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◆◆◆自己紹介◆◆◆黄金轟音爆吹2回生 市瀨編

押忍。リーダー部2回生の自己紹介を終えたところで、今日から吹奏部2回生の番となります。どうぞお楽しみください。


「どうだね。犯人《ホシ》のアタリはついたか」
 警部は見習いに尋ねた。
「はい、一人。この男です」
 デスクに一葉の写真が滑る。手元のタブレットを手早く弾き、述べた。

市瀨容疑者19歳(風呂上がり♨️)

「市瀨大貴《いちのせたいき》19歳。男。九州大学理学部生物学科に在学中。出身は兵庫県立兵庫高等学校、卒業以前は変わらず兵庫県神戸市に在住しており現在は一人暮らしであります。住所は────」
「さすが見習い。お前はいつでも頼りになるな。もはや一人前だ」
 微笑を湛え、満足そうに煙草をふかした。
「では今回の罪状と照合して事件の整理をしてくれるかな」
「それ……なのですが」
 見習いは紫煙《しえん》に交じれて表情を曇らせた。
「どうした?」
「この男、『罪状が分からない』のです」

 ピタッ。
 他の人間はせつせつと動き回るかたわら、一刹那にこのデスク回りだけ時間が止まったかのようだった。警部は浮世絵にありそうな眉の曲げ具合をして口を切った。
「なに?」幼児が尋ねるようにむしろなごやかだ。なあにみたいな。
「いえ、だから、犯人の目星がついたのは確かなのでありますも、いかんせん罪状が分からずじまいでございまして」
「まぁてまて!」
 今度は歌舞伎にありそうな大仰な身振りをする。
「罪状があるから犯人を追うのではないのか」
「至極まっとうでございます。しかしながら、『今回の場合は』犯人が先に来たという、ただそれだけのことなのではないかと私は推察いたします」
「なんだその……コロンブスの卵みたいな言い草は」
「鶏が先か卵が先か、では?」
 指摘され、ちょっと弱腰になる。正すべきはあきらか向こうにあるのに。「ああ、それだ」少しだけうなずきをかける。

「警部が動揺されるのも無理はありません。なにせ前例がないのですから」
「あってたまるか」
「けれど、あったんだから。仕方ありません。我々はこの市瀨容疑者の容疑を当てる作業をしなくてはなりません」
「もういい。分かったから、それにあたれ。頭が痛い。煙を吸いすぎたかな」
 論理に込められた経験値の質の違いにそうとう参った。いったいどこで異物混入したというのだ。煙草を灰皿に押しつけて立ち上がった。
「では彼の来歴について整理してみましょう」
 だがどうもこの見習いは止まらなさそうだった。

カービィ&マホロア
かぁいい


「神戸生まれ神戸育ち。幼い頃から好きなのはテレビゲームに漫画。とりわけ『星のカービィ』シリーズを好み、『星のカービィWii』がイチオシです。漫画はひかわ博一の『星のカービィ~デデデでプププなものがたり~』を愛読していました。小説のカービィシリーズも揃えているようです。小学生の頃はとにかくわんぱくで、黒板にぴったりくっついた特別席に座らされ先生から目をつけられていたこともあるようです。あだ名はいっちーで、幼稚園から現在にいたるまでこの呼称で親しまれてきました」
「なあ見習い。ずっとその調子で大学まで網羅するのか」
「一種のドキュメンタリーですね」
「たわけたことを言うな。普通、百歩譲っても直近の出来事から概観し、めどをつけ、それからつぶさに検証していくものだろう」
「普通って何ですか、普通って。前例がないんだから最善策も知りえませんよ。容疑者の罪状がはるか昔のさりげない犯行である可能性だって十分考えられます」
 ああ、頭が狂うくるう。罪状知れずの容疑者なんて聞くだけで目が回るようだ。
「しかし(吐き気を覚えながら諭す)最近告発があったのなら犯行があったのも日の近い話であるはずだ。そうだな、直近一年で、調べた中からそういった動きはなかったのか」
 警部は放っておけば「∞」の上を冒険するかのように途方のないことになりそうな見習いを前に逃げだす気も失ってストンと椅子に腰を深めた。
 タブレットの画面をシュッシュと回す。
「直近一年となりますと……受験期まっさなかですね。特筆することといえば、ですね、この男はこの頃から存分に『逆』の気質を発揮していました」
「ギャグ?」
「逆です。オポズィット……!」
 舌を弾き台詞を決めるかのように発音良く響かした。
 イラっとくる。

