「エンタメで生きる道も示したい」元男子新体操選手が描くマイナースポーツの未来
エンタメ界からオファー殺到のスポーツ・男子新体操
―― 大舌さんのSASUKE出場も含め、2021年の男子新体操のエンタメ、メディア進出の流れを見ていると、国内における普及のための本格的な動きが始まったのかと思わずにいられません。
大舌:男子新体操アスリートは以前から、競技名が表には出ていないだけで、エンタメ業界で重宝されている存在なんですよ。実際に僕が所属している男子新体操とストリートダンスユニットの「BLUE TOKYO」にも依頼が舞い込んでいて、泣く泣くお断りしていることもあります。
―― そうだったのですか。BLUE TOKYOは2010年に結成されましたが、当時から出演の依頼はきていたのでしょうか?
大舌:そんなことはありませんよ(笑)。最初の2~3年は、年に約1回ダンスイベントに出演させてもらうのがやっとでした。
男子新体操ってエンタメ業界への売り込み方が難しいんです。舞台は役者を、音楽番組はパフォーマー、ダンサーを求めているので……。そのため最初の頃は地道に、舞台に役名のない登場人物として出演させてもらったり、企業のイベントに出演したりと、周囲の人や事務所の協力も得ながら個人的にアプローチをかけて、業界の人に「アクロバティックな表現ができる人間がいる」と知ってもらうように動きました。この下積み期間があったからこそ、たくさんのお声がけをいただける今の状況に繋がったと思っています。
―― エンタメ界の人たちの目に、男子新体操の何が魅力的に映ったと思われますか?
大舌:豊かな表現力とアクロバットだと思います。男子の新体操はバク転をはじめとするアクロバティックな技と力強い徒手動作、加えて指先までしなやかな表現が融合した芸術スポーツなので、舞台やステージでとても映えるんです。また周囲の人と呼吸を合わせる器用さも持ち合わせています。そのため集団での演技でも力を発揮するんです。
BLUE TOKYOの立ち上げは、男子新体操の未来を創るための選択
―― エンタメとの融和性が高い男子新体操ですが、大学までの大会を見ていると「採点競技」の印象が強いです。競技として打ち込んできた選手からすると、エンタメと言われてもピンとこないのではないでしょうか?
大舌:本当にその通りで、エンタメの世界で自分たちの競技が活かせることを知らない選手も多いです。僕もかつてはそうでした。
―― そんななかで、なぜ大舌さんはエンタメの世界を志したのでしょうか?
大舌:2008年にダンスイベント「WORLD WIDE」に参加したのがきっかけです。このイベント内の「ダンス×新体操」という企画に、男子新体操の名門・青森山田高校の選手たちが出場することになって。僕は当時所属していた青森大学の団体演技構成の参考になればと映像を撮りにいったのですが、青森山田の選手たちのパフォーマンスを見て「エンタメってカッコいいな」と思ったんです。
そして青森山田高校男子新体操部元監督の荒川先生が、「男子新体操選手にエンタメの世界でプロを目指せる道があると示したい」という想いからBLUE TOKYOを立ち上げると聞いて、僕も参加することにしたんです。
―― ちなみに、エンタメという選択肢がなかった時代、男子新体操選手たちの進路にはどんな選択肢があったのでしょうか?
大舌:競技として続けていくには、教員採用試験を受けて指導者の道を選ぶしかありませんでした。社会人チームもありますが、片手で数えられるくらいしかありません。実業団があれば競技として盛り上がる可能性はあると思うんですが、なにせ競技人口が少ないので……。残念ながら今もなお、ほとんどの選手が大学卒業と同時に競技も引退している状況です。
だからこそBLUE TOKYOの活動を通して、「男子新体操を続ける道」と「男子新体操の選手を必要としている世界」があるのを知らないまま選手たちが卒業せずに済むように、「エンタメに触れる機会」を積極的に作っています。
▲2017年のTBS系「音楽の日」には、三浦大知さんとクルーのみなさんと一緒に青森大学新体操部とBLUE TOKYOがパフォーマーとして出演した
―― 具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか?
