【読書録】アレクサンドル・ジノヴィエフ『カタストロイカ』

 西谷修『不死のワンダーランド』のなかで、共産主義国家の資本主義化運動について解説しているところで、この著者の名が出たので、あまり政治批評家の読み物みたいなものは読まないんだけれども、いい機会だと思って図書館で借りて表題の本を読んでいる。
 最初の方は、大戦後のソ連の政治情勢など知らないから、全然ついていけなかったのだが、なんとなくわかってくるとともに、そんなこと以上に、ソ連、現在ではロシアとされているとにかくその土地とその民族、その中で起きることの面白さと極端さというものの計り知れなさの方が面白くなってきてしまった。

第二に、スローガンの製作には多量の赤い布地と顔料を要し、これは少なからぬ出費だったからである。(アレクサンドル・ジノヴィエフ『カタストロイカ』、52ページ)
もっとも、土地の古老たちの主張によれば、この人骨(引用注 類人猿の時代の生物学的発見とされた人骨)は戦前市中で誰知らぬもののなかった或る酔っ払いのものであり、彼は事実ひんぱんに殴られ転倒したことから平たく潰れた頭蓋を有し、通常酒場から他の酒場へ這って移動し、後脚で立つのは酒場のスタンドでウォッカかビールを手にする時だけだった。(同、44ページ)
ひとりの老婆が党州委員会へやってきて、「これら人権と自由とかいうものをほんのちょっとでいいから」いただきたいと言い張り、丸二週間粘りつづけた。自分は余命いくばくもないが、死ぬ前にこれがどんなものか試してみたい、と。老婆は養老院へ収容され、もはや死ぬまでそこから出してもらえなかったが、彼女こそはパルトグラートにおける人権擁護運動の草分けであった。(同、70ページ)
この男は自宅のアパルトマンの便器が半年来修理されないことへの抗議のしるしとして、この便器に自分の体を鎖で縛りつけたのだった。隣人たちが民警に通報し、民警はこの件に政治的臭いをかぎつけ、KGBの要因が四台の車でやってきて、野次馬を追い払い、便所のドアをぶち破って便器を下水管から取り外し(そのほうが鎖をやすりで挽き切るより簡単であった)、〈抗議者〉を便器ごと運び出した。パルトグラートの闘士による人権擁護のためのこの勇気ある行動に、西欧のマスコミは何らの注意も払わなかった。おかげで彼は風俗壊乱の廉で一年くらいこむだけですんだ。彼が刑期を務めあげてもどってきた時、便器は相変わらず修理されていなかった。(同、69ページ)
当初、州の指導者たちは顎鬚を見ると不安になり、モスクワにお伺いを立てた。モスクワの返事は、背後に不健全な思想と感情が潜んでいないかぎりにおいて、現段階では一時的に顎鬚は許容されるというものだった。(同、58ページ)

 話がとにかくめちゃくちゃで面白い。事実かどうかはわからない、ずいぶん誇張しているところもあるのだろうが、それを真面目なトーンで書くからよけい面白い。

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