes |0\rangle_d - |0\rangle_u \otimes |1\rangle_d )\}
$$

である。$${|←\rangle}$$が消えずに残っている。その理由は、$${|1\rangle_u \otimes |0\rangle_d - |0\rangle_u \otimes |1\rangle_d \ne 0}$$、すなわち、$${|1\rangle_u \otimes |0\rangle_d \ne |0\rangle_u \otimes |1\rangle_d}$$だからである。このように測定装置の状態があるために、$${|←\rangle}$$が重ね合わせの中に含まれ、擾乱が生じている。これが、磁場との相互作用が擾乱の原因ではなく、「なぜ擾乱が起こるのかといえば、逆説的であるが、測定装置が対象系とエンタングルした後に対象系と相互作用しなくなるから」と私が考える理由である。状態$${|1\rangle_u \otimes |0\rangle_d}$$と$${|0\rangle_u \otimes |1\rangle_d}$$がその状態を継続せず、例えばともに$${|\xi\rangle_u \otimes |\xi\rangle_d}$$になれば、$${|←\rangle}$$は消えて、擾乱はなくなる。とても奇妙なことであるが、粒子から離れた場所に測定結果を持っている測定装置があることが擾乱をもたらしている。

これは、磁場との相互作用が小澤さんの定義する擾乱をもたらすことがないという意味ではない。一方で、必ずもたらすとはいえない。しかしそれでも、小澤の不等式によれば、誤差のない測定が行われる場合には、擾乱が必ず起こる。この擾乱は磁場との相互作用が原因ではない。

まとめると、小澤さんが定義する擾乱には、磁場との相互作用を原因とするものと粒子の検出装置とのエンタングルメントを原因とするものがあり、前者は実験装置の高度化でどこまでも小さくできる可能性があるが、後者は原理的に決して取り除けないものである。この両者を同じ擾乱という一括りの単語で表現することは、私は不適切であろうと思う。後者のみを擾乱と呼ぶとか、後者は量子擾乱と呼んで区別するのが良いのではないかと思う。

話が飛躍するが、上記の考察から、量子擾乱は、二重スリットによる干渉縞の実験で、粒子がどちらのスリットを通過したかわかるようにしたら、干渉縞が消える現象と同じと思われる(すでに長くなっているので理由の記載は省略したい。)。そうした現象を擾乱と呼ぶべきかについては、やはり私は否定的に感じる。



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