山手線刃物事件で京王線事件再考―逃げろ逃げろで良いのか

 山手線刃物事件のニュースを見て、いとも簡単にパニックになってしまうことにちょっと驚いた。結局、原因は飲食店従業員が布巾にくるんで持っていた包丁が、居眠り等のため見える状態になってしまったということらしい。それを見た周囲の乗客が、無差別通り魔事件を連想したことが始まりのようだ。
 
 ちょうど翌日、2年前の京王線事件の公判のニュースが流れ、本当の電車内無差別死傷事件であるその事件を考え直してみた。2021年10月31日ハロウインに合わせて、犯人が刃物で1人に重傷を負わせライター油で火をつけて十数人に軽傷を負わせたというものである。動機は死刑になりたかったから無差別に襲った、ということのようだ。この時も、周りの乗客が他の車両へと一斉に逃げて、次々と混乱が拡大した。また、車両ドアが開かず窓を開けて外に出ようとする人が多数あり、車両のドア開閉の在り方も事後にいろいろと考察された。また「非常通報ボタン」を乗客が押したが、これはその後でしゃべらなければ意味がないとか、「非常用ドアコック」を使用すべきかどうかなどの説明が鉄道会社からなされた。そのちょっと前の小田急線刺傷事件のことも有り、事件の後、各鉄道会社では車両に監視カメラが備えられるようになり、かなり普及しているとのことである。
 
 個人としても、乗車中に気を付けるべき点を整理しつつ、いざという時の心構えをできるだけしておきたいものである。いろいろな人のアドバイス、特に日本より防犯意識がシビアな海外在住者の意見などは参考になるものも多々あった。ただ、事件直後のテレビニュースワイドショー、週刊誌、ネットなどで見られた、そのような時どうすべきかという専門家のアドバイスが、圧倒的に「逃げろ、逃げろ、または隠れろ」であったことは、今思い出しても腹立たしい。この事件に限らずそれまでの同種通り魔事件でもそうであったように思う。中には「自分は格闘技の専門家だが」とわざわざ断りつつ、「対抗するのは大変危険だからとにかく逃げろ」と言っているのもあった。そうすると逃げ遅れた女性・子供・高齢者・障碍者などの弱者が犠牲になるわけである。もちろん逃げるという選択肢は最優先であろうが、無条件にそれだけを強調する「専門家」なる者の見識を疑わざるを得ない。
 
 なかなか難しいことかもしれないが、条件反射的にパニックを引き起こすのではなく、「逃げる」以外のこともちょっとは考えるべきであろう。その一つはつまり「抵抗」である。京王線事件の映像を見ると、ちょうど雨模様の日だったので傘を持っている人も多くいた。刃渡り30cmの刃物に対しては2,3人が協力して傘を前に突き出して戦うことも十分に可能だろうと考えるし、犯人も屈強な大男というわけではないのだから。私が甘いだけなのだろうか。もちろんパニックになりかけている中で、そう簡単にはいかないだろうが、少なくとも多くの人がそういう選択肢もあるということを頭に置いておくことは必要なのではないだろうか。いわゆる「専門家」の「とにかく逃げろ」というアドバイスがそれを妨げている大きな理由に思える。
 
 今回の山手線刃物事件も、同様のことが言えるのであり、所有者には全く他者に危害をを加える素振りはなかったのだろうから、もうちょっと対応の仕方が有ったろうと思われる。詳しい映像などを見ていないので明確な断定はできないが、例えば座席の刃物をそっと取り上げるなどは、不可能だったのだろうか。
 
 ついでに思い出したのが2018年の東海道新幹線車内刺傷事件である。ナイフで襲われた女性をかばって犯人に立ち向かった男性が組み伏せられてめった刺しに刺されて殺された事件である。他の乗客は皆逃げてしまったのだが、誰か近くにいれば、加勢は十分可能で、少なくとも殺されずに済んだろうと考えられ、もしも自分がそこにいたならなどと考えたり、今思い出しても無念でならない。
 ともかくこのような事件があるたびに、もし自分がその場にいたらどう対応すべきかを、できるだけ考えるようにはしている。

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