一番星(お題SS)
「一番星みーつけた」
冬空の帰り道、街路樹に色々ときらびやかな灯りの準備が始まる頃。木々に絡みつく、小さな芽を付けた白いコードを眺めていた時に誰かがそう言った。
駅前の通りはビルが建ち並び、見上げても空は狭い。建物の一階は飲み屋やコンビニが明るい光を発していて、星や月に頼らなくても歩くのに支障はない。
こんな寒空の下でわざわざ上を向いて歩く人がいるものなのかと、声を上げた人に対して感心してしまった。
一番星といえば金星。太陽と月の次に明るく見える星とも言われる、もっとも地球に似た惑星。宵の明星と呼ばれる時のそれを一番星とも呼称する。
まあ実際にはこの時期の金星は明けの明星と呼ばれる時期なので金星は日の出前にしか見えない。どこの誰だかは知らないが、彼女が見つけた一番星は金星でも何でもない、一番目に光って見えた星でしかない。
それでも、その星を見つけた人に誰かが賞賛の声を上げていたので、その人たちの中ではその星が一番星なのだ。
一番を絶対的なものでなく相対的なものと考えるなら、彼女の見つけた「今日の夜空に現れた、太陽と月を除いた輝く天体」を一番の星と呼ぶ事に何の問題もない。
僕もわざわざその人のところに行って彼女の間違いを正したりして盛り上がっている所に水を差すつもりもない。
むしろこんな寒い日の、ビルの隙間にしか見えない空を見上げて、昼と変わらないような灯りに囲まれた中で星を見つけ出した事に対して賞賛をしたいくらいだ。彼女の声がなければ、僕だって空なんか見上げたりしなかっただろう。
見上げたついでにスマホを取りだしてカメラを起動させてみたが、残念ながら僕の機種では夜空には何も写りそうにない。
普段そんなものを撮ろうという発想すらない、何なら空を見上げる事すらしないような僕が似合わない事をしている状況に少し笑えてしまった。上げていたスマホをポケットにしまおうと手を下ろそうとした瞬間、視界が急に眩く輝いた。暗い夜空を見上げていたせいで、目が明るさに一瞬対応出来なかった事もあって目を瞑ってしまった。
この年の瀬に何事か、と思ったものの、一呼吸置いてみれば何のことはない、街路樹に付けられたLEDが一斉に灯されたというだけの話だった。
夜空に急に現れた満天の星空。
周囲で感嘆の声とスマホのシャッター音が上がる。
同時にそれまで静かだった通りが急に賑やかになった気がする。
せっかくだからこっちの星空を収めようかと改めてスマホを構えると、画面はカメラにならずに呼び出し画面に切り替わった。
電話に出ると、駅を出てから随分と時間が経過している事を指摘されてしまった。そんなに長居したつもりもなかったのだけど、腕時計を見る限り僕の時間感覚は全く当てにならないようだった。
慌てて駅前で起こった事を電話で弁明し、証拠として改めてこの星空をカメラに収めて電話の相手に送信した。
まだケーキを買うには早い時期だけど、今日だけは別口扱いで買って帰らなければならなさそうだ。