「たとえば彼は理系でしたが、クラスの多くが〈物理〉を選択するからと言って〈生物〉を選択し、さらに共通テストでは皆〈地理〉を選択するからと言って〈世界史〉を選択しました。高校で理系世界史の授業が開講されていないのに」
「孤高の狼がカッコ良く映ったのかな。年頃としてはありうる」
「また受験勉強する自分を鼓舞する曲として、米津玄師の『LOSER』をピアノで習得し日ごとに弾いていたようで、現在に至ってもひどく愛しています。自分がルーザーだと、負け犬だと楽しげに吠えるほどに。ここで確認しておきたいのが、彼は楽譜は読めないということです。高校受験生の頃に姉の部屋のアップライトピアノを借りて始めた独学のピアノでありますも、通常の楽譜は決して用いず、YouTubeにあるノーツ式の映像化した楽譜を再生と後戻りを繰り返し用い習得するという非効率ぶりを厭《いと》いませんでした」
「どこまでも逆なのか。なるほど、常人から外れて罪人になりたがるのかもしれん……だが。そんなに容疑者に詳《つまび》らかなのであろう?」
「しかし罪状だけは分かりません」
「なぜだ」
 ジグソーパズルの最後の最後のワンピース(本来最初に来るべきだが)をどうして欠かす。それだけのために奔走するならいっそちゃぶ台のごとく投げ返してしまいたい。

「小説を読んだり書いたりするのが趣味だそうです。これも理系としては逆な気もしますね」
「まさか〈生物〉選択にして自然や生物を嫌っているということはあるまいな」
「特段好き嫌いがあるふうではないです。一方で〈生物〉の問題は謎解きのようで面白いと語っておりました。共通テストでは63点でしたが」
「昨年度は易化したらしいな」
「本人は難化したとしきりに語っていました」
「そんなにも詳細に知っているのに」
「罪状だけは分かりません」 
「なぜだ」
 かぶじゃないんだぞ。

「雑談になってしまったな。ああ、なんだか慣れてきたぞ。受験期あたりにニオイはなさそうだ。もう少し現在に近づけてみよう。大学入学後、何か目立った動向をしてはなかったか」
「容疑者は九大文藝部と九大応援団に入部入団しました」
「また対極にありそうな。一杯のコーヒー。静謐《せいひつ》な読書タイムに部員と交える何気ない討論。と、メガホンの大合唱。炎天下、暑苦しい恰好に熱狂的な掛け声に飛び交う『押忍』。男の意図はそういうことかね」
「いや、まあ偶然っぽいです」
「そこは偶然か! くそっ」
 ……どうして警部は悔しがり倒しているのだ?
 まさに夜間のドキュメンタリー番組を楽しむかのように、椅子に腰を深めすぎてはたからはリラックス状態だ。

「文藝部では容疑者の趣味の小説を書いたり読んだりといったことはもちろん、部員と話しこんだりボードゲームに興じたり、部員が持ちこんだ読書会企画や旅行企画に参加したりと落ち着いた雰囲気が彼の性格に合いかなり楽しめているようです」
「まあ自然だな。しかし応援団は別だ。どうも臭う。入った動機は何だ」
 まっすぐ進めている気はしないが、なんだか真相にせまれているような気がしなくもない。警部はデスクに放った両手に期待をほんの一握りだけして訊いた。
「何となく『これだ』と思った」見習いは答えた。「それだけです」
「……だけ?」

三年間をともにした部ジャとラケット、そして敗者ボール。高校最後の公式大会ダブルスのラストゲーム、本当の最後の最後に先のガットが切れ、敗北した。今でも、手にすれば思い出す。最後を飾るにはあんまりにあっけなかった。潮時だと思った。


