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ルーフウインドウ

今から30年くらい前、ゾッとした話を聞いた。

真実はどうであれ、その話を書き留めておこう。

当時僕は都内のカー用品店で働いていて、職場の仲間も車やバイクが好きな連中ばかりだった。

僕は自動車のオイル交換やタイヤ交換をするピット作業員で、その時は一番下っ端。体育会系の職場で、良くも悪くも先輩にからかわれながらワイワイ仕事を教えてもらっていた。

ボディビルをやってるムキムキの先輩が「おーいQ吉、セミが鳴いてるなぁ」と言えば、僕は都会の歩道を歩くおしゃれな女性にくすくす笑われながらも、歩道の電信柱にしがみついて、ミーンミーンとセミの真似をし、先輩も他のピットの仲間も大笑いした。みんな、毎日全力で馬鹿をやり、笑いが絶えない職場だった。

ピット入りの車もなく暇だった夏の暑いある日、次の休みに友人とツーリングに行くことを先輩に話したら、場所を聞いた先輩の顔色が変わった。

すかさず理由を聞くと、「今は話したくない」と先輩。ちょうどピットに車も入り始めたので、僕たちの会話はそこで終わった。

一日の仕事が終わり、僕とボディビル先輩は駐車場に停めたお互いのバイクのところまで一緒に歩いた。

Q吉、昼間の話だけどな。どんなに遠回りしても、あのトンネルだけは通るな。

ボディビル先輩はタバコに火をつけると、駐車場に停めてた自分のバイクにまたがって、美味しそうにタバコを吸い込んだ。

これは俺の知り合いの話なんだけどな。

ある夜に、その知り合いと仲良い友達が車2台でドライブに出かけたんだよ、それぞれ恋人乗せてな。コンビニで色々買い込んで、海辺で朝まで酒でも飲もうって感じで。

知り合いは走り屋だったけど車にルーフウインドウつけてて、ほんとチャラいやつでな。その日も彼女とイチャイチャしながらドライブしてたわけだ。

すると後ろから友達がめっちゃパッシングしてきたんだと。

当時は今みたいにスマホなんてなくて、一部の人がPHSって携帯を持ち始めたくらいの時代だったから、その4人も携帯はまだ持ってなかった。2台の車での移動中に連絡取るとしたら、ハザードたいて停めるか、クラクション鳴らすなりパッシングするしかなかったんだ。

ルーフウインドウの知人はやたらパッシングしてくる後続の友達に苛立ちながら、安全なところに車を停めて後ろがくるのを待った。

すぐに後続の車が止まり、すごい勢いで運転席から友達が降りてきたんだと。

その友達はルーフウインドウの知人の車全体を見渡すと、えらい焦りながら『屋根に人が乗っているように見えたんだよ』って興奮冷めやらぬ勢いで話してきたらしい。

もちろん人なんて乗ってないし車も何ともないよ。

少し霧が出てた夜だったし、なんか見間違いでもしたんだろうってことで、その二台は無事海岸に遊びに行ってその日は終了した。

それから数日後に、ルーフウインドウの知人はゾッとするハメになった。

洗車するときに、なんとなく屋根が汚れていたからだ。

ルーフの知人は車好きだったからよく洗車していたし、屋根に何かを乗せることもなかったから、その土埃のようなうっすらとした汚れと、後続の知人が屋根に人が見えたって話がばっちり繋がっちゃって、青ざめたって言ってたよ。

やつはずいぶん頑張って洗車したらしいけど、どう洗車してもその薄ら汚れが取れず、なんだか薄気味が悪いから塗装に出したそうだ。

もちろんその汚れだけのためじゃなくて、その前からルーフウインドウ周辺が劣化してたのもあったから、これをきっかけに綺麗にしようって思ってのことだ。

塗装屋に出してから1週間が過ぎて、車の受渡し日が近づいたある日のこと。

塗装屋から、ルーフの知人に一本の電話がかかってきた。

『お客さん、いやー参りましたよ、いったい何を付けたんですか、ルーフのところ。何度塗っても、手形が浮かび上がってきて、消えないんですよ』

受話器を持つ手が凍りついたって言ってたな。

知人が自分の車を確認しに行くと、そこにはくっきりとした赤い手形が、ルーフウインドウの周辺に付いていた。まるでルーフから車内に入ろうとするかのようにーーー。

ボディビルの先輩はここまで一気に話すと、新しいタバコに火をつけて、バイクのエンジンをかけて暖機を始めた。先輩のGSXは心地よい低音を奏でる。

結局、ルーフの知人は車を手放したよ。そしてルーフウインドウのある車は二度と買わないし、あのトンネルも通らないと断言してた。

後続が屋根の霊を見た場所は、ちょうど小坪トンネルの中だったそうだ。

俺なぁ、普段こういう話は信じないんだよ。真実じゃないじゃん、だいたいさ。でもあいつの怯えた顔は紛れもない真実だった。さすがに俺も怖くなったよ。

お前の話だと、ツーリングのルートがちょうど通り道になってると思うけどな、小坪トンネルは絶対通らないように気をつけろよ。


僕はこの話をしてくれたボディビル先輩の真剣な顔を、いまでも鮮明に覚えている。いまでも忘れられない。

あれから30年経つけれど、僕はいまだに、あのトンネルには近づけない。いや、一生通らない。

真実はどうであれ、先輩の真剣な顔もまた、紛れもない真実だったからだ。


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