大舌:とある国際的なイベントに出演した際には、国士舘大学の選手に声をかけて一緒に舞台に立ちました。また、今まさに取り組んでいる取り組みとして、『舞台BLUE「走れメロス」』があります。これは青森大学と青森山田高校の男子新体操部、青森のジュニア新体操クラブBLUE KIDS、そしてBLUE TOKYOのメンバーたちが出演する舞台です。
この舞台では、競技生活では味わえないアクティング(体の動きだけで感情を表現する芝居)などを経験できるため、選手たちは普段の競技にも活かせる表現力や自分の見せ方などを学べる機会になります。またBLUE TOKYOの活動を身近に感じてもらうことで、競技を続ける未来を少しでも描いてもらえたらとも思っています。そして、BLUE TOKYOの後輩も作りたい……(笑)
今まさに競技に打ち込んでいる選手たちにエンタメもいいな、おもしろいなと思ってもらえる機会にできるよう、僕らも試行錯誤しているところです。
「競技」か「芸術」か。二極化が進むことで薄まる男子新体操の魅力
―― BLUE TOKYOは男子新体操選手たちの未来をエンタメというアプローチで切り開こうとしているわけですが、競技としての普及は進んでいるのでしょうか?
大舌:新型コロナウイルス感染拡大前は、国際化に向けて舵を切っていました。
―― 国内での普及の前に、国際化ですか?
大舌:男子新体操は国際競技ではないにもかかわらず、海外から注目されているスポーツなんですよ。世界的エンターテイメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」には、男子新体操の選手がパフォーマーとして採用されています。BLUE TOKYOも2017年に、ヨーロッパ圏で人気のFeuerwerk der Turnkunstという体操ショーのドイツ国内20都市を回るツアー公演に出演させてもらいました。
またロシアやヨーロッパ圏、アメリカなど、男子新体操に取り組みはじめる国も出てきています。だから逆輸入スタイルに国内での競技普及の糸口を見いだし、動き始めていました。しかし国際化を目指すにあたって、「採点が曖昧」という課題があったんです。
―― どう曖昧なのでしょうか?
大舌:日本の男子新体操は、振り付けや動きの組み合わせ、バク転や宙返りなどのタンブリングの難度などを見る構成点と、ミスや動きの精度を見る実施点で採点されます。この採点項目の英語での説明が非常に難しいんです。そのため興味を持ってくれた国々が独自のルールを設けて大会を開催している現状もあって。だから今、国際競技化に向けた取り組みの一貫で、ルール統一化の動きも出てきています。
―― 国際競技化への新たな一歩を踏み出し始めたんですね。
大舌:ただ個人的には、この動きに複雑な思いもあります。男子新体操はタンブリングなどの迫力だけでなく、エンタメ界から熱い視線が送られる豊かな表現力も魅力の競技です。しかし国際化を目指すなかで、採点やルールが競技スポーツの側面を強化している印象があります。
―― そう感じている理由は?
大舌:2021年の高校総体と全日本学生選手権、そして全日本選手権大会の団体種目の結果が、競技スポーツ強化の流れを象徴していたように思います。
2021年の高校総体の団体種目で優勝したのは、美しさと柔軟性といった演技の芸術性に定評のある岡山県の井原高校でした。
しかし全日本選手権では、井原高校は高校最上位の座を高速タンブリングなど運動量の多さに圧倒される神崎清明高校に明け渡しています。
またこの2つの大会の間に実施された大学日本一を決める全日本学生選手権で優勝したのは、技の正確性や可動域、体の使い方、迫力が群を抜いていた青森大学です。
もちろん井原高校も技の精度や運動量はありますが、他の2校はよりその部分を磨き上げていたように思います。この技の難度や精度、運動量などは構成点と実施点に直結する部分です。この結果は、芸術性が得点に結びつきにくくなることを示唆したとも思っています。
―― 芸術性には審判1人ひとりの主観が入るため、それこそ英語化どころか言語化が難しいのではないでしょうか。
大舌:確かに芸術点は審判の主観に左右されがちな部分だとは思うので、国際化の壁となっている採点方法の曖昧さを打破するためには、すでに定められている構成点と実施点で見るのも納得できます。
しかし現時点では芸術性が見られる大会もあれば、競技性が見られる大会もあります。芸術性の扱いに迷いがある以上、フィギュアスケートのように芸術点を別にきちんと設けたほうがいいのではないかというのが僕の考えです。そうすることで高得点の技を磨きたいという選手にも、芸術的な魅力を追求したいという選手にも、活躍の機会になり、男子新体操の芸術性という魅力も残せると思います。
今の男子新体操界は、「競技」か「芸術」かという二極化の状態なんです。ただどちらか一方ではなくどちらでも採点できるようにすることは、選手たちに自分たちの得意、好きな演技を追求する機会と、未来の選択肢を届けることにも繋がると思っています。
「魅せる楽しさを知る」男子新体操選手の選択肢を広げるためにできること
―― 「競技」か「芸術」かという二極化を脱するには、どのような取り組みが必要だと考えますか?
