ポスト・アポカリプス・スクール・ライフ 第三話
ヨーコ「よーし、今日の授業はここまで!完全下校時間前までに寄宿舎に戻れよー」
HRがつつがなく終わり、HRの締めの挨拶したヨーコがアダムを引き連れて教室を後にする。
ヒナ「終わったー。疲れたー」
緊張が解けたカスミは糸が切れた人形の様に机に突っ伏す。
サーシャ「今日は体育で動き過ぎた。明日は筋肉痛を覚悟」
カスミ「”宿題”ってのどっさり出された―。勉強なんて学校だけでいいよー」
バスケで気持ちのいい汗をかいて上機嫌だったカスミは宿題を出されてげんなりとした顔で俯く。
サーシャ「元気になったり落ち込んだり忙しい奴」
ヒナ「そう落ち込まない落ち込まない!ヒナと一緒にやろーよ」
カスミ「ヒナあんがとー。まぁ、いつまでもウジウジすんのも性に合わないし。放課後の余暇を楽しみますか」
サーシャ「余暇って……一応真面目な探索なんだけど」
ヒナ「いーじゃん。肩の力抜いた方がかえって気が付くこともあるって」
サーシャ「一理あるかも、とりあえず1階から見て行こうか」
時刻は午後4時半。
教室を出た3人は廊下をぶらつきながら探索を開始した。途中、校舎内を巡回するイヴの一体とすれ違う。
タブレットで校舎のマップを表示してまず化学室を訪れる。
ヒナ「変わった形のコップがいっぱい……」
棚に並んだ多種多様なビーカーやフラスコ、メスシリンダーなどを眺めて目を輝かせる。
サーシャ「ビーカー、それはフラスコ。希少な化学薬品がたくさん……まだ使える」
シェルター時代に欠乏していた化学薬品が大量にあったことでサーシャは目見開き手に取って1つ1つ吟味していく。
カスミ「よくわからんけど、メッチャ高性能な実験器具っぽい。下手に触ったら壊しそう」
専門の研究機関でなければ目にしないような実験器具の数々にカスミは悲鳴を上げそうになる。
サーシャ「カスミ、正解。文明崩壊前なら目の玉が飛び出るほどの値が付く」
カスミが触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに実験器具から距離を置くカスミとすれ違いサーシャは実験器具をつぶさに確認していく。
ヒナ「なるほどー。これ組み合わせればコーヒー淹れられるかも…ワクワクしてきた」
ヒナはビーカーやフラスコ、アルコールランプなどを見て化学室カフェを妄想する。
サーシャ「確か校舎内の備品の持ち出しは”正当”なり理由なしには原則禁止だっけ。まぁ、やりようはあるか」
カスミ「ねぇねぇ、サーシャ先生ー。プロテインとか調合できる?」
サーシャ「いいよ。一発で雌ゴリラみたくなれる強力なやつ」
カスミ「いや、そこまでは求めてないかな……」
サーシャなら本当にやりかねないと本気でビビるカスミにサーシャがふっと笑みをこぼす。
サーシャ「ふふ、冗談。さ、仕切り直して次に行こうか」
逐一自分たちの動きを監視するカメラを一瞥する。1階ではとても調べきれないと隣にある家庭科室に移動する。
ヒナ「うひゃぁ!ぴっかぴかのオナベにフライパン!お茶碗にお皿!包丁も!」
将来の夢は1流料理人のヒナにとって宝の山の調理器具の数々に一瞬でテンションが最高潮に達したヒナにカスミはお腹を抱えて笑う。
カスミ「あははははっ!ヒナはしゃぎすぎ!」
サーシャ「ほう、ミシン、裁縫道具もある。キャンピングカーにしまってあるほつれた毛布とか繕いたい」
ミシンや裁縫セットを改めるサーシャの横で棚にぎっしりと陳列された調味料の数々に仰天する。
カスミ「おぉぉっ!なんかよくわからんスパイスがぎっしり!シェルター出た後は碌な味付けもできなかったから、自分の好きなように味変してー!!」
キャンピングカーでの移動中の貧相な食生活を思い出したカスミは次々と調味料やスパイスを手にとっていく。
ヒナ「おぉぉー!オーブンもでかぁ!それに圧力鍋!ねぇねぇ、もうここで夕食会しない?早く腕を振るいたい!」
夢見心地のヒナにカスミが加勢する。指の間に挟んだスパイスの瓶を挟んで胸の前で交差させてドヤ顔をする。
カスミ「いいね!ウチはカレーが良いかな。スパイスの組み合わせで新しい味を創造する!」
はしゃぐヒナとカスミに呆れてサーシャは溜息をつく。
サーシャ「確か施設は授業目的じゃないと使えなかったはず、放課後は無理」
ヒナ「教員の許可があれば特例が認められるんじゃなかたっけ?」
サーシャ「教員……ヨーコの許可があっても完全下校時間を過ぎれば施設の利用が制限されるから無理」
ヒナ「ちぇー、家庭科の授業を待ちますか」
ヒナは不本意な顔で調理台に広げた調理器具をいそいそと片付けていく。
カスミ「まぁ、それが賢明か、あんま遅くなりすぎると宿題の時間も無くなっちゃうし」
サーシャ「これ以上ここにいたらヒナにとって目の毒だから次に行こう」
