速報です、帰らせられました。
この素敵なイラストは、みんなのフォトギャラリーに投稿されたトウユウジさんのものを使わせていただいています。ありがとうございます。
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とにかくこの状況に落ち着いていられなかった。俺は隣に座る友人に声を潜めて話しかける。
「シンヤ」
「なに」
薄暗い店内にキャンドルの火が灯っている。アンティーク調の家具も友人の横顔も、柔らかい光に照らされている。
「なんか色々と予想外なんだけど」
目の前で女性三人がメニューを見ながらキャッキャとはしゃいでいる。ご飯に行こうと誘われて来たはいいが、男女六人だなんて聞いてなかった。当然彼女たちとは面識がない。
「いいだろこういうのも」
シンヤがささやくと、その隣のタクミもこちらに向かって小声で言った。
「そうだぞ、積極的にならなきゃ。特にお前は」
「はーい、飲み物来たよー」
向かって右奥の女性が店員からグラスを受け取ってまわし、てきぱきと注文を伝える。
「あら、ソフトドリンク?」
目の前の女性が怪訝な顔でグラスを渡してきた。学生のころ酒で何度か失敗してから飲まないことにしているのだ。
「お酒、飲めなくて」
「そっか」
女性はそう言うと広げたメニュー表なんかを片付け始める。
「ねえ、カンパイしよーよ」
真ん中に座る女性が元気よく言うとシンヤが「そうだな」と言ってグラスを持ち、音頭を取ってカンパイした。それからすぐに自己紹介が始まった。
「シンヤでーす。○×商事の営業やってまーす」
「タクミです。銀行員やってます」
二人はあらかじめ用意してますとでも言わんばかりにさらっと済ませていたが、こっちは違う。何を言っていいのかよくわからない。促されるまま立たされ、名前を言わされる。
「松山、ケンジです。えっと、よろしく」
カチコチになりながら自己紹介をするとシンヤがニヤニヤしながらつついてきた。
「こいつ医者なんだぜー」
「えー、すごーい!!」
「いや、まだ研修医だよ。まだ」
シンヤに反論するが、向かいの女性はきらきらした目を向けてくる。
「でも、お医者さんになるための研修を受けてるんでしょ?」
「まあ……」
すごいとか将来有望とか言われるのに対して、ぺこぺこ頭を下げながら着席する。緊張したが、悪い気はしなかった。
それから女性陣の自己紹介に移った。向かって右奥にいるのがミナコ、真ん中の女性がユカ、向かいにいるのがカナミ。忘れないように頭の中で繰り返す。みんな同い年でユカとシンヤが知り合いらしい。
「どこに住んでるの? 地元はこのあたり?」
食べ終えた皿を片付けながら、ミナコが質問する。シンヤが俺とタクミを見ながら答える。
「住んでるのはだいたいこの辺りだけど、地元は別」
「じゃあ、みんな独り暮らし?」
カナミが言うのにタクミが頷く。
「そうそう、マンション暮らし。けっこう見晴らしいいよ」
「えー、遊びに行きたい」
ユカが甘い声で言うのに、内心とまどった。ずいぶん積極的だ。みんなこんなものなのだろうか。タクミの方も嫌がる様子はない。
「いいよ、料理ふるまってあげる」
女性陣から歓声が上がる。家庭的な男だの良い旦那さんになれるだの言われ、タクミはすっかり得意になっていた。そんな様子を見て、シンヤは意地悪そうな笑みを浮かべる。
「ねえ、ぶっちゃけ結婚願望とかあるの?」
女性陣は「それはねえ」と声をそろえると、互いの顔を見あった。
「無いわけじゃないよね?」
「そうねー」
「うん、せめて三十歳前半までにはしたいかなー」
ユカ、ミナコ、カナミがそれぞれ言う。そんなものなのだろうか。毎日仕事でいっぱいいっぱいで、ライフプランなんて考えたこともない。
「シンヤ君たちみたいに稼いでる人はやっぱモテるんじゃないのー?」
ユカがニヤッとして言うと、シンヤはきまり悪そうに頭を掻く。
「いやいや、そんな稼いでないって」
「何言ってんだよ、この前BMW買っちゃったくせにー」
タクミが肘で小突いて言うと、シンヤも小突き返す。
「お前だってアウディ乗ってるだろ」
「えー、やっぱ稼いでるじゃーん」
そう言うとユカは笑い、通りがかった店員に声をかけて飲み物を注文しはじめた。それに乗っかって俺とシンヤも飲みものを頼むと、若葉マークを付けた店員は慣れない手つきであわただしくコーラやらコークハイやらサングリアやらをメモした。
「やっぱ男の子は車もってないとねー」
ミナコが言うのにカナミが頷いている。地下鉄も電車もあるからいらないだろ、とツッコミが口からこぼれそうになったが、ぐっとこらえる。まあ、通勤の都合上ないと不便だから俺も持ってるけど。
「高級車乗っている人ってあこがれちゃうな」
「ケンジくんは、車持ってるの?」
ユカが話を振ってきて、ギクッとした。悪気はないんだろうけど、こんな状況で言えるか。
「え、ああ、うん」
「そうなんだ! どんな車持ってるの? やっぱシンヤくんみたいに外車?」
顔を引きつらせながらあれこれ考えるが、白状する以外に道はなさそうだ。仕方なく持っている車を言う。
「いや、普通の、軽だけど」
「へー、軽ね……」
一瞬、女たちの目の奥に冷たいものが宿った気がした。場が白けたのが自分でもよく分かったが、こんなもの、回避しようがない。
「そう言えばこの前ね、ポルシェ持ってる人がいて、一緒にご飯行ったの。なんかポルシェは資産価値が高いからあえて買ってるんだって」
「えー、早くいってよー。ポルシェにすればよかったじゃん」
シンヤが大げさに驚いて見せる。なんなんだ、こいつら。稼いでいて、外車を持っていないとだめなのか。それ以外の男はお呼びじゃないってか。シンヤもタクミも、なぜこんな飲み会に俺を呼んだのか。
「お待たせしました。お飲み物です」
若葉マークを付けた店員がやってきた。もう喉がカラカラだった。まわりは相変わらず愛車自慢とドライブの話で盛り上がっていて、こちらに目を向ける女なんて一人もいなかった。俺はまわってきたグラスに口を付ける。
「あれ、これ本当にコークハイか?」
「えっ?」
シンヤが顔をこわばらせてこちらを見ている。頭がぼーっとする。シンヤの顔を見ていると、なんだか急におかしくなってきた。
「ひ、っく」
全員がこっちを見ている。普段は注目されると言葉に詰まってしまうが、今は滑らかにしゃべることができた。
「そんなに高級車が好きなら、ポルシェとセックスしてろよ。アストロボーイのママになれるかもしれないぜ」
お金が入っていないうちに前言撤回!! ごめん!! 考え中!!