ウクライナ危機とアフリカの目覚め
以下は、サウジアラビアの新聞「オカズ」に掲載された論説です。
すでに昨日投稿したのですが、その後、元の訳文に問題があることがわかったので、原文(アラビア語)をいったんGoogleで英語とフランス語に訳し、それにもとづいて訳し直しました。
グローバルサウス、BRICSのサミットが開かれている今、こういう視点を知ることは不可欠です。ウクライナの正義に酔って一面的なロシア非難ばかりしているひとたちは、これでも読んで、少しはアタマを冷やしてほしいものです。この記事が日本に何をつきつけているかを考えなければなりません。
ただ、アフリカのある女性の友人で、大学は出ていないひとに、この記事を読んでもらったところ、「西洋人ばかりを責めて済むことでしょうか、アフリカ人にだって問題があります」という感想をくれました。日本人として、おおいに共感できるのですが、今の日本では、この記事の視点は必要でしょう。
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アブドゥル・ラティフ・アル=ドゥウェイヒ
Abdul Latif al-Duweihi
Okaz オカズ サウジアラビア
9 September 2023
戦争は政治と経済によって起こされるが、経済のみによって停止する。ウクライナにおける NATO のロシアとの戦争は際限なく続けることは不可能である。終わるとすれば、両当事者の交渉によって終えることが、まず考えられるが、そういう見込みはおよそ見られない。ならばロシアと NATO 諸国の直接の戦争ということになり、意思決定を行う首都(ロンドン、パリ、ワシントン、そして最近ではベルリン)が標的となる。それは不可避に核戦争を意味し、古今未曾有のものとなることは、双方の兵力、経験、短期的、長期的に生まれる直接、間接の殲滅と破壊の技術の絶えざる革新から考えてわかることである。
ヨーロッパの歴史、そして西側世界全般を知る者なら、現在の西洋の諸帝国を築くのにどれほどの人命が失われ、血と骨がその礎となっているかを知っている。「人権と民主主義」と呼ばれるあらゆる化粧と装いにもかかわらず、同じ諸中心地がこんにちもなお同じ役割を続け、そうした化粧と装いが、アフリカ諸国の多数におけるヨーロッパ植民者の爪と牙を隠そうとするが、その爪と牙は今もなお、アフリカの資源、そしてアフリカ人の未来に食い込み続け、何百万人ものアフリカ人が生きんがために世界のさまざまな所に移民し移住することを強いられている。フランスおよびヨーロッパの企業は彼らに微々たる給与しかよこさない。
NATO の主要目的の第一は、西洋植民地主義の遺産を守り、植民地化の例が公に知られるのを妨げて、ヨーロッパ人が世界の諸国における植民地支配について沈黙を守ることに代償を支払うことだ。とりわけアフリカがそうなのだ。と同時に NATO は、アフリカの旧欧州植民地だった国々をほとんどタダのエネルギー資源とさまざまな富の源泉として維持することに努めている。ウクライナ穀物危機の結果として、とりわけアフリカの人々が被っている食糧難は、ヨーロッパのアフリカ諸国とその人民に対する攻撃の、ほんの鎖の一環にすぎず、彼らは依然としてアフリカを植民者たる彼らの後見のもとに置こうとしているのである。
今ニジェールに起きていること、そして、フランスがフランス企業によるニジェールのウランその他の鉱物資源の収奪に固執していることが、白日のもとに曝されている。それでパリは気が狂ったことが、あの国の高官の発言に表れている。彼らは、フランスおよび欧州植民地主義諸国に対するアフリカの反逆を恐れているのだ。【英訳に意味不明の不完全な1センテンスがあるが、訳出しない。次の1センテンスは英文のみ】。選挙で選ばれた大統領は、ある意味で、フランス植民地主義者の民主的な化粧である。
フランスのニジェールでの失敗は、ヨーロッパ人が自分たち以外の人々との間で国家の主権、国際法、人権を尊重するという見え透いた下手な芝居を続けられなくなったことを証明した。そういうスローガンは彼らが植民地主義の醜悪さを美しく見せかけて相変わらずアフリカに爪を立てるために用いる柔らかな手袋なのである。
ヨーロッパの植民地主義者の犯罪を一番よく知っているのがアフリカ人である。彼らは沈黙を守ってきたし、今も守っている。だから我々には、アフリカの民衆がロシアの旗を振る心情が理解できるのだ。彼らはきっと、ウクライナを憎んでそうしているのではなく、ロシアの NATO に対する勝利、過去も現在も続く欧州植民地帝国に対する勝利を支持しているのである。
ヨーロッパによるアフリカ植民地化は終わっていない。ヨーロッパ金融帝国の建設を続けるほうが低コストで容易だからだ。ヨーロッパの植民地主義は大半の欧州機関および国際機関によって支持されている。NATO、国連、及びその関連諸機関など、多くの国際機関が、その真の目標をもはや隠さなくなった。今日では、一人のアフリカの人間は生きんがために地中海を渡って対岸に行かなければならない一方、一人のヨーロッパ人がその生活水準と植民地宗主国としての優位性を維持するためには、何百万人ものアフリカ人の移民を引き起こしているのである。
最近アフリカで相次いで起こるクーデタが示しているのは、ヨーロッパの植民者の必要としているものが「民主主義」「人権」のスローガンを掲げる腐敗した独裁者、そしてテロリストと傭兵以外の何物でもないということである。そうした犯罪的組織が、世界のさまざまな紛争地域に作られ、その兵士たちが、次はアラブ諸国に配備されて、そこの資源を牛耳るのである。何百人もの戦士から成る西洋の駐留部隊が、テロとの戦いと称して、配備されている。じつは彼らは現地の金鉱をはじめとする貴金属鉱山その他の天然資源が収奪され、現地住民から盗まれ、彼らを貧困化させる仕組みを守っているのである。
もとより、ウクライナにおける NATOの対ロシア戦争は、世界において西欧が持っている一極的支配を保ち、ロシア、中国が新しい世界秩序を打ち立てるのを阻止するために行われたわけではないが、それも確かに NATOの目的の一つである。かつ、NATO にはもうひとつの任務があって、それが、アフリカの目覚めと反抗を阻むこと、継続し拡張しつあるその目覚めと反抗がヨーロッパにとどめの一撃となるのを阻むことなのだ。近年アフリカで見られる解放運動は不可避に、フランスとヨーロッパの植民地主義がもつ最後の利権を清算してしまうだろう。
危機におけるヨーロッパ人たちの姿勢に不一致があるのは事実である。ウクライナに関するNATOの戦争もそうで、ヨーロッパはそれで安価なロシアのエネルギー資源が手に入らなくなり、NATO のリーダーである米国はこの状況を利用してヨーロッパ消費者向けのエネルギー価格を7倍にまで引き上げたのだが、ヨーロッパ人は、植民地主義の危険を知っている。彼らは NATO こそ自分たちを守ってくれるただひとつの傘だということがわかっている。彼らは、もし自分たちの植民地化政策の実情が国連で暴露されれば、ヨーロッパはアフリカ、アラブ、アジアその他諸地域に対する賠償で破産してしまうことを知っているのだ。ヨーロッパ人は、そうなれば自分たちこそ移民として地中海をわたってアフリカや中東に行くことになるのを知っているのだ。専門家やコンサルタントとしてではない。難民としてである。そのとき初めて西洋人はウクライナを破壊するのをやめることができるだろう。そのとき初めて彼らは、領土紛争その他のバカげた全てのことに終止符を打つだろう。そのような条件のもとでのみ、無傷な人権の規範と、国際法の公正な概念のための条件が整うであろう。