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旅野そら著 北朝鮮の旅 感想

始めに

K-POPやドラマにグルメ、コスメなど若年層は韓国の文化に自然に馴染んでいて日韓の交流は未だかつてないほどに盛んに行われています。”近くて遠い国”と呼ばれたのも遠い過去の様です。しかし、韓国のお隣の国の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は未だに日本人にとって”近くて遠い国”です。拉致問題も解決の兆しは未だに無く、ミサイルの照準を日本に合わせて睨みを効かせている物騒なイメージしかありません。

しかし、かの国にも人々の暮らしがあり、働いて恋をして、食べて寝て、余暇を楽しみ日々を過ごしています。本著”北朝鮮の旅”は元戦場カメラマンのVtuber”旅野そら(以下そらちゃん)”氏が平壌の様な大都会から郊外の田舎の風景をカメラに収め写真と文章で北朝鮮の現実を切り取った一冊となっております。

以下の動画では本著に収まりきらなかった様々なエピソードが語られております。


国境へ

今回のそらちゃんの北朝鮮旅行は行きは電車、帰りは飛行機と陸と空を両方体験する形で多くの旅行者がこの方式を採用するそうです。まず駅の電光掲示板に平壌の二文字があることに驚きます。実際に北朝鮮に平壌に行けるという現実が衝撃です。北朝鮮は日本とこそ国交はありませんが、約120ヶ国との国交があり各国との国際関係を結べている国です。本著でも言及されている通りかつては定期線もありました。

北京から平壌までは23時間でほぼ丸一日かかります。電車内は混雑していて、食堂車は席の奪い合いで弁当も売り切れたところで親切な中国人のおばあちゃんに停車した駅の構内でお弁当を変えると教わって事なきをえました。どこにでも親切な人はいると分かるとほっこりしますね。

そして、国境の街丹東へ到着。まず毛沢東の巨大銅像に圧倒されます。しかし、中国の共産主義の父が見下ろす街中では北朝鮮で町おこしと言わんばかりの商魂が熱く燃えていました。北朝鮮のパチモノグッツ販売に始まり北朝鮮レストランに北朝鮮風コスプレときて、極めつけはクルーザーで北朝鮮を背景に写真を撮るウェディングフォトです。

商売の本質はアイデアなので、中国の商売に対する熱意は国の体制くらいでは抑えきれません。ただ、そらちゃんが言うようにウェディングフォトは少し悪趣味なので倫理的なことも中国の方々には意識してほしいです。

入国

陸伝いで外国に行くということ自体島国日本の人間からしたら非日常感があります。夜行電車内はほぼ中国人でしたがここからはほぼ北朝鮮人です。全員が胸にバッジをつけていて目に見える形で国民が管理されているのはディストピア感あります。入国手続きは電車の中で行われますが女性でるそらちゃんはPCやスマホのチェックはなし。なぜなら男性はHな画像や動画を持っているか可能性が高いから厳重にチェックされるからです。

エロを求める心に国境は無い!というのは冗談ですが、北朝鮮の人たちがどうポルノを消費しているかは気になりますね。そしていよいよ北朝鮮に足を踏み入れます。ここから車窓越しに撮った北朝鮮の人々の写真が何枚か続くのですが、北朝鮮の庶民からはいい意味でも悪い意味でも昭和の香りがして、映画の中にでも迷い込んだようです。

独裁国家の街並みと言えば威厳を出すために重厚な色合いかと思いきや明るいパステルカラーの建物にファンシーな動物の置物とまるでバービー人形でも住んでいそうな雰囲気です。中国では食いそびれた食堂車の食事にもありつけました。北朝鮮の瓶の蓋は締まりが甘いので日本製の飲み物が重宝さ
れるというのは地味に驚きました。

平壌

言うまでもなく北朝鮮の首都です。北朝鮮の人間と言えば堅苦しく生真面目という偏見をブラックジョークばりばりのガイドさんが吹っ飛ばしていて痛快です。首都だけあって立派なビルがひしめいていますが、電力事情はやはり厳しいようです。観光ルートには優先的に電力は回されますがそれでも
油断はできず、冬は避けた方がいいというのがそらちゃんの忠告です。

宿泊先は高級ホテルとして有名な高麗ホテル。ロビーは壮麗ですがシャワーがすぐ水になったり、せっかくの夜景を楽しめるバーも軍事機密のため絶景はお預けと所々にがっかりポイントがあって面白いですね。テレビでNHKが見れるのは意外でした。

そして、とうとう平壌散策へ。当たり前の様に銅像参拝に行くのはウケます。ちなみに銅像を作る会社があって4000人の技術者を養っていて北朝鮮では一大産業となっています。しかも、世界中の独裁国家から引っ張りだこという北朝鮮が意外な分野で頭角を見せていて驚きです。

キム親子の銅像は人間との対比でみればはっきりと分かりますがスケールが大きく実に立派です。写真撮影には厳格なルールがあってピースサインをしようものならこっぴどく怒られます。なんだか宗教染みてますが北朝鮮は主体思想が”国教”の位置づけなので開祖のキム一族が神格化されるのは自然な流れです。

