吾輩は猿である。
吾輩は猿である。名前はまだ無い。仲間もいない。
否、昔は仲間はいた。しかし、いつの間にかみんないなくなった。
気付けば、みんな、ヒトになった。
なのに、我輩は猿のままである。
吾輩もいつかはヒトになれるのだろう。
しかし、幾年経っても猿のまま。
そんな吾輩を見てヒトが笑っている。お前も猿だったくせに。
吾輩の赤いお尻を見てヒトが笑っている。お前も赤かったくせに。
どうやらヒトになると、猿の時の記憶が無くなるようだ。
吾輩の事は誰も覚えていない。
一緒に遊んだり、ケンカしたりしたのに。
吾輩は一匹ぽっちである。
一匹ぽっちじゃケンカも出来やしない。
ん?遠くで吾輩を見る女がいる。
吾輩は分かっている。その女は昔よく一緒に遊んだメス猿である。
吾輩の事が分かっているのか、ジーっとこちらを見ている。
吾輩が近付くと、女は逃げていった。
なんだ。ただの勘違いか。
吾輩はいつまで経っても猿のままである。
ヒトになるために、体中の毛をむしったが、すぐに生えてきた。
お尻の赤さを消すために、土に擦り付けたが余計に赤くなった。
吾輩はこのまま猿のまま。
ヒトになったふりをしてみたが、所詮は猿真似。
その内、みんな吾輩に興味を持たなくなった。
吾輩はかまってほしくて、ヒトに噛みついたり引っ掻いたりした。
……。
……。
余計に嫌われた。
どうせ嫌われるならとことん嫌われてやろう。
猿の脳みそではそんな作戦しか思い付かなかった。
それから吾輩は、いたずらの毎日。
食べ物を盗んだり、家を汚したり、ヒトを引っ掻いたり。
結局、吾輩はその地を追い出された。
あてもなく歩き続けた。
とぼとぼ歩き続けた。
気付けば、数日、何も食べていない。
フラフラと歩いていると、落ちてる何かに気付いた。
吾輩は、まだこんなに力が残っていたのかと驚くほどの素早い動きで、それを拾った。
………。
………。
………。
ついてない…。それは単なる果実の種だった。
がっくりと落ち込んでいると、ヒトの気配が。
いや、ヒトじゃない。カニである。
しかも、おにぎりを持っている。カニのくせに。
吾輩は狡猾な作戦を思い付き、カニに近付いた。
※うんぬんかんぬんありまして
吾輩は反省したのである。
カニや臼やハチに謝った。
そこへ、見覚えのあるヒトがやって来た。
そのヒトは昔よく遊んだメス猿である。
「そんな事ばっかりやってるからヒトになれないんだよ。ヒトになりたかったらヒトの役に立つことをしなきゃ!」
そう言って女は去っていった。
後ろ姿を見ると、女の頭には、メス猿の頃、吾輩があげた髪飾りがあった。
吾輩の事、覚えているのか?
そんな事を考えていると、またヒトがやって来た。今度は男だ。
しかも、奇妙な格好をした男。
「一緒に旅をしないか?」
その男は吾輩に話し掛けてきた。
そして、お腰につけたお団子を吾輩にくれた。
驚いたが、吾輩は決心した。
このヒトについて行ってみよう。
このヒトの役に立てるように頑張ってみよう。
そしたらヒトになれるかな…。
日本一と書かれた旗がちょっと恥ずかしいが。
吾輩は猿である。名前はまだ無い。
しかし、きっとヒトになるのである。
そして、今度会った時には、もっと綺麗な髪飾りをあげよう。
むかしむかしのお話でした。