ヒカマニと音MADのディストピア
ネットミームに疎い人間は、「Hikakin Mania」と聞いてヒカキンファンと同じようなものだと思うかもしれない。もちろん違う。Hikakin Mania、略してヒカマニとは、日本で最も有名なyoutuberであろうHIKAKINの動画を編集して無理矢理下ネタを言わせるという特殊なミームである。またそれら(ヒカマニ語録と呼ばれる)を使用して、HIKAKINが下品な内容の企画を行うという改造コンテンツや音MAD(素材を音楽のリズムに合わせて編集した動画)などが多く派生している。
しかし2023年2月、ヒカマニブームの火付け役となった本家の投稿者「Hikakin Mania」がyoutube上の全動画及びチャンネルを削除し、ヒカマニ界の人間を驚かせた(これ以降、区別のために本家投稿者を「Hikakin Mania」、ネットミーム自体を「ヒカマニ」と呼称する)。
Hikakin Maniaは、チャンネル削除に至った理由を、とある掲示板への書き込みで次のように説明している。
こんにちは、HikakinManiaです。突然のことですみませんが、この場を借りてYouTubeチャンネルを削除した理由について少しだけ話させていただこうと思います。証拠になるか微妙ですが、私のGmail宛に届いたYouTubeからの通知です。>http://imepic.jp/20230217/053620
理由としては、UUUM様およびHikakinさんからのお叱りをうける可能性を危惧してのことです。現状、HikakinManiaは公式から実質的に黙認されている状態ではありますが、今後もそれが続く保証はありません。これは今更のことではありますし、チャンネルを削除したからといって免れられることではないですが、社会人として働いていくことを考えると、やはりチャンネルを早めに手放しておきたい、と考えつきました。もちろん、今回の件についてUUUM様およびHikakinさんに一切の落ち度や責任はありません。
また、このことをチャンネルのコミュニティで報告しなかったのは、この品性下劣なチャンネルが常識人をきどって釈明するのも客観的に見て気色が悪いだろうと思ったからです。ただ、なんだかんだ私にとって思い出のチャンネルではありますし、何も言わず雲隠れするのもそれはそれで決まりが悪いということで、せめて当wikiを作成している有志の方々にはお伝えしておきたい思いました。
今後、私がHikakinManiaの名で活動することはないでしょうが、このヒカキンマニアという汚れたコンテンツに関わっていくつもりの方は、自己責任で楽しんでください(私が言えたことではありませんが)。
Hikakin Maniaは、チャンネル削除の理由を「ミームの当事者であるHIKAKIN本人からの社会的制裁を恐れたから」と明言している。そして、ヒカマニ動画を生産・消費するネット民に対し、いつyoutube側やHIKAKINにより規制がかけられてもおかしくないから自己責任で、と警告を残した。
悪意ある表現をするなら、Hikakin Maniaの失踪は単に社会人としての立場を脅かされるのを恐怖したためである、と言い換えることもできるだろう。しかし僕はそれに加えてもう少し違う理由があるのではないか、と考えている。Hikakin Maniaのチャンネル削除は、ヒカマニというコンテンツの限界、ひいては音MAD自体が陥っている限界を見据えたものではないか、と僕は思うのだ。
それを説明するためにはまず、ヒカマニがどのような経緯を辿って流行し、現在に至っているかを確認する必要があるだろう。
Hikakin Maniaは、最初はyoutube上でHIKAKINの動画の切り抜きを行う典型的な投稿者として活動していた。しかし、2017年・2018年にかけて、HIKAKINの動画を「言葉狩り」した動画を投稿するようになっていく。代表作としては、HIKAKINの些細な言い間違いなどを下ネタとしてあげつらう「ヒカキン 下ネタ発言集」、HIKAKINが兄のSEIKINと発表した「今」などのミュージックビデオを編集して無理矢理下ネタを言わせる「下ネタ発言集/ヒカキン&セイキン」、HIKAKINの「ヒカキンTVでケツの穴とか言ったことあんまないけど」という何気ない発言に対し、同じように編集で言わせた大量の「アナル」発言を提示して揚げ足を採る「【ヒカキン矛盾発言】「ケツの穴とか言ったことあんまないけど」」などがあり、後のヒカマニ文化の礎を作った。
2018年後半から、ヒカマニというコンテンツはニコニコ動画に本拠地を移して育っていくことになるが、その過程についてはニコニコ大百科の説明を引用する。
コンテンツとしてのヒカマニは、ニコニコ動画において2018年1月22日に投稿された、定期的に上がる内輪合作であるHIKAKIN合作シリーズ「ひき逃げ合作~Hit and run~」にHikakin Maniaネタが使用されたのが初となる。