人口250万の平壌は大都会ですが、ほとんど車が走っていません。北朝鮮では車の個人所有も国の許可制で移動手段はもっぱらバスや電車などの交通機関に偏ります。車の所持に国の許可がいるというのはカルチャーショックですね。

配信でも大ウケしていたすしざんまいポーズのクソデカ金正日フィギュアは撮影禁止で掲載されていません。本当に飾らない北朝鮮を見るにはやっぱり直接現地に足を運ばないとダメですね。プールではしゃぐそらちゃんですが気さくな北朝鮮の人もそらちゃんが日本人と分かると急によそよそしくなります。日本人を目の敵にしていうよりは外国人と勝手に話してはいけないという決まりごとがか何かがあるっぽいですね。現地の人と仲良くなれないのは悲しいです。

そして、地下鉄にも乗るわけですが、そこで駅員の女性をナンパしている男性を発見。ここでそらそら村民(そらそら村の村民という設定の旅野そらのリスナーの総称)の間でミームとなった”冷麵”が登場します。北朝鮮のナンパの常套句にあなたは冷麵を食べましたか?というのがあります。北朝鮮の結婚式の儀式で冷麵を必ず食べるので冷麵を食べた=既婚か否かの隠語となっています。北朝鮮では儒教文化が根強く残っていて結婚相手は親が決めると思っていましたが5割は恋愛結婚と聞いて驚きました。その手段がスト
リートのナンパで北朝鮮の恋愛事情が垣間見た瞬間でした。

電車内の景色は日本とさほど変わらずみんなスマホに夢中。北朝鮮版ツムツムの様なゲームが流行している様です。駅を出てそうそう荷物を落とすというアクシデントに見舞われますが親切な人に拾ってもらって事なきをえます。しかし、そらちゃんが日本人だと分かると顔を青くして去ってしまったので残念ですね。ただ、どの国にも親切な人がいるというのはほっこりします。

平壌のランドマークである主体思想塔や1987年に着工されながら未だに未完成の北朝鮮のサグラダ・ファミリアこと柳京ホテルを写真に収めます。柳京ホテルの三角形の形状は青森県民の私は青森市のアスパムを連想しましたね。文字通りの張りぼてですがガイドさんはいつ完成するの?という意地の悪い観光客の質問にODA下さい(笑)と切れ味のいい返しをしていて感心します。

平壌の街並みはメルヘンチックなカラーリングでおもちゃ感がありますね。明るいイメージの演出の他に統制下の住民のストレスを少しでも減らす”ガス抜き”の意図も感じました。タワマン街に優秀な科学者たちを住まわせて科学者を若者の憧れの職業にしようという試みで技術力に飢えていることが分かりますね。

田舎の街

平壌郊外はのどかな自然が続く牧歌的な田舎の街並みが広がります。私が個人的に一番気になっていた野グソ写真はこの章にあります。トイレは村で共同のものだけで用を足す場が限られているので立ションや野グソに抵抗が無
さそうです。

幼稚園も訪問しますがここが一番独裁国家感ありましたね。不自然なほど身なりがよく子役のようなオーバーリアクションにも関わらず目が全く笑っていないというのは怖いですね。しかし、子供は無邪気ですぐに自然な笑顔を
見せてくれるようになりました。子供の笑顔はどの国も同じですね。

米の価格の高騰で庶民が悲鳴を上げている日本ですが、ここは北朝鮮を見習いたいです。田舎という点を加味してもありとあらゆる場所で野菜や果物が栽培されていて食うに困らないようにする知恵や工夫に溢れています。

観光客に見せてもOKな家に指定されている農村の名家にもお邪魔しますが昭和レトロな雰囲気が溢れています。タイル張りのキッチンは埋め込み式でかまどの熱が部屋全体に広がって温まる仕組みです。厳しい冬の北朝鮮ら
しいですね。

工場に見学に行けばサボっている労働者がちらほら。配信で説明してくれたのですが北朝鮮では仕事のモチベーションを上げるために報酬を上げるという概念が無く、どれだけ成果を上げても受け取れる対価は一定です。工場で良い働きぶりの工員の食事に肉を大目に入れたら工員全員が激怒して抗議してくるという事態が発生して何ごとも平等の理念が根付いています。

はっきりいって真面目に働くだけ損なのでノルマをこなしたら後は適当にサボるのが最適解になります。良くも悪くも緩い働きぶりで日本のブラック企業のようなものは存在しないのだと少し羨ましくなりました。

海辺では地元の少年たちと交流出来ました。髪を染めたり服装も自由でフランクにそらちゃんに話しかけてきて平壌とはうってかわった対応です。こちらも昭和の映画を見ているような気持ちになります。そして、そらそら村では北朝鮮グルメのド定番。ハマグリのガソリン焼き(ハマガソ)です。調理で使用するガソリンは国の自動車からちゃっかり拝借しています。

