けれどきみはとおいとおい
……ん
ゃん……
『あ』
ーちゃん……
ぁーちゃん……
『未央ちゃんの声……』
あーちゃん!
未央「あーちゃん!」
少女が少女の下へ走る。
ひとりは満面の笑みを浮かべて。
ひとりは慈愛の笑みを浮かべて。
このふたりはずっと同じ方向を見ている。前に進む時、一人では立ち上がれない時、悲しみが心を満たす時。
ふたりはいつも共にいる。励まし合い、傷つけあい、そして支え合い。
いつもふたりは共にいる。
ひとりは友愛の情を携えて。
そしてもうひとりは───
少女が、少女の下へ走る。
体と、心が。
未央「あーちゃんあーちゃん!!ちょっと聞いてよー!」
藍子「ふふ。未央ちゃん、どうしましたか?」
未央「あのね、今日クラスのみんなと話してたらさー、ちょっと恋バナ、みたいな話になってさ。」
未央「それでね、『未央の好きな人はー』みたいな流れになったからさ。『私に好きな人なんていません!』って言ったらさ、みーんな嘘だ、嘘だって。聞いてくれないんだよー。」
藍子「ま、まあクラスの人たちも未央ちゃんの好きな人は気になると思うよ。未央ちゃん、みんなから人気あるもんね。」
未央「うええ!?あーちゃん、何を言うてはりますの!?」
藍子「な、なんで京都弁なの……?」
未央「最近紗枝はんと一緒したからね」
藍子「な、なるほど……?」
未央「それはどうでもよくて!私が人気なんてあるわけないじゃん。男子もみんな『本田はないな』の一点張りだよ。」
藍子『それはきっと照れ隠しですね』
なんて。
言ってあげないけど。
藍子「でも、それで何かすごく困っているの?」
未央「流石あーちゃん!流石、流石だよ。そこに気づくとは流石だね。」
藍子「石が流れすぎている……?」
未央「それがさ、私に好きな人がいないってのが嘘だって話はしたじゃん?その理由がさ、ほら、アイドルやってるからって……」
藍子「ああ、なるほど。そうですねぇ。確かに聞かれても困りますし、なかなか気を使いますよね。」
未央「そーなんだよ!迂闊に俳優の誰々さんがかっこよかったーとか言ってもいろいろ問題になるじゃん?だからさ、あんまりほかの人の名前は出せないし、でも友達は信じてくれないしさー。」
未央「あーちゃんはさ、こういう時どう切り抜けてる?友達だからさ、あんまりつっけんどんに突き放すこともしたくないし……」
藍子「そうですね……私、嘘をつくのが苦手ですし、未央ちゃんと同じで、友達は大事にしたいんです。だから、聞かれたことには、しっかり、本当のことを喋ると思います。」
未央「お、おお……オトナの意見だ……」
藍子「それに、未央ちゃん?」
未央「なんだい藍子さんや」
藍子「友達に嘘をつくのは、私は良くないと思いますよ?」
未央「な」
未央「な、何を言っているのだねワトソン君!私ほどのものが嘘などと……ええい、部屋に帰らせてもら……」
藍子「未央ちゃん。」
藍子「未央ちゃんには、好きな人がちゃんといますよね?」
藍子「なら、その気持ちを偽っちゃダメ。好きな人のことは、好きって言わなきゃダメだよ。」
未央「え、えと、あの、あーちゃん……?その、えと、おちついて、えっと……」
藍子「プロデューサーさんのこと、好きなんだよね?」
藍子「あの人が好きだ、とか、どういうところが好きか、とか、全部が全部を喋る必要は無いと思う。」
藍子「でも、好きな人がいるなら、好きな人がいるって言ったほうがいいと思うの。それが誰であっても、好きになった気持ちを偽っちゃダメだと思う。」
未央「え、えと、あーちゃん……えっと、えっと、なんで私がプロデューサーのことをって……?」
藍子「それは見ればわかります」
未央「みればわかる!?」
藍子「ええ。それは、もう。」
見ればわかりますよ。未央ちゃん。
女の子が、あんなに楽しそうにしていたら。
女の子が、あんなに嬉しそうにしていたら。
女の子が、あんなに笑顔で接していたら。
わかるに、決まってるじゃないですか。
わかっちゃうに、決まってるじゃないですか。
未央「うぐおおおおおおおお……猛烈に恥ずかしいいいいぃぃぃ………!!!」
藍子「未央ちゃん、わかりやすいですから。いつもプロデューサーさんが来ると、プロデューサーさんの方をすごく綺麗な瞳(め)で見つめるから……」
未央「は、恥ずかしすぎるうううううぅぅぅぅ……!!」
藍子「だからね、未央ちゃん。」
未央「は、はい。」
あ。
今、私、ちょっと未央ちゃんの先輩みたい。
藍子「だからね、好きな人のことを隠す必要なんてないと思うの。」
もちろん、
藍子「私たちはアイドルだから、ファンの人たちに向けてそういうことをいうのは違うかもしれない。」
でもね、
藍子「アイドルだって人間だし、女の子だから……恋をしてはいけない、なんて、」
そんな悲しいことってないと思うの。
藍子「……恋をしてはいけない、ん、だけど。そうなんだけど、好きになってしまったら。」
好きになってしまったら。
藍子「それはきっと……」
とても素敵なことなんじゃないかしら。
藍子「……しょうがないんじゃないかな。」
……うん。
藍子「……しょうがないんじゃないかな。」
今度は、さっきより上手く笑えたかな。
未央「ううう……あーちゃんに見破られていたとは」
藍子「ふふ。でも、私だけじゃないかもよ?」
未央「うええ!?あ、あーちゃん、それはどういう……!?」
藍子「ふふ。未央ちゃん、頑張ってね?」
未央「あ、あーちゃぁん!ちょっとぉ〜!意地悪しないでよぉ〜!」
……そう。
好きになってしまったら。
それが誰であっても。
アイドルだけど、一人の女の子の恋なんだから。
笑って、まっすぐ、前に進もう。
藍子「未央ちゃん!」
藍子「頑張って、ね!」
少女が少女の下から走り出す。
ひとりは満面の笑みを浮かべて。
ひとりは慈愛の笑みを浮かべて。
このふたりはずっと同じ方向を見ていた。前に進む時、一人では立ち上がれなくなった時、悲しみが心を満たした時。
ふたりはいつも共にあった。励まし合い、傷つけあい、そして支え合い。
いつもふたりは共にいた。
ひとりは友愛の情を携えて。
そしてもうひとりは───
少女が、彼方(あなた)の下へ走り出す。
少女は、彼女の姿が見えなくなるまで、そこにいた。
ずっと、ずっと。
遠く見えなくなっても、微笑みを携え───
彼女は、そこにいた。