このままではキリがないとサーシャは未練タラタラなヒナの腕を強引に引っ張って家庭科室を出る。
カスミ「次はどこ見る?資材室とか保健室、美術室あたり?」
カスミはサーシャのタブレットに顔を近づけて校舎一階のマップを確認する。
ヒナ「保健室はガッコウの病院みたいなとこでしょ?旅の最中はお薬とかも無くなってたから、こういう場所がある万が一の時にと安心できるね」
サーシャ「保健室も捨てがたいけど……情報処理室を見ておきたい」
カスミ「情報処理室……ははぁん!サーシャ先生もついに自分の興味剥き出しにしてきましたねぇ」
普段、クールぶってるサーシャがパソコンおたくの地を出してきたのかとニヤニヤとする。
サーシャ「……それもあるけど、パソコンがあればこの学校の成り立ちやジェーン・ドゥの目的も分かるかもしれない」
ヒナ「でも、誰でも使えるようにしてある端末から探れるかな?向こうにとって都合のいい情報でこっちを誘導してくるかも」
首を傾げるヒナにやっぱり頭がキレるとサーシャは感心する。隣のカスミはきょとんとした表情を浮かべていて予想通りのリアクションと肩をすくめる。
ヒナ「それは大前提で今手に入る情報は出来るだけ揃えておきたい。ジェーン・ドゥは多分ゲームをしてる。わたしたちが”答え”に辿りつくのを心待ちにしてる」
カスミ「ゲーム?回りくどいなぁ。ルールが分からなきゃボールの回しようもないよ」
サーシャ「ほんとそれ、とりあえず行ってみようか。時間的にじっくり調べられるのは次で最後だし」
モタモタしていられないと3人は情報処理室に入いると、文明崩壊直前当時の最新式のパソコンが並んでいてサーシャは感嘆とする。
サーシャ「すごい……シェルターに合ったパソコンとは比べ物にならない……!」
旧文明の遺産にサーシャは言葉を失う。
カスミ「サーシャはセルゲイじいさんと一緒にそこらへんのスクラップ集めて作ったパソコンも不格好だけど味があったもんだけどね。本物のパソコンってこんなにシャープなんだ」
自分の知識上のパソコンとはかけ離れた見た目のパソコンにカスミは興味深く情報処理室全体を見渡す。
サーシャ「試しに起動してみたけどやっぱり外に回線が繋がってない。まぁ、文明崩壊後でネット環境もクソもないけど」
インストールされているソフトやアプリはどれも当たり障りのないモノで基本スペックが高い分、肩透かしを食らったサーシャは若干の失望を覚えながらも、PCの隅から隅まで調べ上げていく。
サーシャ「……あくまでも授業用ってわけね。せめてこの学校の前の生徒の課題でもあれば手掛かりになると思ったんだけど……」
カスミ「やっぱ収穫無し?なんかお腹減ってきちゃった」
視聴覚室を見て回り終えたカスミは元からパソコンには強い興味を持っていないため、早くも暇を持て余して退屈そうにしている。
ヒナ「ねーねー。これって共有のじゃなくて誰かの私物じゃない」
サーシャとカスミがこれまでかと諦めムードになったところでヒナは情報処理室の資材置き場から古ぼけたノートパソコンを見つけてきた。
サーシャ「共有のデスクトップPCに比べれば随分型遅れしてるけど使い込まれてる」
キーボードのキーのアルファベット文字の一部分が消えているなど年季の入った様子に手ごたえを感じたサーシャはノートパソコンを起動する。
サーシャ「ロックがかかっていない。不用心」
謎のノートパソコンにはロックがかかっておらずデスクトップ画面に移行する。
ヒナ「あっ!これってひょっとして集合写真!」
デスクトップには十代前半から十代後半ほどの男女が12人が笑顔で並んでいる。
サーシャ「ヒナ、お手柄。これは貴重な手がかり……!」
デスクトップにはいくつかのファイルがあり、”第34回イーデン学園文化祭”という映像ファイルを発見する。
ヒナ「学園……祭?!学園でお祭りもするんだ」
サーシャ「この国の学校では教育の一環でやってて、体育祭って言うのもある」
カスミ「体育祭?!スポーツの祭典?!」
サーシャ「そう、つまり。このガッコウにはある時期まではお祭りが出来るだけの人数の生徒がいた」
核心に1歩近づいた手応えでサーシャはうっすらと口角を上げる。
ヒナ「それ見たい見たい!お祭りなんて記録映像でしか見たことないよ!」
カスミ「ヨーコが生まれる少し前くらいははまだ近隣のシェルターも生きててお祭りみたいなこともできたって聞いたことある」
人類の営みではありふれた”祭り”が現在では過去の遺物なったとこに対してサーシャは自嘲する。
サーシャ「ある程度の物資の余裕と人数がいないとできない……ただの慣習や娯楽にすぎなかったのが今となっては繁栄の象徴」
サーシャは生唾を飲むとマウスのカーソルを”第34回イーデン学園文化祭”のファイルに合わせる。
サーシャ「それじゃ……押すよ」
ヒナとカスミが頷くのを見るとサーシャはマウスをクリックした。