大舌:フィギュアスケートなどのすでに芸術点を採り入れている採点競技から講師を招いて、採点方法を学び参考にするといった「外部人材」の活用を視野に入れたらどうかなと思います。
フェンシングがとてもいい事例ですよね。現会長にフェンシング未経験者の武井壮さんを迎え入れ、屋外での大会を実践するなど新たな取り組みにどんどん挑戦されています。しかも前会長の太田雄貴さんも、選手でしたが競技に剣先の軌道可視化というエンタメを持ち込んでいます。「魅せるスポーツ」への挑戦は、競技でもできるんだと感じましたね。
―― 2021年11月に開催されたTVアニメ『バクテン!!』とコラボレーション企画「ONE GYMNASTICS FESTA 2021(以下、OGF)」の照明演出も、まさにその「魅せるスポーツ」としての男子新体操の可能性を感じさせるものだったように思います。
大舌:マットだけを浮かび上がらせる照明演出は、どの試合でも取り入れられたらいいのになと思いましたね。資金的に難しい部分もあるとは思いますが……、少なくとも男女交互に試合が行われるスタイルは変えたほうがいいと思っています。
エンタメだけでなく「魅せる」「お客さんを沸かせる」体験を競技でできるようになったら理想的ですよね。
―― 大舌さんからは、選手たちに「体験」を届けることがどんなに大切かが伝わってきます。この原動力はどこからきているのでしょうか?
大舌:この競技を続けるなかで体感した「見てもらう楽しさ」です。楽しそうに喜んでいる観客の姿を見たり、歓声が聞こえてきたりすると、もっといいパフォーマンスをしようという気持ちになります。だからコロナ禍での無観客試合は、選手たちにとってとても酷な状況だと思っています。
―― OGFでも繰り返し「お客さんに見せる場所がなかった」という言葉を耳にしました。それだけ男子新体操選手にとって「魅せる」ことが、モチベーションになるということでしょうか?
大舌:大きなモチベーションになっていると思います。もちろん点数も気になるとは思いますが、観客のいない会場は練習となんら変わりないですから。実際に練習してきた演技をOGFという場で披露できた選手たちから、魅せる楽しさを実感していることが伝わってきました。また一緒にイベント出演させてもらった国士舘大学の選手から「エンタメっていいっすね」という言葉が聞けたんです。
もちろんお客さんに見てもらうことが一番のモチベーションではない選手がいるのも当然でしょう。実際に舞台BLUEの取り組みでは最初、参加したいか現役選手に尋ねたところ、手がほとんどあがらなかったんです。舞台に出ている時間があるのなら新体操の練習がしたいと。その気持ちは分からなくもありません。しかし僕自身が生でエンタメを体感したからこそ今の道を選んでいるので、まずは経験することが大事だと彼らを巻き込みました。自分にとって何がモチベーションになりえるのか、経験しなければ気づかないこともあります。
大舌:今回のSASUKE出場も、男子新体操を知らない人にこんな競技がありますよとアピールするだけでなく、現役の選手たちにエンタメの世界で生きる元男子新体操アスリートがいる姿を見せられたらという想いもありました。僕はこれからもBLUE TOKYOの活動を通して、現役の選手たちがエンタメで生きることも選択肢に入れられるような接点を作り続けていきます。