その後、同年8月2日に「マニアヒカキンマニア」という音MAD動画が投稿された。それ以降からニコニコ民にも本格的に目を付けられる様になり、MAD動画が数多く投稿されるようになった。2019年3月からHikakin Mania本家ではない別の投稿者が制作し、Hikakin Mania氏の投稿動画を模した"動画にストーリー性をもたせた3次創作のようなもの"が多く投稿され始め、それらのコンテンツが総括して「ヒカマニ外伝」と呼ばれるようになった。現在ではヒカマニ本編の動画本数を遥かに凌いでいる[5]。結果、外伝でありながら主流のような状態になっている。(→ヒカマニ外伝リンク)
2019年前後の初期ヒカマニの隆盛を担ったのは、HIKAKINの動画の三次創作と音MADであることを強調しておきたい。
ブームは2019年で一旦は静まるものの、それは流行が去ったという意味ではなく、むしろネットミームとしての殿堂入り的な意味を持った鎮静である。実際、ヒカマニはネット内で大きな存在感を示し続け、新しいネットミームや流行曲が出現するたびにヒカマニが素材として使われる、ということが繰り返される状況は、Hikakin Mania失踪後の2023年現在まで継続している。
ここで注目したいのは、2020年以降のヒカマニが、新しいネットミームや音MAD適性の高い曲の出現により保たれているということだ。
2017年後半から2018年にかけてHikakin Maniaが制作した動画は、音MADや三次創作動画の素材として主流なものになっているが、2019年以降主流な素材はあまり出ていない。HIKAKINの新しい動画を言葉狩りして「新素材」と称し提示する投稿者がいないわけではないが、大きな潮流を巻き起こすには至っていない。つまりネットコンテンツとしてのヒカマニは素材が完全に固定化しているのだ。
もちろん、これはネットミームとしては当然のことである。音MADは簡単に言えば、基本的に「原曲」に「素材」を合わせることで成立するものだが、どちらかと言えば素材の方が固定化する傾向にある。ニコニコ動画上で音MAD素材として定番化している「DEATH NOTE」や「Z界」なども、元の素材は十年以上前に完結しており、有限の素材を各々がレギュレーションに沿って調理する形で現在まで命脈を保ち、規模拡大を続けている。
ヒカマニは、これらの音MAD素材の傾向とは少し変わった位置づけが必要にはなる。なぜなら、素材であるHIKAKINが活発に活動しているからだ。「DEATH NOTE」の素材は完結したアニメの二次元キャラであり、当然ながら更新がなされるはずもない。「Z界」に関しては、素材となっているCMに出演した亀井有馬などの俳優が活動していないわけではないが、それはネットコンテンツの上でという形では、当然ない。しかしHIKAKINは日本のトップを走り続けるyoutuberであり、日々新しいコンテンツを生み出し続けている。そうして更新されたHIKAKINの新着動画を既存の素材で下ネタ改造した三次創作動画が、大量に投稿され続けている。そしてその過程で、HIKAKINの動画に出演した小池百合子やAdoなどもヒカマニというコンテンツに巻き込まれる事態にもなっている。
さらに、Hikakin Mania自身も言及しているが、HIKAKIN本人もこのコンテンツについて認知している。根拠としてはミームとして作られた曲を歌唱したり「ヒカキンマニア」という発言をしたりしていることが挙げられ、少なくともHIKAKIN本人はヒカマニを黙認している、という見方が有力である。
だから、流動的なものを素材として設定している点では、ヒカマニが他の音MAD素材と一線を画していることは間違いない。
しかし、少なくとも規模を拡大させる過程という面では、Z会やDEATH NOTEのようなミームと根本的には何も変わらない。
確かにヒカマニは「生きた素材」によるミームであり、日々更新されているが、先述したようにそれらが素材として切り抜かれ、使われることは少ない。多く利用されるのは、HIKAKINが下品な企画を行う、存在しない動画の元ネタとしてであり、「原曲」レベルでの使用である。そこで使われる素材はHikakin Maniaが初期に制作した、使い古された素材でしかない。
ヒカマニというミームは、HIKAKINの新着動画や流行曲を「原曲」として取り込むことで風化を免れているのが現状である。
つまり、ネットミームとしてのヒカマニは「素材は一向に増えないにも拘わらず規模だけはどんどん大きくなっている」という音MADの典型的なディストピアに陥っており、しかもそれは流行曲だけでなくHIKAKINの新着動画が原曲レベルで使われることにより、他の音MAD素材より甚だしいものとなっているのだ。
