【抜き書き】ポール・ティンゲン『エレクトリック・マイルス』 2
ハンコックは数多くのインタビューで、マイルスのソロの最中に全くの「間違った」コードを弾いてしまったときのことを語っている。ハンコックにとっては危機的瞬間であったに違いない。困惑してしりごみしてしまっていると、マイルスが即座に自分の音を変え、ハンコックのコードが「正しく」聞こえるようにした。「あっけにとられてしまった」とハンコックはコメントしている。「呆然として、数分間は演奏ができなかった。ただ、音楽が流れていくのを聴いているしかなかった。マイルスはこちらを見ることもなく、演奏を続けていた。僕がやったことは、彼には『間違い』には聴こえなかった。彼は、単に今この瞬間の現実の一部と捉えたんだ。自分で好きなように作り変えられる現実の一部にね。起きているあらゆることに対する、彼の許容力を示すできごとだった」。
強調は原書で傍点
そんなことが可能だろうか。
試しに、ひとりのミュージシャンについて、深掘りして聞いてみようという、軽い気持ちで聞いたり読んだりし始めたのだが、この、マイルス・デイヴィスという人は、思っていた何倍も、存在として大きく、深いようだというのが、分かってきた。
もはや、ひとつの固有名詞かどうかすらあやしい。