知ることのハードルが下がってきた
こんにちは。QoiQoiの大橋悠太です。
今日は作品制作を続けている中での自分の変化を文章にしてみようと思います。
テーマは「知ることのハードル」です。
僕自身は現在26歳、大学卒業して丸4年が経つ頃に差し掛かりました。
その中で年を重ねるごとに、新しいことに挑戦することのハードルの高さと、無意識に変化を恐れる自分自身がいることに気がつきました。
それがここ最近になり、少し変わってきたので、そのきっかけと具体的な変化を書いていきたいと思います。
目次
1、新しいことに挑戦するって難しい
2、変化することを恐れる自分
3、「知る」ことで変わっていく自分
4、まとめ
今回は気楽に書いていこうと思います。
そんなに長くはないですが、お時間あるときにでもお付き合いください。
ではいきます。
1、新しいことに挑戦するって難しい
大学を卒業して数年はアルバイトをしながら、フリーの役者を続けていました。
年6本位の芝居に出演していたと思いますが、その収入はほとんど無いようなもの。
稽古場への交通費と食費であっという間に消えてしまいます。
僕は実家暮らしなので、どうにか生活できていましたが、芝居の稽古がない日は基本的にアルバイトをしていました。
アルバイトをすると、朝7時~夕方16時位までの時間を対価に8000円程のお金を得られます。
しかし、その後の時間に何かをする気力が無くなってしまい、結果一日で出来たことはバイトだけという経験をしている人は、僕以外にも多いのではないかと思います。
本来であれば、僕はバイト後の時間を使って演技の練習や台本の読み込みなどをするべきだったし、新しい知識を身に付けるために本を読んだりするなど、やれることは沢山あります。
でもバイトで疲れて家に帰ってパソコンを開いたり、とりあえずゲームのスイッチを入れたり、スマホを弄ったりしているうちに、気が付いたら一日が終わってるんですよね。
少なくとも僕はそうでした。そしてその後に自分の時間の使い方にすごく後悔したりするんです。
どうしてこうなってしまうのか、すごく悩んで考えた時期がありました、そして気が付いたことがありました。
2、変化することを恐れる自分
僕は心の中で心底なにもできない自分が嫌だったし、時間を無駄にしている自分に苛立っては、深夜に何かしなくちゃと思い立ち無理に勉強したりして、次の日に疲れを持ち越して結局なにもできずに一日を終えるという負のスパイラルにはまってしまい、どんどんと気持ちも腐り気力もなくなっていきました。
こうした悪循環はどこから生まれてくるのか、その原因は自分のどこにあるんだろうと思い、自問自答をしたり客観視してみようと努めた時期がありました。
その時に出た答えは、「自分は変化を恐れている」と言うことでした。
僕はその当時、役者として演技が上手くなって成功することに憧れていましたし、それに向かって努力しなければと心から思っていました。
しかし、心のどこかでは努力してしまえば、自分にはもしかしたら才能がないことや、役者としての成功が絶たれる未来が待っているのではないか、と努力したことによって自分にとってマイナスな結果が分かってしまうことを恐れていました。
だからこそ、しなければならない努力を避けてマイナスな結果が出ないように、自分で分かってしまわないように蓋をしていました。
そんなことをしても何にもならないし、それは自分の未来に一ミリもプラスになりません。
でも頑張りたいと思う気持ちがある程に、無意識に努力によって結果が出ることを避ける状態に陥ってしまうのです。
どうなんだろう、僕だけですかね?
これはきっと心の中の幼さが、助けてくれる人や物にすがりたくて、無条件に責任をとってくれる《親》のような存在を求めているんだと僕は思いました。そして「これはまずい、キモすぎる」と理解しました。
そんなダメな自分を変えたいと思って、自分でも何か作品を作ったり、主体的に何かに向き合ってみようと思ったのでした。
自分を揺るがす大きな変化を求めたのです。
そしてその時に偶然出会ったのが、現在共にQoiQoiを主宰する吉次匠生でした。
3、「知る」ことで変わっていく自分
自分の団体を持つという決断はかなり大きな変化を僕にもたらしてくれました。自分が作品をつくることに関しても、お客さんに届ける、観てもらうところまで責任を持つという経験は、役者だけやっていたそれまでよりも濃密でした。
2019年2月、旗明け公演『いたす』の小屋入りの日に、家を出る直前、今まで感じたことのない震えが全身を襲いました。
「劇場に行くのが恐い」
そんな感情は生まれて初めてでした。これまで緊張することはあっても、舞台に出たくなくなったり、劇場に行くことさえ恐くなることはなかったのですが、このときばかりは泣きたくなるほど恐かったのを覚えています。
ただその時に思ったのは、「俺はまた自分の失敗が確定するのを恐れている。そんなんでいいのか?」という思いでした。
そして下手くそな稽古に頑張って付いてきてくれた出演者・スタッフ、応援してくれる仲間、予約してくれたお客さん。
それらの人達への感謝が、逃げようとする足を踏みとどめてくれました。このとき本当に応援と言うものが、自分を支えてくれていると心の底から実感しました。
団体を主宰し公演を一つ打っただけで、沢山の初めてを知ることができ、多くの変化を経験しました。
それによって気が付いたら自分は、変化することを前よりも素直に受け入れられるようになっていました。
もっともっと変化しなくては、自分を支えてくれる人達の期待に応えることができなくなる、という思いが芽生えたからです。
4、まとめ
結果として、僕にとっては主宰の団体を持つという経験が自分に大きな変化を与え、知らなかった感情や体験、自分の弱点・欠点を知って、それを受け入れることができるようになりました。
それが更なる「知る」という変化を受け入れるハードルを下げてくれています。
この自分の経験の一番の要因は、自分が今いる【環境】を変えたことだと思っています。
関わり方が変わり、考える事柄が変わり、思考が変わり、意識が変わり、習慣が変わった。
いまではバイトがあった日でも、その後の時間に本を読んだり、こうしてnoteを書いたりと、使う時間を無駄にしないようにできるようになってきました。
そして旗揚げ公演の次に制作することになる映像作品「それぞれ」で福島に取材に行ったことが、更に自分を成長させてくれた経験になったのですが、その話も長くなりそうなので、今回はここで一度切り上げようと思います。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
また別の機会に福島での経験と、自分の変化を言葉にしてみたいと思いますので、その時も読んでいただけたらうれしいです。
ではまた。
QoiQoi 大橋悠太
QoiQoiプロフィール
2018年2月9日に大橋悠太と吉次匠生によって結成されたアートユニット。 当初はano(アノ)として活動していたが、2020年10月1日より団体名を改めQoiQoi(コイコイ)として新たな活動を始めている。
また、「想像力を創造する」をモットーに演劇、映像、インスタレーションなどさざまな分野を飛び越え作品制作を行う。団体名のQoiQoiもquality of imaginationが由来である。 また、社会問題から個人の体験まで幅広い事象を可視化し、常に観客に「当事者性」を提示する作品作りが特徴である。
このnoteでは作品制作のことを中心に、被災地のことや原発のこと、その他考えたことなど、読んでくれている方へなるべく為になるような記事を書いていくことを目指しています。
もしも気に入った記事や活動の参考にして頂けたら、スキやQoiQoiをフォローをしてもらえたら嬉しいです。
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サポートして頂いた資金は現地取材や稽古など全て作品作りに使用させていただきます。
今後とも我々QoiQoi(コイコイ)をよろしくお願いいたします。