規模の拡大により第三者の目に触れる機会が増え、社会的制裁の可能性増大を巻き起こすことも、Hikakin Mania失踪の理由の一つであることは間違いないだろうが、それ以上に、素材が硬化したことと規模が拡大したことにより引き起こされたディストピアが、Hikakin Maniaを失望させたのではないだろうか。既存の音MAD素材とは一線を画したムーブメント——例えばHIKAKINの新着動画が三次創作の元ネタではなく、素材レベルで使われるような——を期待したのにも関わらず、既存の使い古された素材を開拓されていない動画・原曲に合わせてMADが量産されていく現状が展開されていることに、ヒカマニというコンテンツの限界を感じて撤退したのではないだろうか。想像に過ぎないけれど。
もちろん、この現状はヒカマニが安定して受け継がれていくという安心の徴ではある。現時点でHIKAKIN本人が黙認している以上、少なくとも2020年代後半までは、ヒカマニは人気ネットミームとして君臨し続けるだろう。しかしそれは成長の打ち止めによってもたらされる安定であり、MAD素材の陥る袋小路を回避できなかったことを意味するのである。
そう、ヒカマニというミームの推移は、現在の音MAD業界が陥っている「「原曲」の肥大化」というディストピアをほぼダイレクトに映し出している。
定番素材が確立し、新しいMAD適性の高い曲——「きゅうくらりん」や「フォニイ」、「神っぽいな」などが発表される度、DEATH NOTEやZ界、おやくそく、そしてヒカマニなどの使い古された素材とのドッキングがなされる。逆に新しいネットミームが誕生すれば、上記のようなMAD適性の高い音源と合わせた作品が量産される——近年の音MAD史はそのような周期の繰り返しで形成されている。つまり多くの音MADを、X軸を原曲、Y軸を素材とするグラフに当てはめることで説明ができるようになってしまったのだ。新しい音源が出現してもX軸を引き伸ばすだけだし、どれだけ真新しい素材を発見したところでY軸を一広げるだけの効果しかない。そして、何度も述べた通りX軸の増大の方が圧倒的に大きい。近年の音MADは、MAD適性の高い曲の出現でにより、グラフが横に伸びることで規模拡大しているように思える。「素材」レベルではなく「原曲」レベルでの増加である。‥‥‥そう、ヒカマニがHIKAKINの新着動画と流行曲の出現で拡大を続けているように。
この傾向は、例えば2022年のネットミームに象徴的である。この年は、いくつもの有力なネットミームが出現し、「キセキの世代」2014年に匹敵するとさえ評価されたが、大きな違いがある。2014年のネットミーム——野々村竜太郎や小保方晴子などが、「素材」レベルで音MADにブームをもたらした一方で、2022年のネットミームは「原曲」レベルでの流行が目立った。もちろん、美味しいヤミー感謝感謝や轢かれる米津玄師など、「素材」レベルでのフィーバーがなかったわけではないが、おそらくは2022年を代表するであろう三つ、おとわっか、マッスルひろゆき、帝京平成大学が、もとは一音MADのバズであり、そしてそれらの「素材」ではなく「原曲」のブームが起こったことには意味がある。特におとわっかと帝京平成大学に関しては、素材であるファイナルファンタジーと帝京平成大学を使った音MADはほとんど発表されず、それぞれの原曲(コネクトと、トウキョウ・シャンディ・ランデヴ/Unwelcome school)に、ある程度の台詞のレギュレーションを達成したうえで既存の素材を合わせた音MADが圧倒的なムーブメントを巻き起こした。
「素材」ではなく「原曲」の増加で音MADの市場が増大していく——2022年の音MADの流行が明らかにした現実であり、また僕が先に述べたヒカマニの現状とも完全に符合するものであると言ってよい。
僕はこのヒカマニの——音MADの現状を否定するつもりはないし、否定する資格もない(僕自身、ヒカマニを始めとする定番素材と未開拓の原曲を合わせた音MADを何作も発表してきた)。ヒット曲は毎年出るし、原曲の増加が止まることはないだろうから、音MAD文化が廃れることのない一種のユートピアが作り上げられた、と言うこともできる。
だが、ユートピアは同時にディストピアでもある。ヒカマニと音MADが達している安定した状況は、一種の袋小路でもあり、制作者たちを思考停止に導く危険性すらある‥‥‥と主張したいが、自分にもとばっちりが来るのでこの辺でやめておく。
引用及び参考
https://dic.nicovideo.jp/a/hikakin%20mania
https://wikiwiki.jp/jikoman/Hikakin%20Mania%28%E6%9C%AC%E5%AE%B6%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%29