配信ではより詳しく話していますが日本では安全対策でガソリンに意図的に匂いがつけられていて、北朝鮮の場合は無味無臭で味に影響はありません。高温で加熱されたハマグリを開ければ、旨味たっぷりの熱々の汁が溢れ、貝柱とともにはふっと口に含んで焼酎で流し込む至福。酒飲みの血が騒ぎます。

酒が入れば気持ちがおおらかになるのは万国共通。海辺の開放的な空気も追い風となってセンシティブ(政治的)な話に花が咲きます。良くも悪くも印象深く日本人の北朝鮮に対するイメージは固まっていますが、本著を読み
進めていくと逆に北朝鮮の人たちは日本のことをどう思っているの?という疑問に行きつきます。

これもそらちゃんが配信で詳しく話していますが、一言で言えば北朝鮮人からは日本は”アメリカの金魚”の糞と思われています。抗日教育で日帝は絶対悪と叩き込まれていますが、あくまでも過去の敵国。現在進行形で対立しているアメリカや韓国に比べれば文化的な許容度が高く日本の食品なども店の棚に普通に並んでいます。

ミサイルが発射されるたびに日本が抗議してきてもアメリカの犬がなんか言ってらと意に返しません。今のままでいいのw日本はこのままで大丈夫かwと北朝鮮人の青年から侮蔑交じりの同情をされた時もそらちゃんが日本は平和国家だから……としか言い返せないことに敗戦国の悲哀を感じずにはいられませんでした。

人民の国

北朝鮮の名物と言えばマスゲーム。旅行の締めくくりといったらこれしかありません。マスゲームに参加することは北朝鮮人民にとって大変な名誉らしく熱が入っています。余談ですが北朝鮮は国民に求める能力値が極めて
高くアイドルでもないのに皆に歌って踊れることを求めます。温泉に行った際に興じた卓球すらもそこら辺のお兄ちゃんがプロ並みの腕前でそらちゃんは太刀打ちできませんでした。

そらちゃんが逝っていた通り日本で同じことをやれば多くの人が落ちこぼれそうです。障害のある子どもはどうなっているのか気になってしまいます。マスゲームに話は戻りますが、プロパガンダの極みと分かっていても感動を禁じ得ないほどの才能ある人間が何万人も参加した総合芸術の絶頂で北朝鮮文化の精髄と言えるものです。

あとがき

本著を締めくくるのはそらちゃんをガイドさんのエピソードです。革命遺族の名家の出で祖母から反日教育を受けて日本が大嫌いだったにも関わらず政府の命令で日本語学科の進学を命じられました。まず自分で学科を決められないことがカルチャーショックです。自分の勉強したいことを勉強できるって当たり前じゃないんですね。

親族から絶縁を告げられたり、祖母が大学当局に焼身抗議を訴えかねないほど話がこじれて大学進学をあきらめるところまで思いつめますが、両親の勧めで不本意ながら日本語学科に進学しました。大嫌いな日本の勉強なんて身が入るはずもなく毎日泣いて過ごしていましたが、ある一つの詩との出会いで日本に対する見方が一変します。

こんな美しい詩を書ける日本人はどんな人だろう?日本人がすべて鬼や悪魔というのは間違っているという考えに至り、日本と北朝鮮の人々が自由に国が往来できる未来が訪れればいいという夢を抱くまでになります。配信で
ガイドさんのことを聞いていて本当に立派な人だと感心していましたが、素晴らしい芸術が国教や言語、文化を越えて懸け橋になりうるという可能性に深く感動しました。創作に携わる者の端くれとして希望が持てました。

最後に 旅野そらについて

※旅野そらの詳しい情報は下記wikiを参照。

私とそらちゃんが初めて直接接点を持ったのはまだ本格デビュー前のことです。父親が採ってきたミズとモツの炒め物をX上でポストしたらそらちゃんがリプをくれました。人懐こい感じに好感を持ちチャンネルを見てみると
クッキンハンターを名乗り肥料を使った人工肉やウサギの糞を使った料理などゲテモノ料理に体当たりで挑戦するおもしれー女で興味を持ちました。

デビュー配信でそらそら村という独自の世界観を確固たるものにしてリスナーに三白眼で血判を強要してそらそら村民にした後、北朝鮮を始めゲリラ配信で時事ネタを拾いコアなリスナーの心を鷲掴みにして着実に登録者数を伸ばし、衆議院総選挙の開票速報LIVEで一気にバズって個人勢では破格の数字を手にして今日も存在感を発揮しています。

一度夢破れたそらちゃんがVtuberというコンテンツで再び夢に歩み出したことは一回のVファンとして誇らしいことです。現在の国際情勢を鑑みるに自由に国を行き来できるのは難しくなる可能性が高いです。しかし、人間の本質は体制や国境では変わらないということを本著北朝鮮の旅は教えてくれました。顔も名前も知らないガイドさんの夢が実現するを祈って本記事を締めたいと思います。素晴らしい本をありがとうございました。

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