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植物ほど「あなたはあなた、わたしはわたし」を実践してるものはない。
あなたはあなた、わたしはわたし。
旅館から見える山を見てそう思った。
木に関していえば、他の木がそこに住まうのであればわたしはこう成長していく、そこに建物が建つならば枝を伸ばす方向を変える、と生存戦略を変えていく。
植物は起こっている状況に感情は介入しない(そもそも植物に感情というものが存在してるか分からないが、光や障害物に関しては反応するため感覚はあると仮定する)。
好き嫌いではなく、良い悪いでもない。
ただ、自身が生きるために自身の感覚で選んだ方法が他者によって良い悪いを判断される。
だが、自然はそんなこと知ったことではない。
じゃあ、自分は、ひとはどうなのか?
ひとは植物と違って感情を持っている。
その感情によって、忖度してしまう。
「自分が○○したら他の人の迷惑になってしまうかも」と思う。
その結果、自身の生存戦略を曲げてしまい、成長する機会を失ったり、使われるだけ使われ捨てられたり、最悪は命を落としたりする(捨てたりする)。
ひとびとはそんな忖度に溢れた世の中で生きているが、植物は何にもはばかることなく生きている。
植物が魅力的に思えるのは、そのあり方と自分のあり方とのギャップを感じ、チューニングを合わせたいからなのかもしれないですね。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
来るもの拒まず、去るもの追わず。
自然の懐の広さ、雄大さを見た時に、自身の行いを改めたくなるのかもしれないです。
最初の投稿ということで、自分なりに夜明けがイメージされる曲を載せときます。