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1-04「実家の犬がわけもなく壁に向かって吠えてました」

7人の読書好きによる、連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。

前回はS.Sugiuraの「今日の、または一昨日の、既に忘れ去れた日々の断章」でした。今回は屋上屋稔の「実家の犬がわけもなく壁に向かって吠えてました」です。それではお楽しみください!

【杣道に関して】
https://note.com/somamichi_center/n/nade6c4e8b18e

【前回までの杣道】
1-03 「今日の、または一昨日の、既に忘れ去れた日々の断章」/S.Sugiura
https://note.com/ss2406/n/n4ce740954f41?magazine_key=me545d5dc684e
1-02 「ブライアン・イーノにまつわる三つの話」/Ren Homma
https://note.com/nulaff/n/n7809507fdabf?magazine_key=me545d5dc684e
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電磁と金管

「仮にそれが幽霊だったからってどうするの」女が訊いた。
いやだから別にどうするってことはないけど。実家の犬がわけもなく壁に向かって吠えてました、なんか見えてたんかもしれへんよって話。あなた、ポルターガイストとか知らないんですか?
「イエイヌって聴覚が鋭いし、壁の中の水道管に反応したんじゃない?あたしトリマー目指してたことあるから詳しいんだ。犬も飼ってるし」
いや、なんの説明にもなってないでしょそれは。うちのダックスのねえ何を知ってるんですかお前は。うそをつかないでください。この部屋に犬なんていない。そもそも府営住宅まるごと生気がない。あんた千葉出身でもないし名前も梨奈じゃない。どうせトリマー云々もでたらめだ。

一夜それぎり、俺はもう女の顔を忘れてしまっている。酩酊して帰宅すりゃあるはずのない排水トラップの喉音や、慌ただしいダイヤルアップの接続音が壁を透けて幻出。俺は疲れている。イエイヌも疲れている。

昼行灯のコピー


余分に醒めようとするだけ、俺は銀幕の向こうの虚像へと惹かれてゆくみたいだ。巷間であくせくするだけ、意識は幼年期へとさかのぼる。俺は、というより人類は、白茶けた平日をありのまま受け容れることなどできない。そんな真似は狂気の沙汰でしかないと思う。だから俺は、コールセンターのお勤めが辛くなる時はいつだって記憶の中のアジールに逃避すると決めている。それは故郷の動物園にかつて存在したワニが泳ぐ西洋風のお城だったり、横浜西口の煙草臭いドトールだったり、祖父と搭乗した上海行の小形旅客機内だったりする。あるいはまた、メジャーセブンスそのものの翳りに身を隠すこともある。白鍵の隣り合う濁りに、そっと半身を浸すように。こんな白昼夢は正気の人間にのみ許された、哀切なアンフェタミンみたいなものだろうか?俺はまだまだ若いはずなのに、もう人生の大半をぼろの毛布のように摩耗した記憶と幻に頼って生きているみたいだ。そして疲労と不定愁訴だけが、かろうじて生まの身体を主張しつづけている。

今まで書いてきたことは全部、でたらめ。みんな俺のことを運動不足でニコチン中毒のビョーキ野郎だと言っている気がする。月謝8,000円を払って、ださい音楽に合わせてエクササイズすれば夢想癖も治まるという。なるほど。それがいちばん良いのだろう。俺も壁に吠えるだけ吠えて死にたくなんかない。ほんとはもっと無邪気に眠りたいんだ。

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次週は11/29(日)更新予定。担当者は葉思堯さんです。お楽しみに!

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