「昭和史サイエンス」(5)

破壊衝動の存在を示すマーク・ハウザーの研究

 かつてハーバード大学に、マーク・ハウザーという名の若くして教授となった認知神経科学のカリスマ研究者がいました。しかし、ハウザー教授は論文不正の疑惑のため、大学を去ることを余儀なくされました。
 ハウザーの著作『EVILICIOUS』は、人間の残酷さについて論じています。本の題名はおそらく、「Evil」という単語からの造語と思われます。
 そして『EVILICIOUS』によれば、「Cruelty = Desire + Denial」です。換言すれば、人の残酷性とは、他者の存在を否定する欲望(快感)なのです。私たち人間は、他者の存在を否定する快感を進化のプロセスで獲得したのであり、ハウザーは同書の序文「the problem of evil」(悪の問題)において、以下のような問題提起をしています。私なりの日本語訳も付けておきます。

The mystery is why seemingly normal people torture , mutilate, and kill others for the fun of it― or for no apparent benefit at all. Why did we, alone among the social animals , evelop an appetite for gratuitous cruelty ? This is the core problem of evil.

 謎というのは、一見普通に見える人々が楽しむために他の人を拷問し、不具にし、殺すのかということです。明白なメリットが全くないにもかかわらずです。なぜわれわれだけが他の社会的動物と異なり、いわれのない残酷さへの欲望を強化してしまったのか。この点が、悪の問題の核心です。

 ハウザーが指摘している人間性に内在する「邪悪さ(Evilcious)」、それは、私が本書で「破壊衝動」とよんでいるものと同類のもの、と考えて間違いないでしょう。 
 そしてハウザーは同書において、思考(thought)と感情(emotion)の結合についてたびたび言及していますが、ドイツで100万部を越えた大ベストセラーとなった科学系ジャーナリスト、リヒャルト・D・プレヒトの『哲学オデュッセイ』(悠書館)には、「ハウザーとダマシオは古くからの親しい友人」との旨の記述があり、思考と感情の関係については、以下のように言及しています。

 感情と理解力(悟性)は矛盾しないのだ! それらは私たちの行為のすべてにおいて、対立するのではなく、共に働くのである。(中略)感情なしでは理解力は困ってしまう。なぜなら、まず感情が思考にたいして、事の成り行きを予知すべく指示を与えるからである。情動による後押しなしには、思考は動きださない。


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