「はい。容疑者は小学生のとき硬式テニス、中学で軟式テニス、そして高校でまた硬式テニスと10年あまり放課後をテニスに費やしてきました。しかしいずれも大成とはいかず、自己の中でマンネリになってきたので入学を節目にきっぱり方向性を変えたかったのです。グラウンドガイダンスという部活やサークルの一斉新歓イベントがあったとき、登山、陸上競技、弓道、アルティメットといろいろな運動部やサークルの新歓向けの説明を受け、いまいちピンと来ず、そのまま立ち去ろうとしたとき、ガイダンスの出入り口際で応援団員に声をかけられた」
「これだ、と確信したのか」
「あっという間に九大応援団のトランペット吹きになりましたよ──九州大学応援団吹奏部2回生ゆいいつの未熟なトランペット使いは『運命的な出会いをした』と文藝部と同等かそれ以上に歓びに身を震わし身体に鞭打ち、誇りを以て活動しています」

 なんてステキな話だ。
 警部はついに落胆を手にした。
「ただのイイ話ではないか」
 容疑のひそみようがない。漂うはただ紫煙の残り香。万策尽きたか。いや、もっと容疑者の幼少の頃に巻き戻ればあるいは──できるか。警部すら見習いと手をつないで塗炭《とたん》の「∞」の上なんて、嫌悪しか湧かない。

 まてよ。
 警部は両手の平を広げてじとっと見た。
「応援団だろ」
「はい……?」
「それはつまり応援すること」
 少しずつ紡ぐ。
「応援は意を団結し勝利を期するもの」
 ニオイの正体。答えが、金糸雀《カナリア》がそこに────
「しかし市瀨容疑者は応援団員でありながら『LOSER』を愛し、そしてルーザーに心酔している! これは罪だッ!」
 しめた! 警部はとうとう掴み取った!
「な、まさか! そういうことだった、の……か?」
「そうに決まっている! そらっ、罪状は掴んだ。早く出動しろ!」
「でも、逮捕状は?」
「ンなもん……必要だな。そうだ。冷静さを欠いていた。急ぎ資料をまとめ、発行するんだ!」

 それからというもの、警部と見習いは逮捕状発行の手続きに勤しみ、しかるべきところへ申請した、が……無論である。そんなもの、趣味嗜好《しこう》の話だ。生粋の愛犬家が「猫になったんだよな君は」と熱唱していいし、神戸淡路間の明石海峡近辺在住の人が『津軽海峡冬景色』に感銘を抱いてなんら文句垂れることはないのだ。

 今日もトランペットを吹く男の日常が変わることは、何一つなかった。

 ただ、十日もしないうちにある署の大ホラ吹きと呼ばれた警部含む隣り合ったデスクがまったくの空白になったという。
 そんなことも、この男は当然預かり知らぬまま。


※この物語は一部フィクションです。


 お読みいただきありがとうございました。想定より大幅に字数がかさみましたが、お楽しみいただけたでしょうか。

 自分は文章を書くとなるとたとえ自己紹介でも論文上であってもストーリーラインを創造したくなる生物なのです。文章に色も波もないってつまんないから。ぺったんこな論文は嫌いです。

 ただ、どうしてもシリアスなのが好きなので、笑わせる方向としては上手くはなかったかも。

 文章が大好きな男、市瀨大貴。ただそれだけ知っていただけたら幸いです。あ、あと逆がとっても好きです。

 ちょっとでも面白いなと感じてくれたら「いいね!」をくださると喜びます。とっても。

 ではまた、私が作文を担当する日にでも。
押忍

未熟者ですが、今後ともよろしくお願いします!


追記:インターネットっぽいって言ったのそんなに気にしとると思わんかった。自分は願ってもなかったんか知らへんけどめっちゃおもろいから俺はいいと思います。

 自分のいっこ前に投稿されたリーダー2回生の自己紹介、秀逸です。お見逃しなく!

 次回は黄金轟音爆吹テナーサックス漢の自己紹介です。こちらも是非ご覧ください!


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